29 密室での接近はお約束です

 その日の夜更け。


 丈の短いチェック柄のドレスを身につけたキャロルは、ベッドのうえに、ハンカチとクッキーとマフィン、紅茶入りの水筒、小さなクマのぬいぐるみを広げていた。

 大きめのバスケットに詰めていると、レオンが寝室の扉を通ってやってくる。


「キャロル。それは?」

「夜歩きの準備ですわ。宝物庫がどのくらい広いのか分かりませんが、お夜食はこのくらいでよろしいでしょうか?」


 なにせ、エイルティーク王国の宝が数多く保管されている部屋だ。

 キャロルの想像では、未開の洞窟のように広大なはず。休憩をとるためのおやつと飲み物は欠かせない。

 レオンと一緒に座るブランケットも必要だが、バスケットはもういっぱいである。


「ブランケットが入りませんわね……はっ! 滝があったらどうしましょう。雨合羽の用意もしなくては!!」

「さすがに滝はないよ。それに、休憩を挟まないと歩けないほど広くもない。バスケットは置いていこうね」

「はい」


 着の身着のままでベッドを下りたキャロルの肩に、レオンはストールを巻いてくれた。やさしさのおかげで、体以上に心が温まる。


「さあ、行こうか。お姫様」


 腕をくみ、二人で廊下に出た。

 ほとんどの使用人は休んでいる時間帯なので、廊下の明かりは心許なく、城自体がひっそりと静まっていた。

 こんな時間に夜歩きなんて、不良な娘になったみたいでドキドキする。


 ふとレオンを見ると、胸ポケットに薔薇を差している。


「レオン様、その薔薇はもしかして……」

「十輪目の『栄光』だよ。零時を過ぎたらすぐに渡せるように持ってきたんだ。ここまで来て、十二夜が中止になったら悲しいからね」


 何らかの事情で、薔薇を渡せなかった場合、十二夜は失敗となる。


 市民はここまで厳格に行ってはいないが、王族の結婚となると別だ。

 十二夜の失敗=破談が通例なので、そうならないように周囲が全力でサポートするのである。


 宝物庫は、窓のない城の中心にあるという。

 外部からの侵入者に狙われないように。また、所有者である国王の居室に近い場所に安置することで、王座の権威を保つためだ。


「ここだ」


 鎧をきた番人が守る扉は、見上げるほど大きく堅牢だった。


 レオンは、借りてきた鍵をつかって外扉を開けた。

 中通路でガラス筒のランタンに火を灯し、鋼鉄の扉につけられた錠前を解くと、いよいよ宝物庫への道がひらかれた。


「暗いから、手を繋いでいこう」

「はい」


 ランタンを掲げたレオンに手をにぎられ、導かれるように進み出して歩いていく。


 保管されている絵画や彫刻には白い布がかぶさり、かわいいお化けが何匹もいるみたいだ。貴重な歴史書は、そびえるように高い本棚に収められていて、大きな鎖で封じられていた。


