36 令嬢は華麗に暗躍するものです
白馬のうえから飛び降りたレオンは、キャロルに駆け寄って細い体を抱きしめた。
「間に合ってよかった。怪我は?」
「ロープで縛られていたところが少しだけ痛みますが、それだけですわ。わたくし、レオン様が来てくださるとは思っておりませんでした。パトリックだけでも逃がせれば御の字と思って、指輪をたくしましたの。届きましたか?」
「ああ。ここまではパトリックが導いてくれたんだよ」
さすがレオンの愛犬。キャロルの意思をくみ取って、自分が救われるだけではなく、助けを呼びに全力で走ってくれた。
レオンは、首輪からとった乳白色の指輪を、キャロルの手に握らせる。
「キャロルが窃盗団に捕えられて、港に向かっているという情報はつかめたんだが、出航に間に合うかどうかは賭けだった。峠を駆け下りて、迷わずにこの船に来られたのは、キャロルが綺麗なドレスを着ていてくれたからだ。これは、君の持ち物ではないね」
「男性の衣服で変装させられていたのですが、積み荷をはこぶ方々のご厚意で、令嬢らしいドレスや帽子を譲っていただきましたの」
船に乗りこむ前に、ドレスへ着替えたのが功を奏した。
遠目からも目立つ格好をしたキャロルは、灯台のように自分の居場所を発信して、レオンがたどりつく目印になったのだ。
「彼らにお礼がしたいですわ。他にも、助けていただいたことがありますのよ」
「その前に、こちらを片づけさせてくれ」
レオンは、キャロルから体を離すと、白馬に乗せていた剣を抜いて、あ然としているニナに向けた。
「占い師ニナ。キャロル・シザーリオ公爵令嬢の略取誘拐と、宝物庫に保管されていたヴァイオラの宝石を窃盗した容疑で、貴殿と窃盗団を捕縛する」
「はっ。アンタひとりで、アタシたちをどうにかできるとでも?」
失笑したニナは、手すりに飛び乗って船首に走りながら、散らばっていた仲間に呼びかけた。
「追っ手の騎士だ! 浮き輪を確保して、積み荷の爆薬に火をつけな。こんな船に用はない。全部沈めちまえ!!」
「「「おう!!!」」」
窃盗団の男たちは、爆薬があるはずの木箱を開けたが……。
「頭領、爆薬がないぜ? 羽根帽子にかわってらあ」
「は? もっとよく探しな!!」
「こっちは、古着のドレスになってるぜ! どうなってんだ!!!」
「そんなわけないだろ。アタシによく見せてみな!!!」
ニナは、木箱に頭をつっこんで帽子を脇によけていったが、爆薬は一つも入っていなかった。ドレスの方も引っ張り出したが、こちらも外れだ。
「全部なくなってる……! だが、たしかにアタシらが爆薬を入れた箱だ。蓋に書かれた数字から分かる。誰かが港で、中身を入れ替えやがった!!」
「わたくしですわ」
キャロルは、にこやかに挙手して答えた。
「ドレスをくださった商人さんが、荷物がかさばって木箱が足りないとおっしゃっていたので、お礼に窃盗団の木箱を空にして使っていただくことにしましたの」
木箱の影で着替えているとき、箱から漂ってくる匂いから中身が爆薬だと察したキャロルは、わざと「背中のボタンが閉められないから手伝って」と商人を呼んだ。
そこで「ドレスのお礼にこの木箱を使ってください。中身は、船に持ち込んではならない爆薬なので、取り出して大丈夫です」と話したのだ。
「テメエ、いつの間にそんなことを……!」
苛立ったニナの背後に、セーラー服を着た船員たちがゆらりと現われた。
ボキボキと拳を鳴らし、ムキムキの上腕二頭筋をうならせている。
「窃盗団なんぞに、オレらの命である船を燃やさせてたまるかい!」
「ぎゃああ!」
ニナは、羽交い締めにされた。他の面々も、鍛え上げられた海の男たちには叶わない。船員は、盗人を全員捕まえたのちに、キャロルに向かってウインクした。
「お嬢さん、これでもう安心だぜ。港でオレらを褒めてくれてありがとうな!」
