28 探索はお菓子を持って

「キャロルがいない……」


 午後の仕事を抜けてテラスに向かったレオンは、もぬけの殻のテーブルを見てふしぎに思った。

 いつもなら、キャロルが先に着席していて、レオンが来るのを楽しそうに待っているのに。


「何かあったのか?」

「キャロル様付きの侍女によりますと、自分の数字を探しに行ってくるとおっしゃっていたそうです」


 側近の言葉を聞くかぎり、逃走したわけではなさそうだ。

 キャロルが言う『自分の数字』とは、好きと言った回数のことだろう。


 人の頭上にたえず浮かんでいるらしいが、なぜかキャロルは自分の数字だけ見えない。見てみたいと望んだとしても、不思議ではない。


「俺が探してみるよ」


 レオンは、お茶を移した水筒とさまざまなクッキーが詰められたバスケットを持ち上げて、テラスを後にした。


 花で飾られた廊下をあてどなく歩きながら、子猫のように好奇心いっぱいの婚約者がどこに行ったのか考える。


(自分の姿がよく見える場所……鏡のまえか?)


 鏡は城の各部屋に設置されているが、それでこと足りるなら自室のドレッサーに向き合って満足したはずだ。

 キャロルは、見えない数字を見るために、何か別の手段を探している。


 レオンは、礼拝室や図書館、応接間などを巡っていった。

 しかし、キャロルはどこにもいない。

 城内といないとすれば外だ。庭に下りて、庭園までの遊歩道を歩いて行くと、噴水のふちに愛らしい恋人の姿があった。


 ふんわりと袖が膨らんだデイドレスを身につけ、造花で飾ったドレスハットをかぶり、難しい顔をして水影を覗きこんでいる。


「かがみよ、かがみよ、かがみさん。わたくしの『好き』と言った回数を教えてくださいませ」


 熱心に唱えても数字は見えなかったらしい。

 キャロルは、困った風に頬杖をついた。


「お水もダメでしたわ。お城の鏡という鏡は当たりましたし、どうすればいいのでしょう」

「お疲れ様、キャロル」

「レオン様!」


 キャロルは、レオンの姿を認めると、すっくと立ち上がって両手を前で揃えた。

 ぐったりしていても礼節に正しい、貴族の令嬢らしい令嬢だ。


「お庭にいらっしゃるのに気づきませんでした。失礼をお許しくださいませ」

「構わないよ。自分の数字は見えなかったみたいだね」

「そうなのです。城の鏡は古いものが多いので、しらみつぶしに当たっていけば、どこかで見えるかもと思ったのですが……」


 そこまで言って、キャロルは、はっとした。


「レオン様とのお茶を忘れておりました。今、何時ですか!?」

「ちょうどお茶の時間だね。キャロルが珍しく先に来ていなかったから、探しに来たんだ。水筒とクッキーを持ってきたから、ここで一服しようね」


 レオンは、キャロルを噴水のふちに座らせると、そのとなりに腰かけ、バスケットのクッキーを食べさせた。


「たくさん歩いたので、いつにも増して美味しいですわ!」

「それはよかった。十二夜が過ぎて落ち着いたら、パトリックを連れてピクニックでも行こうか」

「はい。楽しみです」


 花のように笑うキャロルの口元に、クッキーの欠片がくっついている。

 お淑やかなのに、甘いものを前にするとちょっと抜けてしまうのも、可愛らしい。


「ついてるよ」


 欠片を指でとって口に入れると、キャロルはたちまち真っ赤になった。


「ありがとうございます……」

「どういたしまして。城中の鏡に当たったというけれど、宝物庫の大鏡は試していないよね」

「はい。宝物庫は番人さんが守っていらして、近づけなかったものですから」


 エイルティーク王室が所有している金銀財宝や芸術品、貴重品を数多く収蔵している宝物庫は、王太子ですら特別な許可無くして立ち入ることはできない。

 十二夜のまえは、欲しい物があって通い詰めていたが、用がなくなった今では近づきもしていない。


 思い出したように、キャロルは、右手の薬指にはめた乳白色の指輪を、陽光にかざした。


「この指輪は、元は宝物庫にあったのを見つけられたのでしたね。レオン様は自由に出入りできるのですか?」

「許可さえとれば。魔法のかかった品や呪われた品があるから、警備が厳重なんだ。でも、きちんとした理由があれば入れるよ。そこにある大鏡は、古来から『本来の姿を映し出す』と言われていて、戦好きの侵略王と呼ばれた第十三代国王フェリペは、大鏡に映った残虐な姿を見て退位を決めたと言われている」


「恐ろしい逸話があるのですね。その魔法の鏡であれば、わたくしの『好き』と言った数字も見えるかもしれません。レオン様、連れて行ってくださいますか?」


 両手を組んでこいねがうキャロルに、レオンは微笑んだ。

 こんな風にお願いされて、断れる男がいるなら会ってみたい。

 セバスティアンには「妹をあまり甘やかすな」と叱られてきたが、甘やかしたくなる雰囲気がキャロルにはある。


「いいよ。今晩、一緒に入ろうか」

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