「普段は、保管品の扱いに長けた専門官を伴って入るんだ。魔法の大鏡はこっちの宝飾室にある」

「宝飾室、ということは、王冠があるお部屋ですか?」

「そうだね。王冠は金庫に納められているはずだけど――」


 宝飾室に入ったレオンは、眉をひそめて言葉を切った。


「――荒らされている?」


 キャロルは、レオンの背からひょこっと顔を出して、中をのぞいた。


 うす暗い部屋の壁には、ガラスケースに覆われた宝飾品がかけられ、歴代の王妃が身につけた豪華なアクセサリーを並べた台が縦に並べられている。


 その一部のケースが割られ、中の宝石がなくなっていた。


「まあ! 盗まれてしまったのですか?」

「残念ながらそのようだ。他のケースも調べるよ。キャロルはここで待っていてくれ」


 レオンは、キャロルから手を離して、ランタンの火を頼りにケースを見て回る。その間、暗がりで見守っていたキャロルの頬を、ひゅうと冷たい風がかすめた。


「窓もないのに、どうして風が……?」


 冷たい空気をたどっていくと、部屋のすみの床が抜けていた。その下には、短い階段が見える。城に張り巡らされているという、隠し通路だろう。

 泥棒は、ここから入り込んだようだ。


「レオン様、泥棒の通った道が分かりました!」


 ランタンの明かりに向かって呼びかける。体を反らした拍子によろめいて、床にわだかまっていた紫色のカーテンを踏んづけた。

 キャロルの足は、ずるりと床をすべる。


「きゃ――」


 その場に尻もちをついたキャロルは、そうっと顔を上げた。落ちたカーテンが守っていた壁に、大鏡が立てかけられていた。


「これが、魔法の大鏡?」


 鏡面は、青いさびが浮いて曇っている。

 周囲が暗いせいもあって、はっきりと姿が映らない。


 座りこむキャロルは、ほぼシルエットだ。

 だが、その頭上に、ぼんやりと数字らしきものが浮かんでいる。


 キャロルは、ぐぐっと前のめりになって目を凝らす。


「わたくしの『好き』の数字は……」


 そのとき、大鏡がぐらっと傾いだ。壁が崩落するように、床にすわるキャロル目がけて倒れ込んでくる。

 逃げるどころか、ぽかんと見上げることしかできない。


「キャロル!!」


 間一髪で、滑り込んできたレオンに抱え上げられ、そのまま隠し通路の入り口に落ちた。

 ガシャーーーン! と凄まじい音が響いて、天井からパラパラと壁材クズが降ってくる。


 レオンに抱きしめられたまま階段を転がり落ちたキャロルは、冷たい床につくなりガバッと起き上がった。


「レオン様! ご無事ですか!!」

「……ああ、平気だ」


 倒れたランタンのか細い火に、かすかに照らされたレオン。その額から、一筋の赤い血が垂れるのを見て、キャロルは、さっと青ざめた。


「申し訳ございません、レオン様。わたくしのせいでお怪我を」


 大好きな人に怪我をおわせたショックで、目から熱い雫がこぼれおちる。

 ボロボロ涙をこぼすと、レオンが指でぬぐってくれた。


「このくらい何てことないよ。俺は少しも痛くない」

「そんなの嘘ですわ。だって、こんなに血が出ているのですもの!」


 胸にふせて泣くキャロルの髪を、レオンは上から下へと撫でた。


「本当に痛くないんだよ。キャロルが無事でいてくれるなら」


 ランタンの火が消えて、一寸先も見えない闇に包まれる。

 胸元で震える小さな存在に、レオンの胸がきゅうと締めつけられた。


 喜ばせようとして、怖がらせてしまった。

 子猫のように高鳴った鼓動の速さを、どうにかして落ち着けてあげたい。


「大丈夫だよ、お姫様。あれだけの音だ。すぐに助けが来る」


 コクンと頷く彼女の頬に指をはわせて、手さぐりで額にキスをする。

 すると、「ひゃ」と可愛く鳴いたきり、泣き声は聞こえなくなった。


 きっと、顔を真っ赤にして照れているんだろう。

 これだけ近くにいるのに見られないなんて……いじらしくて、おかしくなりそうだ。


 好き。好きだ。大好き。

 こう思う間にも、自分の『好き』と言った数字は、増えているのだろうか。


(口に出して伝えないと増えないのかな。俺の数字は、今どのくらいなんだろう)


 考えていたら、遠くから十二時を報せる鐘が聞こえてきた。

 レオンは、胸元に挿してあった薔薇を抜いて、キャロルに差し出す。


「こんな情けない状態だけど、受け取ってくれる?」

「もちろんです!!!」


 無事に、十輪目は花嫁の手に渡った。


 奪い取られるような勢いだったが、花びらは無事だろうか。

 助け出されたら、キャロルが本当に怪我をしていないかどうかの次に確認しようと思うレオンだった。

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