船にたずさわる人々の働きぶりに感激したキャロルを見ていたようだ。
戦闘もせずに盗人を捕えられたので、レオンはびっくりしている。
「キャロル。誘拐されているうちに、たくさんお友達ができたんだね……」
「はい。エイルティーク王国の国民が心優しくて助かりました」
「それもあるが……協力してもらえたのは、キャロルの人柄じゃないかな?」
「??? わたくし、何もしておりませんわ」
陽気なキャロルは、自分がどれだけ温かく周囲を励ましているか気づかない。
そういうところが罪作りなのだと、レオンは改めて思った。
船は旋回して港に戻る。
架け橋のたもとで、尻尾をフリフリ待っていたパトリックは、下りてきたキャロルに飛びついた。
「まあ! パトリック、あなたのおかげで助かりました! わたくしが王様だったら、あなたに勲章とお散歩用の広い土地を与えておりましてよ」
「ワン!」
顔を舐められて喜んでいるキャロルに、商人や労働者たちがおそるおそる近づく。
「王都の騎士が大急ぎで迎えに来るなんて。あんた、本当は何なんだい?」
キャロルは立ち上がり、ドレスをつまんで深くお辞儀した。
「申し遅れました。わたくしはキャロル・シザーリオと申します。シザーリオ公爵家の令嬢で、十六才になりました。趣味は田舎暮らしを空想すること、特技は人の顔と名前を覚えることです。窃盗団に誘拐されてトービー港に参りました。助けが来なかったら、船の上からボチャンと海に落とされる寸前でしたの」
「殺されそうになったわりに落ち着いてるな」
「貴族令嬢ってみんなこうなのか?」
不思議がる労働者たちのなかから、一声あがる。
「シザーリオ公爵令嬢っていやあ、王太子と十二夜をしているって噂のアレだろ!」
「それは……」
十一夜目の薔薇は渡されなかった。
レオンとキャロルの十二夜は失敗した。
近く、国王から『王太子の結婚儀式中止のお知らせ』が国民に向けて流されるだろう。優しい民は、きっと自分のことのようにがっかりしてくれる。
申し訳なくて言い出せないキャロルの肩を、レオンは強く抱いた。
「この方は、王太子の大切なご令嬢です。生きて戻られただけで十分だ。ご協力に感謝申し上げる」
十二夜の失敗には触れなかった。
レオンが話さないのなら、キャロルはそれに従うまでだ。
「皆さんのおかげで、わたくしは助かりました。犯人も無事に捕えることができました。心からお礼を申し上げます」
「いいってことよ。十二夜、頑張ってな。応援してるよ!」
「……はい」
辛さを噛みしめて答える。
ドドドっと地鳴りを響かせて、峠の方から騎士団が駆け下りてきた。
「レオンーーー! キャロルは無事かーーーーーー!!!!!」
「お兄様!」
先頭は、栗毛の馬にのったセバスティアンだった。彼は、全速力で港まで出ると、馬を飛び降りるなりキャロルをぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「心配したぞ! お前というやつは、いつもいつでも家に迷惑ばかりかけて!」
「ごめんなさい、お兄様。命が助かったのはいいのですけれど、十二夜は失敗してしまいました……」
キャロルがシュンと縮こまったので、セバスティアンはレオンと顔を見合わせた。
天真爛漫の妹が、めずらしく心から凹んでいる。
「なんて貴重な……じゃなかった。それはもういい。お前が生きていてくれただけで十分だ」
「はい」
命があるのは、ありがたいことだ。
けれど、こうも思ってしまう。大好きな人と結ばれずに生きる人生は幸せだろうか、海に沈められた方が良かったと思う日が来るのではないか、と――。
柄にもなくセンチメンタルに浸るキャロルは、レオンやセバスティアンにがっちり守られながら、騎士団の馬車で王都まで帰り着いたのだった。
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