SS② セバスティアンとお節介な妹

「ねえ、マルヴォーリオ。セバスお兄様はどうして結婚しないの?」


 もうすぐ八歳になるシザーリオ公爵令嬢キャロルは、紅茶をサーブしてくれた執事に問いかけた。

 キャロルの婚約者は、エイルティーク王国の王太子レオンだ。よくお茶をしたり、散策に出かけて楽しく過ごしているが、兄にはそういった相手がいない。


「結婚どころか、婚約者もいらっしゃらないでしょう? どうしてかしら???」


 長く公爵家に仕えてきて、セバスティアンの相談相手にもなっているマルヴォーリオは、心配そうなキャロルに微笑みかけた。


「旦那様は、自身の結婚については時期を見て、とお考えのようですよ」

「ということは、わたくしが知らないだけでお兄様にも良い仲のご令嬢はいるのかしら。ぜひご挨拶したいわ。王太子妃になるためのお勉強で、貴族女性と友好的な関係を築く重要さを学びましたの!」

「それはよろしゅうございました。しかし、私が知るかぎりでは、そういった方は存じ上げません」

「いないのかしら……。レオン様ほどではないけれど、お兄様もけっこう美形なのに……」


 セバスティアンは、目の下のクマがちょっと酷いが顔立ちは整っているし、背も高めで頭も切れる。少し口うるさいが、モテないはずがない。

 実際、薔薇庭園で開かれたお茶会では、名家の令嬢たちが父親を急き立ててセバスティアンに紹介してもらっていた。


「わたくしが王家に輿入れしたら、シザーリオ公爵家の血筋はお兄様ひとり。公爵邸のお部屋だってスカスカになってしまいます。お兄様が身を固めて、赤ちゃんの一人でももうけてくだされば、わたくしも安心して王太子妃になれますわ! それがいいわ、そうしましょう!!!」


 キャロルは、キラキラと瞳を光らせて、ケーキの苺にフォークを突き立てた。


「午後の授業はお休みします! わたくし、お兄様の結婚相手を探すために、レオン様にご相談にあがりますわーーー!!!」


 キャロルは、ケーキを平らげるなり支度をして、王城へと向かった。

 政治学の勉強の合間に、庭でパトリックと遊んでいたレオンは、彼女がいきなり訪ねてきたのでおどろく。


「いきなりやってくるなんて、何かあったの。キャロル?」

「レオン様。折り入って、お話がありますの……」


 キャロルは、周りに人がいないかキョロキョロと確認した。

 さいわい二人と一匹だけだったので、深刻な表情でレオンに耳打ちする。


「わたくし、セバスお兄様の赤ちゃんがほしいのです」

「…………ん?」

「セバスお兄様のため、ひいてはシザーリオ公爵家のためです。このままでは一家断絶。貴族として絶対にあってはならないことですわ!」

「待って、待って、キャロル……。俺、ものすごく混乱しているし、ショックで吐きそうだし、セバスティアンを無実の罪で処刑台に送りそう」

「まあ、大変! 吐くのでしたら、これをお使いくださいませ」


 宝石のついたポシェットを惜しげもなく差し出すキャロルの無邪気さに、レオンはいくぶんか落ち着いた。

 恐らく、重大な誤解をしているのは自分の方だ。


「どうしてセバスティアンの赤ちゃんがほしいの?」

「お兄様が結婚して子どもをもうけてくだされば、わたくしがレオン様のお妃になっても寂しくないと思いましたの! まずはご結婚していただくために、素晴らしいご令嬢を教えてもらいたく参上しました」

「そういうことだったんだね」


 安堵したレオンは、庭の向こうに広がる草原にキャロルを導いた。

 スカーフを外して敷き、その上にキャロルを座らせる。すると、彼女が黄色や桃色の野花に手を伸ばして花冠を編みはじめたので、レオンも真似して作っていく。


「俺がご令嬢を紹介することはできるけれど、セバスティアンは公爵だ。単なる恋人さがしというよりは、政略結婚の意味合いがつよい縁談になってしまうよ。相手は喜び勇んでセバスティアンに取り入ろうとする。それでもいいの?」


 シザーリオ公爵家は豊かだ。他の貴族の世話にならなくても、跡継ぎさえいれば家を維持できる。公爵家にとって利のある縁談は、娘が王太子に嫁いで未来の国母になるくらいのものだ。


