32 誘拐はお姫様のノルマです

 場所を移して、レオン、セバスティアン、キャロルの三人で昼食をとった。

 白身魚のエチュベをメインに、サラダやスープ、ドルチェのコース料理を味わいながら、久しぶりにゆったりと語らう。


 セバスティアンと話しているときのレオンには、少年じみた気安さがのぞく。

 普段の王子様めいた態度も素敵だが、こういう表情をみてしまうと、キャロルはもっともっとレオンと仲良くなりたいと思う。


(いつか、セバスお兄様にするみたいに、わたくしにも接していただけるように)


 王太子の責務や仕事で忙しいレオンの安らぎになること。

 それが、王太子妃になった後の第一目標だ。


「――それじゃあ、キャロル。俺たちはこれで」


 レオンとセバスティアンが同時に席を立ったので、キャロルは困惑する。


「レオン様がお忙しいのは分かりますが、セバスお兄様もですか。少しゆっくりされてもよろしいのでは?」

「それは出来ない。騎士団と協力し合って、盗人を追わなければならないからな。手がかりは少ないが絶対に逃がさないぞ。くっくっく……!」

「悪い魔女みたいになっておられましてよ、お兄様」


 こんな兄でも、誰より王太子に信頼されている。それが、婚約者としては、ちょっと面白くない。

 二人を見送ったキャロルは、紅茶を飲みながら唇をとがらせる。


「わたくしも、セバスお兄様みたいに、レオン様から頼りにされたいですわ……」


 セバスティアンを超えるには、圧倒的に実績が足りない。

 けれど! 今回の犯人捜しでキャロルが何かしらの役に立てば、レオンが自分を見る目も変わるのではないだろうか。


 キャロルの頭上に、ふわわわわっと妄想の霧が広がる。


『素晴らしいよ、キャロル。君のおかげで宝物庫から宝石を盗み出した犯人を捕まえられた。これからは、セバスティアンではなく、キャロルをいちばんに頼るね』


「――セバスお兄様に負けてはいられませんわ」


 紅茶をグビッと飲み干したキャロルは、ナフキンをざっくり畳んで立ち上がった。


「わたくしなりに、犯人の手がかりを見つけて、レオン様にご報告申し上げますーーーーー!!!」


 駆け足で自室に戻り、散歩用のデイドレスに着替えたキャロルは、庭の端にある犬小屋に向かった。


「パトリック、力を貸してくださいな!」


 クッションにもたれて、うとうとしていたパトリックは、キャロルの顔を見るなり真っ黒な目を輝かせて立ち上がった。

 お利口にも、壁にかかっていたリードをくわえて、出入り口まで持ってきてくれる。キャロルは、リードを受け取って首輪に引っかけた。


「お城の宝物庫に泥棒さんが入ったのです。泥棒さんは、たくさんの宝石のなかで、女王ヴァイオラが使っていた品だけを盗み出したそうですわ。これもその一つです」


 キャロルは、自分の指にはまった指輪を見せた。

 パトリックは、鼻をクンクンと動かして匂いを嗅ぐ。


「これと同じ宝石を持っている人を探していただきたいの。できるかしら?」


 キャン! と元気に鳴いて、パトリックは犬小屋を飛び出した。

 愛犬家の会合に行くときみたいな勢いに、懸命についていく。

 手入れが行き届いた庭を抜け、薔薇園を見て回り、騎士団の稽古場を走り……。


「ぱ、パトリック、わたくし、息が切れましたわっ!」


 休憩をお願いした、ちょうどそのとき、パトリックの足は止まった。


 場所は、城の勝手口につながっている脇門の近くだ。開け閉てしやすい小さな城門で、城内に入る奉公人や商人はこちらを通る。


「ここに、何がありますの?」


 キャロルは、となりにしゃがんでパトリックの視線を追う。

 黒い目が見つめる先には、荷を届けて城を出る商人の一団がいた。

 軽くなった荷車や麻袋をかついで、これから一杯どうだいと会話しながら、楽しげに門を出ていく。


 エイルティーク王国の市民は、みんな心優しく愛情深いため、頭上に浮かんでいる数字も多めだ。

 少なめの数字は、商人が連れてきた手伝いの少年のものである。


(何のへんてつもない、日常の光景ですけれど……)


