第8章 直美の日記 〜 4(3)
4(3)
見れば直美は両膝を付き、顔を下に向け苦しそうだ。両腕で胸を抱えるようにして、見る見る前のめりになっていく。この瞬間、美津子は素直に思ったのだ。
――佐野さん、ごめん!
後はこのまま走り寄って、彼女に向かってそう言えばいい。
ところが次の瞬間だった。心配する幸喜の顔と、彼を見上げ、懸命に笑顔を向ける直美の姿が目に入る。この時、彼女の中で何かがフッと消え去った。
――冗談じゃないわ!
消え失せてしまった何倍もの質量で、熱い感情が一気に心を埋め尽くすのだ。
「ちょっと! 大袈裟に苦しがんないでよ!」
思わず、口を衝いて出た。
「そんなふうにされたら、すっごく悪いことしたみたいじゃないの!?」
幸喜が驚いた顔でこっちを向いた。しかしこうなってしまったら止まらない。
美津子は直美の元に走っていって、
「悪かったわよ! でもね、絶対ワザとなんかじゃないからね!」
そう言い放ち、直美のことを睨みつけた。
そしてその時、苦悶の表情を見せながら、直美はひと言だけ呟いたのだ。
「だいじょうぶ……だから……」
微かに笑顔を滲ませて、それは紛れもなく美津子に向けてのものだった。ところがこんな必死な声さえも、さらなる激情を生み出してしまう。
――いい子ぶって!
こんな感情が湧き上がり、
――こんなの演技よ! 幸喜の前だからっていい子ぶってる!
「当たり前じゃない! あんなに離れたところからのボールなんだから、それからね! 後から痛いとか苦しいとか言い出すのはやめてよね! そんなこと言われたら、わたしがどんどん悪者になっちゃうわ。だから、大袈裟にするのはよしてちょうだい!」
そう言い放ってすぐ、美津子はその場から逃げ出した。後ろから、幸喜の毒づく声が聞こえたが、とても立ち止まる勇気などは持ち合わせていなかった。
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