第8章 直美の日記 〜 4
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「どうしてお化けになっちゃうかなあ!? あそこでそんなこと言える神経が羨ましいわよ……まったく、ホントあなたって、どこまで図太くていらっしゃるの?」
エレベーターに乗り込むなり、ゆかりが幸喜にそう声にする。普段それほど喜怒哀楽を出さない彼女にしては珍しく、そこそこ本気で怒っているという印象だった。
「どうして男の人って、いつまで経ってもデリカシーってものを学ばないのかしら!」
「まあまあ、ゆかり、彼も言ってたじゃない? とにかく二十年も前の話なんだから、きっと大丈夫よ、彼ならすぐに立ち直って、元のように元気になるわ」
由子が間に割って入り、それでもゆかりはまだまだ何か言いたそうな顔付きだ。
そんな彼女に、美津子と由子は顔を見合わせ、
――何か、あったわね……。
そんなアイコンタクトを送り合う。
そして病院の玄関口を出たところで、悠治が久しぶり口を開いた。
「昨日のところ、またこれから行かない?」
このまま帰る気にはならないと言って、彼はみんなの顔を見回した。
「そうだな、行くか……」
そう言って歩き出した幸喜の後ろを、誰もが黙って付いていく。
店は前日同様ガラガラで、五人揃って生ビールを注文した。いつもであれば、飲み物を決めるのもああだこうだと時間が掛かる。ところがその日は、「生五つでいいよな?」という幸喜のひと言で、呆気ないほど簡単に決まった。
「珍しいじゃない? 生ビールでいいなんて」
普段なら、真っ先に美津子が突っ込みそうなところだが、その声はゆかりの発した由子への声だ。すると由子も、まるでそんな指摘を待っていたように、ゆかりへのリアクションを流れるように返すのだ。
「そうね、昨日までのわたしだったら、きっと何か言ってたでしょうね。でもね、今はもう、なんと言うか、瓶がいいだの、瓶の方が旨いだのってさ、日本のビールで、本当は不味いのなんてないのに、なんだか、ずいぶんわがままに思えてきちゃって……」
「それって、なんだかわかる気がする」
「十五歳じゃ……ビールどころか、アルコールなんて、飲んだことないだろうしな」
由子の静かな言葉に、ゆかりと悠治の声が、やはり静かに後に続いた。
――たった十五歳で、亡くなっていたなんて……。
「けっこうすごい、話だったよね」
「でもどうして、あそこまで詳しく話してくれたんだろう? まるで、覚えていることぜんぶ、話しているみたいだったよな……」
「きっと、中途半端に知らせるよりはって、彼、思ったんじゃないの? だからぜんぶ話してしまおうって、これまでずっと、黙ってたことを、この際だから、洗いざらいね」
ひと言ひと言噛みしめるような、由子の静かな声だった。
そしてそんな言葉が終わるとすぐに、一斉にビールのジョッキが運ばれてくる。それから幸一の無事を乾杯し、五人は普段通りに戻ったように見えた。美津子も口数は少なかったが、それでもみんなの会話にしっかり耳を傾けていた。しかし心の片隅では、ずっと同じ台詞が浮かんでは消えて……、
――どうしてわたしは、あんなことをしたんだろう?
そうして同時に、村上邸で聞いたシーンが脳裏にまざまざと蘇った。
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