 根気よく見つめ続けていたキャロルは、はっとした。

 浮かんださまざまな数字のなかに、一つだけ異様な数がある。


「お待ちください!」


 パトリックを引っ張って脇門をくぐったキャロルは、いく人もの商人たちを追い越す。うす暗い路地裏に入ったところで、ようやく持ち主に追いついた。


 腕にバスケットを引っ掛け、ゆったりしたローブを身にまとった、果物売りの女だ。


「どこに行かれるのですか、占い師のニナ様!」

「……アンタは、王太子の……」


 驚愕するニナの頭には、『0』の文字が浮かんでいる。

 こんな珍しい数字の持ち主は他にいない。

 だから、美しい顔を布でおおって、商人に紛れていても彼女だと分かった。


「王妃殿下から城へ招かれているニナ様は、出ていく際も正門から堂々と出ていけるはずです。それなのに、どうして商人に変装を?」

「ウーーーー、ワンワン!」


 パトリックは、キャロルの斜め後ろに立って、ニナに吠えた。顔つきは険しく、威嚇するように牙を覗かせている。

 以前もこんなことがあった。

 たしかあのときは、安っぽいホテルに向けてだったが……。


「失礼」


 キャロルは、バスケットを覆う厚手の布をめくった。すると中には、乳白色の宝石をつかった美しいジュエリーが、たくさん詰め込まれていた。


 これらは、キャロルの指輪と同じ、ヴァイオラの置き土産。

 宝物庫から盗み出されたものだ。


「変装の理由が分かりましたわ。王族と面会した者は、城を出るさいに所持品の検査が行われます。ニナ様は、それを回避して盗品を城の外に持ちだすため、商人に変装して脇門を通ったのですね。わたくしの目には、悪事がまるっとお見通しですわ!!」


「はん。今さら捕まえられたところで、こっちは痛くも痒くもないね」

「きゃあっ!?」


 勝ち気に笑ったニナは、キャロルを片手でひねり上げた。

 騒ぎを聞きつけて、物陰に潜んでいたひげ面の男たちが現われる。すり切れた服を着て、腰には短剣を差していて、昼間から酒の匂いを漂わせている。


「頭領、そいつは?」

「王太子の婚約者さ。アタシが魔晶石を盗んだのに気づきやがった。戻って告げ口されたら脱出計画が台無しになっちまう。荷物にはなるが、国外まで連れて行くよ」

「へい!」


 ニナの命令で、男たちはキャロルを縛り上げた。パトリックも押さえつけられ、鳴かないように布を噛ませた上に、口輪を嵌められてしまう。


「パトリックに乱暴はやめてくださいませ。その子は、王太子殿下の愛犬ですわ」

「イヤだね。アタシは犬が嫌いなのさ。こいつらは盗人の匂いをたどって追いかけてくる。それより、アンタは自分の心配しな」


 ニナは、キャロルの髪を引っ張って、無理やりに上を向かせた。


「アタシら窃盗団は、これからエイルティークを出る。いざというときの交渉材料に生かしといてやるが、無事に出られたらアンタも犬も死んでもらう」

「こ、殺すおつもりなんですの……」

「何か悪い。アタシ、人間が嫌いなんだ」


 後頭部に手刀を入れられて、キャロルの意識は途絶えた。倒れた体に、パトリックが額をすりよせる。

 大人しくなった一人と一匹は、ニナ率いる窃盗団の馬車に乗せられて、人知れず都を後にする。


 キャロルの姿が見えないと、城内が大騒ぎになったのは、それから三時間も経った夕方だった。

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