 逆に考えれば、公爵家より低い爵位しかない貴族は、セバスティアンとの結婚は強いつながりを得られる好機。

 レオンが声をかければ、向こうから大挙して押しよせてきてもおかしくない。


「セバスお兄様が、政略的に利用されてしまうのは、嫌ですわ……」

「キャロルは良い子だね。君を俺に差し出したセバスティアンとは大違いだ」


 レオンは、キャロルの頭を撫でてあげた。うれしそうに笑った彼女は、お礼にと作ったばかりの花冠をレオンの頭にのせてくれる。


「お似合いですわ、レオン様! お花の国の王子様みたいです」

「キャロルもお花の国のお姫様にしてあげたいけど……これだとちょっとね」


 レオンが作った花冠は形が悪かった。手先は器用な方だが、花冠づくりはこれが初めて。あきらめて捨てようとしたら、キャロルに頭を突き出された。


「わたくし、レオン様の花冠ならば、なんだってほしいです!」

「キャロルがそう言うのなら……。どうぞ、お姫様」


 花冠をのせてもらったキャロルは、キャッキャと喜んだ。

 決して美しくはないのに、飛んできた白い蝶々とパトリックに「レオン様が作ってくださった冠ですのよ!」と自慢している。


(セバスティアンが結婚しないのは、キャロルのためなんだよ)


 若くして爵位を継いだシザーリオ公爵の結婚は、政略に満ちた由々しきものとなる。妹が王太子妃候補になっているせいで。

 王家とのつながりが欲しい有力者たちは、手を出せないキャロルではなく、セバスティアンを狙っている。いつも素っ気なくあしらっているが、色仕掛けや金がらみのスキャンダルに巻き込まれそうになったことも数知れない。


(キャロルが王家に嫁ぐまでは、いっさいの縁談を断っておくのが、妹を守る唯一の方法だと、セバスティアンは分かっている)


 セバスティアンは、どんな美女を見ても心を揺らさない。そんな彼を冷たいと悪評立てる貴族もいるが、レオンは彼ほど家族思いの男を知らない。

 だから、信用している。レオンがキャロルの婚約者であるかぎり、セバスティアンはレオンにとって心強い友だ。


「セバスティアンは彼なりに、自分の結婚について考えているようだよ。近々、シザーリオ公爵家に新しい家族を迎えたいと言っていたから、本人に聞いてみたら?」

「はい。わたくし、おうちに帰りますわ。相談に乗っていただいてありがとうございました、レオン様。ごきげんようーーーーー!!!!!」


 スカートをたくし上げて走って行くキャロルに、レオンは手を振った。蝶を鼻先にとめていたパトリックは、片目をあけて主の幸せそうな顔を見つめたのだった。



「マルヴォーリオ! たいへんですわ!! お兄様は、近くシザーリオ公爵夫人となる女性をお迎えするつもりです。レオン様がそういっておられましたの!!!」


 玄関に出たマルヴォーリオは、形のわるい花冠をのせて帰ってきたキャロルを、苦笑いで出迎えた。


「そういったご予定はありませんよ、お嬢様」

「きっと、わたくしや使用人には秘密にしてらっしゃるんだわ……。誰にも気づかれずに関係を育むなんて、お兄様もお相手もやり手ね。お付き合いの手口は、たぶん文通ですわ!!! お兄様のところに、変わったお手紙はきていなくて?」

「そういえば、大きめの封筒が届いていました」

「そ・れ・よ!!!!! お相手について、詳しくうかがわなくてはーーーーー!!!!!」


 キャロルは、コートも脱がずに兄の書斎に急いだ。


 兄嫁となる女性は、一体どんな人なのだろう。

 キレイめの美人だろうか、それとも、かわいい雰囲気の人だろうか。

 仲良くなるためには、共通の話題を見つけておくのが大事。それが無ければドレスを褒めて、家柄を褒めて、父親を褒めて……あとは天気とケーキの話題さえあれば大丈夫だ。


 王太子妃教育の内容を思い出して、扉をバンと開く。


「セバスお兄様! 結婚相手はどんな方ですのーーーーー!!!」

「キャロル、うるさい! 王太子妃になるんだから、ドアくらい静かにあけろーーーーーー!!!!!」


 負けず劣らずの大音量で返事をした兄の手には、布で装丁されたアルバムがある。


「まさか、それはお相手の肖像画!??? 見せてくださいませ!!!!」

「は? これは――」


 兄の手から奪い取ったアルバムを開くと、大小毛並み、さまざまな犬の絵が並んでいる。キャロルは、目を点にした。


「……お兄様、ワンちゃんと結婚なさるの?」

「バカなことを言うな。これはペット犬のカタログだ。レオンのところにいるパトリックが賢くて愛らしくてな。我が家でも犬を飼おうかと思って取り寄せた」

「そうでしたのね……」


 シザーリオ公爵家に新たに迎えるのは、結婚相手ではなく犬か。

 残念そうなキャロルを見て、セバスティアンはアルバムを閉じた。

 キャロルのことだから、犬を飼うと告げたら大喜びすると思っていたのに。


「お前は猫派か? それとも鳥か?」

「??? どの動物も好きですわ」

「そうか……とりあえず、犬を飼うのはやめる。レオンは元気だったか?」

「はい! ご覧ください、この花冠。レオン様とわたくしで、お花の国の王子様お姫様になったのですわ」


 キャロルから話を聞いているうちに、マルヴォーリオがアルバムを片付けて、この一件は解決したが。

 後日、レオンから話を聞いたセバスティアンが、死ぬほど不機嫌になったのは言うまでもない。

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