31 あなたの好きは内緒です
日の差さない廊下を一人で歩いていたレオンは、曲がり角で女性とぶつかった。
「失礼」
「あれ。王太子殿下じゃないか」
相手は、七夜目のパーティーでキャロルに怯えられていた、占い師のニナだった。
手に水晶玉を抱えていて、肩に提げた皮のバッグはこんもりと膨らんでいる。
「いま、王妃様の占いをしてきたところさ。十二夜は順調かい?」
「おかげさまで」
「そりゃよかった。婚約者との仲がまずくなりそうなら早めに相談しな。サービス料金で占ってやるよ」
そう言って、ニナは離れていった。
背を向けて歩き出したレオンの耳は、かすかな金属音を拾う。
後ろを振り向いたが、もう彼女の姿はなかった。
「……?」
何かが、胸に引っかかる。
しかし、今はキャロルを助けるのが先決だ。
王太子妃のために用意した部屋に入ると、縄でグルグルに縛られた婚約者は、ソファの上ですうすうと寝息を立てていた。
「……器用だね」
無理もない。宝物庫での事故にショックを受けて、ほとんど眠っていなかったのだ。
しゃがんで愛らしい顔を観察していると、キャロルの目蓋がゆっくりと開いた。
「う、ん……。レオン、さま?」
「おはよう、キャロル。セバスティアンに手酷く怒られたみたいだね」
縄は、花壇で使われている粗い目のもの。恐らく、セバスティアンが見かけた庭師から借りて、そのまま縛り付けたのだろう。
キャロルの肌が傷ついていないか、ちょっとだけ心配になる。
「そうでした! セバスお兄様ったら、王太子に怪我をさせた責任をとろうとするわたくしを、グルグル巻きに縛り上げてしまわれたのですわ! 縄を外してくださいませ、レオン様。シザーリオ公爵令嬢として、覚悟はできておりますから!!!」
「だーめ」
レオンは、興奮して赤く染まったキャロルの鼻を、ちょんと指先で押した。
「キャロルが死んじゃったら、俺は生きていけないよ。責任をとるのは自由だけど、自分の体や心を痛めつけない方法にして」
「はい……。どうやってお詫びすればよろしいでしょうか?」
潤んだ瞳で問いかけられて、レオンの悪戯心がうずいた。
縄で動けない、この状況。くすぐったら、可愛い反応が見られる気が――。
「レーーオーーンーーーー????」
わずかに開いた扉から、月夜の猫みたいに輝く目がのぞいた。
レオンは、やましい気持ちを押し隠して、愛想笑いする。
「何もしていないよ、セバスティアン。まだね」
「まだ、ということは、何かはしようとしたんだな!? 貴様にいかがわしい事をさせるために、結婚前の妹を渡したわけではないぞーーーー!!!!!」
「セバスお兄様。レオン様にそんな失礼なことをおっしゃらないでください!」
部屋に入ってきたセバスティアンに、キャロルは縛られたまま反論する。
「わたくし、レオン様にでしたら、何をされてもかまいませんわ。そんな女心が分からないから、お兄様は三ケタ止まりですのよ!!!」
「だから、三ケタってなんだーーーー!!!」
元気に言い争う兄妹を眺めていたレオンは、ピンときた。
「それがセバスティアンの例の数字なんだね。キャロル」
「はい! お兄様がこうなので、シザーリオ公爵家は危機なのです!!!」
「心配しないで。いざとなったら、俺から名門のご令嬢を紹介するから。セバスティアンは愛情深い男だよ。三ケタだけど」
自分抜きで話を進められて、セバスティアンはカンカンだ。
「三ケタ三ケタって何の話だ!!! いい加減、教えろーーーーー!!!!!」
「お兄様もお知りになりたいのですか?」
キャロルは、レオンをうかがった。
彼は、口元に一指し指を立てて、しーっと合図している。
レオンが望むなら、キャロルの口は、岩よりも重たくなる。
「内緒です!!! なぜなら、その方が、レオン様が楽しそうだからですわ!!!」
「ひどい妹だな、お前は!!!!」
愚痴をこぼしつつ、セバスティアンは縄を解いてくれた。
自由になったキャロルは、ドレスをつまみ上げてレオンにお辞儀する。
「お見苦しいところをお見せしました。レオン様にお怪我を負わせたお詫びは、別の形でさせていただきます」
「それなんだけど……」
顎に手を当てたレオンは、キャロルの耳元に囁いた。
「俺の『好き』と言った回数を、教えてもらえないかな?」
「えっ!?!!」
まさか、レオンの方から尋ねられるとは。
キャロルは、彼の頭上を見上げた。
燦然と輝く『∞』の字。その多くは、キャロルに向けての好意が占める。
教えても問題はない。けれど、∞になるほど愛されているのが分かっているから、口に出すのが恥ずかしい。
「あの、今は、その、心の準備が……」
赤くなってモゴモゴしていると、クスリと微笑まれてしまった。
「心の準備が必要な数字なの? 多いのかな、少ないのかな?」
「少なくはないです! わたくし、レオン様にたくさん愛されておりますもの」
「そうだね。これから、もっともっと愛すよ」
いちゃいちゃし始めた二人に、セバスティアンは烈火のごとく怒った。
「十二夜も終わってないのに、新婚ムードを出すのはやめろーーーーー!!!!!」
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