第9章   もうひとつの視点 〜 1(3)

 1(3)

 



 幸喜にとって直美とは、これまでほとんど興味を引かない対象だった。ところがそんな話を聞いてから、確実に気になる存在へ変わってしまい、それから彼は意識して、直美に話し掛ける様になる。そんなのはもちろん幸喜にとって、恋心とは無縁のものだ。

 死というものが、少女の身近に存在している。そんな彼女の生を意識して、その頃の自分は何を思っていたのだろうか? 幸一の話を聞きながら、彼は自分にそう問い掛けた。

すると呆気ないくらいすんなりと、忘れ去っていた気持ちを思い出せる。

 彼はその時、優しい人間だと思われたい……そんな感じを思ったのだ。やがてそんな打算は直美へだけでなく、他のクラスメイトにも向けられていく。

 ――そうだ、そんな自分の姿を周りにも見せたくて……。

――そう、俺は彼女を、半ば無理やり校庭まで連れ出した。

 貸した本の感想を聞きたいと、そんなことを理由にして、だ。

 ――あの日、わざわざクラスの奴らのそばまで行って、それで俺は……。 

 そんな自分に酔いしれたはいいが、結果彼女はその日の夕刻入院してしまうのだ。そうして退院してからは、いくら話し掛けても返事は返ってこなくなる。

「だからもし、僕がそんなのを幸喜に言ってなかったら、幸喜が彼女と親しく話すこともなかったろうし、美津子が辛く当たることもなかっただろう……」

 まさに、幸一の言う通りだった。

「きっと彼女も気が付いたんだろうな、あの後、退院してからの日記には、幸喜のことが一切出てこなくなっていたよ」

 幸一がポツリとそう言って……そこでいっとき口を閉ざした。

それからゆっくり四人の顔を見回して、少しだけ軽い感じになって言う。

「で、こっからなんだけど、本当に誰も覚えていないのか? 夏休み初日、みんなでどこかに行ったんだろう? 僕はもちろん行ってないけど……後のみんなは、ちゃんと全員一緒だったはずなんだよな。だって日記に、一人一人名前まで書いてあるんだから」

 そんな問い掛けに、由子が真っ先に反応を見せた。

「高尾山? 違うよね? 行ってないもんね、わたしたちはそんなとこ」

 すると由子の言葉に、ゆかりがいきなり顔を上げ、

「え! それってもしかして……?」

 それは幸一へではなく、由子を見つめての声だった。

「それって、もしかして鎌倉のことじゃない?」

「鎌倉なんて行ったかあ? 俺とか悠治も一緒だったんだろう? 悠治、鎌倉行ったなんて覚えてるか?」

 そう言われて、悠治は黙って上を見上げる。そして首を少しだけ捻って見せた。

「ほら、美津子に言われて集まったけど、向井くんが来なくて、みんなで待ってたじゃない!? 確か矢野さんの家の前でよ! 思い出したわ! 鎌倉よ! そうそう鎌倉!」

 どうしていきなり鎌倉なのか? そんなこと知らないまま集まったと、ゆかりが嬉しそうに続けて言った。そしてこの瞬間、まさに由子の脳裏にも、ゆかりの言葉通りのシーンが浮かび上がった。

 ――あれって、みんなで鎌倉に行くんで集まってたんだ……。 

 そんなことを改めて思い、そこで初めて己の勘違いにも気が付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る