第8章   直美の日記 〜 4(4)

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「言ってしまってからいつも思うの、ああ! またやっちゃったってね。その時も、教室に戻った時には大後悔、だったわ。でもね、あの頃のわたしには、ごめんなさいなんて、とても言えなかったから……」

 ――わたしはもう、彼女に謝ることができないんだね。

 美津子がいきなりそう言って、話をし始めたのは退院祝いでのことだった。

神懸かり的に軽い怪我だった幸一は、事故からちょうど一週間後に退院する。

そして彼の退院から数日後、近所にある小料理屋の一室に六人揃って集まった。ところがそんな会が始まって、三十分くらいした頃だ。唐突に直美との過去を話し出し、美津子がその場の空気を一変させる。

「だからね、教室に戻ってからも、ずっと後ろから彼女のことは見ていたの。午後の授業の間ずっと、彼女、やっぱり苦しかったんだと思う。なんとなく、そんなふうに感じたのを思い出したのよ、だけど、わたしは何もしなかった。なんにも言わずに、ただじっと見ていただけだった……」

「俺も、少しだけ覚えてる、確か、その次の日から彼女学校休んで、しばらくして出てきてからは、声を掛けてもぜんぜん返事してくれなくてさ、どうしてなんだろうって、ずっと思ってたんじゃないかって思う」

「おいおいそれって、そのドッジボールこそが、入院するキッカケだったってことじゃないか? なんでそんなことしたんだよ、彼女、その後、死んじゃったんだぜ!?」

 幸喜の話を耳にして、悠治が思ったままを声にした。悠治の声で、それまでとは段違いに重苦しい静寂が訪れる。

きっと誰もが、次に言うべき言葉を探していたのだ。しかしそんな時間も長くはない。

ドン! ジョッキをテーブルに置く音が響き、続いて美津子の声が響き渡った。

「そんなことわかってるわよ! だったら、そうだったらどうすればいいの!? なんだったら、今から警察にでも出向きましょうか!」

 美津子は悠治を睨み付け、それからすぐに視線を逸らして横を向く。

そんな美津子に向かって、幸喜は何かを言い掛けるのだ。もういいじゃないか……だったか、もう気にするな……なんて、そんな感じを声にしかける。しかしすぐに、今の美津子に何を言おうと、きっと無駄であろうと思い直した。

 だからと言って、みんながみんなそんな事実を知ってはいない。下を向いたまま、ゆかりが沈痛な面持ちで呟いたのだ。

「そんな昔のこと、今さら、気にしたって仕方がないよ……」

 その瞬間、美津子の顔付きが劇的に変わった。顔に怒りの色が一気に浮かび、と同時にゆかりの顔をギッと睨む。そうしてさっき以上の勢いで、美津子は声を上げたのだ。

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