第8章   直美の日記 〜 4(2)

 4(2)




「どうも学校でも、辛いのをずっと我慢していたらしくてね、お母さんが様子を見てみたら、その時はもうぐったりしていて……」

 六年になったばかりの頃だった。

「おまえ! 何やってるんだよ! 気をつけろって!」

 そんな幸喜の声さえなければ、すぐに謝れていたかも知れない。しかし声はあまりに大きく、辺り一面に響き渡った。

 給食後の昼休みのことだ。美津子はいつものように、当時流行っていたドッジボールに興じていた。そんな時、ふと目をやったその先で、誰かと一緒の幸喜を見つける。

 ――あれ? 佐野さん?

 いつもなら真っ先に走り回っているはずの彼が、なぜか校庭の隅っこで矢野直美と一緒にいる。普段直美は、滅多に校庭などに出てこないのだ。

 ――なに、話しているんだろう? 

 そんな気持ちを抱えながら、美津子は襲いかかるボールから逃げ回っていた。

 ところがボールを運良くキャッチして、視線をあちこちに向けている時だ。思わぬ光景が目に飛び込んだ。幸喜と直美が顔を寄せ、何かを覗き込むような仕草を見せる。二人の距離は擦れ合うほどで、そしてその時、まるで申し合わせたように見つめ合い、嬉しそうに笑い合った。

 その瞬間、わけがわからなくなったのだ。気付いた時にはボールを投げ付け、

 ――しまった! 

 と思うと同時に、

 ――お願い! 

 ボールを難なく避けてくれるか、ボール自体が逸れてしまうか、そんなことを一瞬にして願ったはずだ。しかし美津子のそんな願いは、見事なまでに叶えられない。

 ドンという音が聞こえて、その後すぐに幸喜の大声が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る