第9章   もうひとつの視点 〜 1(2)

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 幸一が小学校を卒業する頃まで、彼の父、本田博は週に一度、直美の入院していた病院でも診察を行っていた。そして優一が他界して、一年くらいが経過した頃だ。重篤な心臓病患者が転院して来るらしい、それもまだ小学生……という院内の噂に、博は他人事として見過ごせない。だから担当する医師に頼み込み、すでに届いていたカルテを見せてもらった。すると幸一と同じ年齢で、住所もそう遠くないことを知る。ところがその状態があまりに悪い。結局彼にはどうすることもできず、かわいそうに……ただただそう思って、少女のことを忘れ去ろうと心に決めた。ところがある日、夕食の時間にだった。

「父さん、やっぱり重い病気とか、なのかなあ?」

 隣のクラスの転校生が、体育の授業はもちろん、遠足などにも参加しない。というのはやっぱり病気のせいだろうかと、幸一がいきなり聞いてきたのだ。

 その時ふいに、少女のことが脳裏に浮かんで、

「その子はもしかして、〝矢野さん〟って言うのか?」

 微かに記憶に残っていたその名に、幸一は目をまん丸にして頷いた。

「確か一年くらい前に、国立病院で手術を受けた女の子だ。そうか、やっぱり、同じ小学校に通うことになったのか……」

 普通の人ならなんでもない……例えば、ちょっとびっくりした、そんなことでさえ大事に至ることもあると、博は少し大げさに説明した。すると幸一が間髪入れずに、

「大事に至るって……いったいどうなっちゃうの?」

 そんな問い掛けを速攻返し、母秀美の顔が途端に渋みを増したのだった。

そんなことから半年くらいが経った頃、春休みから通い始めた英語塾で、幸一は偶然向井幸喜と一緒になった。

「幸喜のクラスに、矢野って女の子いるじゃん。あいつって……普通?」

 塾からの帰り道、突然幸一がそう言って、幸喜の前に立ちふさがった。

「四年の三学期に転校してきた奴だろ? 幸一だって知ってるじゃないか? 四年までは、俺らとおんなじクラスだったんだからさ」

 なに言ってるんだよ――そんな顔をする幸喜に向けて、幸一はその真意を説明していった。普通の人なら平気でも、彼女の場合は病気になってしまうかも知れない。もしもそうなってしまえば、命に関わることだってあると、彼は大真面目な顔で幸喜に語り、

「僕の兄ちゃん、死んじゃっただろ? 死ぬってさ、ずっと先ってばかりじゃないんだよな、だからさ、幸喜……」

 ――優しく、してあげてくれな。

 囁くように、妙に大人びた感じでそんなことを続けて言った。

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