30 犯人は大切なものを盗んでいきました

「キャロルから、王太子に大怪我をさせたと連絡が来たので、急いでやってきたが……。思いのほか軽傷だな」


 腕をくむセバスティアンの視線の先には、額にガーゼをはり付けたレオンがいた。

 体調には影響ないらしく、執務室の机に向かって、書類仕事を片づけている。


「頭の怪我は出血が多くなる。それを見たキャロルが大騒ぎしてしまったんだよ」

「そのようだな。先に面会したが、『セバスお兄様! わたくし、王太子の体に傷をつけた責任をとらせていただきます!』と自決しようとしていたので、縄でしばって転がしてきた」

「縄で……」


 裏声でキャロルの真似をしたセバスティアンを、レオンはジト目で見返した。


「彼女は未来の国母だぞ。丁重にあつかってくれ」

「ふん! 誰と結婚しようと妹なのは変わらん!!!」


 バサッと机に置かれたのは、10㎝はあろうかという分厚い調査書だった。


「宝物庫にある品と、保管リストを照らし合わせてきた」

「早いな。やはり調べ物は、セバスに任せるにかぎる」


 調査書をめくったレオンは、『異常なし』の判を指でなぞっていった。


「絵画、彫刻、稀覯本に被害はなし……。盗まれたのは、俺が見つけた宝飾室のものだけか?」

「ああ。王冠やティアラ、ネックレスなど、いかにも贅沢で高価な品には手つかずだった。盗まれたのは、魔晶石が使われている珍品ばかりだ」

「傾国の女王ヴァイオラの置き土産か」


 魔晶石は、魔力が宿っている稀少石で、大陸北方の小国でのみ産出されている。

 乳白色を帯びて、光を当てるとプリズムが輝く石に、異常なほど魅了されたのが九代目女王ヴァイオラだ。


 たぐいまれな美しさを持って生まれたヴァイオラは、常に外見が衰える恐怖に怯えていて、魔晶石から得られる魔力で永遠の若さを保とうとした。

 少しでも多くの魔晶石を手に入れるために無謀な外交を繰り返し、国を傾け荒廃させたという伝説の悪女である。


 レオンがキャロルに渡した宝石も、ヴァイオラの品だ。


「ヴァイオラは国民に忌み嫌われている。それに、他の宝石と比べると魔晶石は輝きが劣る。盗むだけの価値はないと思うが……」

「いや、魔晶石は金になるぞ。産出国フィロソフィーでは、新たな聖王が魔晶石の採取と輸出の禁止を打ちだした。それを受けて、大陸での取引価格は、数年前の五倍にふくれあがっている。品物の多くは、すでに裏取引の市場に流れているらしい」


「下手に大粒の宝石を売ろうとして足がつくより、需要の高まっている魔晶石に狙いを絞った方が、確実に金に換えられるというわけか……。裏取引では、表立って買えない品物ほど、たやすく買い手が見つかると言うしね」


「次は、犯人の侵入経路についての報告だ。騎士から情報をもぎとってきた」


 セバスティアンは、城の見取り図を広げた。

 黒で描かれた間取りに、赤いインクで線と矢印が入れられている。


「宝飾室につながっていた隠し通路は、王もしくは王妃が王冠を持ち出す際に使用するものだ。他の裏通路とは通じていない。石造りで堅牢に固められていて、横穴を作るのも不可能。出入り口は、二つしかない。宝物庫内の宝飾室と――」


 白手袋をはめた指が、赤い線をたどって広い部屋にたどり着いた。


「――王妃の寝室だ。この意味が分かるな?」

「内部犯か……」


 面倒なことになったと思いながら、レオンは椅子から立ち上がった。


「引き続き、調査を頼むよ。俺は、キャロルの縄をほどきに行く」

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