第8章 直美の日記 〜 4(5)
4(5)
「何言ってるのよ! わたし由子から聞いたのよ! 辛かったんでしょ? 苦しかったんでしょ? ならどうして黙ってたのよ! どうして言ってくれなかったの? こんなこともう止めようって、直美ちゃんがかわいそうだって、そう思っていたなら、わたしにちゃんと言ってくればいいじゃない!!」
そこで一瞬、美津子は由子が気になった。それでも目をまん丸にするゆかりから、視線を逸らすことなど到底できない。
「それを何も言わないで! ぜんぜん知らなかったみたいに言わないでちょうだい!」
テーブルを両手で叩き、美津子はそんな勢いのまま立ち上がった。それから大慌てでハイヒールを履いて、やがてその足音も小さくなって消え失せる。
そうして再びの静寂の後、幸喜が独り言のように声を上げた。
「とりあえず……個室で、よかった……」
続いて下を向いている幸一へ、やはり静かに問い掛ける。
「幸一さ、あいつの言っていたのって、本当のことだったのか?」
ドッジボールが胸に当たって、心臓の病気が再発してしまった。
そんなことが、絶対にないとは言えないだろう。
「ゴメン、ドッジボールの話は聞いたこともないし、本当のところ、よくわからない。でも、彼女はそんな感じのことで、ずいぶん苦しんでいたのは事実だったと思うよ。だけどさ、もっと大事なことを、みんなは忘れちゃってるんだ。その後にあったことなんかを、美津子もおまえも、忘れちまってるんだよ」
そこで一旦言葉を止めて、幸一は幸喜から視線を外して下を向いた。それから大きく息を吸い込み、ほんの少しだけ微笑むような顔をした。
「まあ、だからって、非難しているわけじゃない。俺にはそんなことをする資格なんてないし、そもそもさ、文句を言うような話じゃないんだ……」
そう言ってから、幸一は残った四人に向けて話し出した。
「これから話すことは、日記に書かれていたことが基本にはなっている。だけど話しているうちに、あいだあいだできっと僕の想像やら、実際に体験したことなんかも混ざっちゃうと思うんだ。だから、そのつもりで聞いてほしい。そしてできれば最後まで、質問なんかなしで聞いてもらえるとありがたいな……」
そんな前置きから語られた話は、四人が覚えていることも少しくらいはあったのだ。
しかしその大半は覚えておらず、幸喜と悠治は終始不審げで、何か言いたそうな顔を何度か見せた。
ただ、由子とゆかりは違っていた。二人も多くを忘れていたが、それぞれ思いの深いところだけ、しっかり脳裏に刻み続けていたのだった。
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