22 姫の懺悔と王子の裏腹
「キャロルに八夜目の薔薇を届けてきたよ」
シザーリオ公爵邸の一室に入ったレオンは、ガウンを羽織って椅子に掛けていたセバスティアンに話しかけた。
ランプを灯しただけのうす暗い部屋は、品の良い調度品でまとめられている。屋敷の主である彼の真面目さを映したようだと、来るたびに思う。
「妹が迷惑をかけてすまない」
キャロルの暴走に現在進行形で巻き込まれている兄は、立ち上がって親友でもある王太子に頭を下げた。
「十二夜で多忙なうえ、例の窃盗団を追いかけるので騎士団も大変だというのに」
「いいんだ。キャロルが俺との結婚を嫌がって、逃げ回っているのではないと分かっているから」
結婚前日になって、急に十二夜を拒否しはじめた婚約者に、さすがのレオンも戸惑った。
お淑やかで心優しい、令嬢のなかの令嬢であるキャロルが反抗するなんて、前代未聞の事態である。
嫌われたのかと思って探りを入れると、キャロルは言った。
レオンが大事だと。レオンに幸せになってほしいと。
レオンが大好きなのだと――。
椅子に座り直したセバスティアンは、顎に手を当てて首をひねった。
「嫌なんじゃないのか? だって、逃走しているぞ」
「違うみたいだよ。俺の今までの努力は、それなりに実っている」
レオンは、キャロルが万が一にも別の男に心を奪われないように、近づく人間は徹底的に排除してきた。
彼女が小さい頃からお姫様のように大切にしてきたし、お茶にかこつけて彼女の好物である甘いお菓子やケーキで餌付けもしてきた。
邪な自分を見透かされないように、いつでも笑顔を浮かべて品行方正な王子を演じてきた。完璧な外面に、キャロルはすっかり騙されてくれた。
「十二夜は阻止しようとしているけれど、キャロルは俺を好きなままだ」
「なぜ断言できる。人の好意は、目に見えないものだ」
「見えなくても分かるものだよ。キャロルは、俺の好きな人が自分ではないと信じて、自力で王城を探し回っていたんだ。でも見つけられなかった。当然だ。そんな人はいないんだからね。最近では探すのを諦めて、素直に薔薇を受け取ってくれている」
「んんん???? その行動のどこに、お前への好意があるんだ?」
さらに首をひねるセバスティアンに、レオンは悠然と微笑む。
「分からないかな。キャロルはね、肝心の俺には聞かないんだ。『貴方が本当に好きな人は、どこの誰なの?』って――」
レオンの本当に好きな人は、レオンに尋ねれば一発で分かる。
それなのに、キャロルは一度も問いかけて来たことはない。
その理由は。
「俺の口から、俺が好きな人の名前なんか聞きたくないんだよ、キャロルは。あんなに心優しい女の子が、居もしない恋敵に嫉妬してるんだ。可愛いよね」
キャロルが、レオンの幸せな結婚のために十二夜を拒否しておきながら、胸のうちで自分への恋心を焦がしていると思うと、たまらなく愛しくなる。
だから、レオンは薔薇を贈りつづけるのだ。
セバスティアンは、口をイモムシみたいに歪ませて唸った。
「そこまで見通しているのに説得しないとは。我が親友ながら、性格が悪い」
「自覚はしている。改める気はないけどね。俺が気になるのは、どうしてキャロルは『王太子には婚約者である自分とは別に愛している人がいる』と誤解してしまったのかだ。十二夜がはじまる前日に、何があったんだろう?」
「知らん。が、結婚前日から、急に、か……」
考え込んだセバスティアンは、「あ」と気づいた。
「そういえば、あの日のキャロルはおかしかった。人の頭のうえを見るなり、三ケタの数字がどうこうとか、愛の言葉も言えないのかとか、家が断絶するとか散々言われたぞ」
「数字?」
レオンはセバスティアンの頭上を見たが、そこには何もない。
自分の頭上も見上げたが、暗い天井があるだけだった。
「何もないけれど……。そういえば、俺も頭のうえを見られたな。それから、キャロルの様子がおかしくなった」
一夜目の予行のために教会にやってきたキャロルは、先に着いていたレオンの頭上を見るなり、歓喜に満ちた表情でこう叫んだのだ。
『わたくし、レオン様から、そんなに『好き』って言われておりませんのに!!』
「キャロルに、好きと言った回数が見えているのだとしたら……」
「あの暴走も理解できる」
レオンは、セバスティアンと顔を見合わせた。
「夜分遅くに失礼致します」
執事のマルヴォーリオが部屋に入ってきた。
彼は二人に紅茶を出すと、胸元から可憐なレース紙の封筒を出した。
「キャロルお嬢様から、王太子殿下へのお手紙を預かって参りました」
「俺に?」
手紙を受け取ったレオンは、封筒を開けて便箋を取りだし、目を通して驚いた。
そこに書かれていたのは、キャロルの懺悔だった。
『……一夜目がはじまる前日に、突然、人の頭上になぞの数字が見えるようになりました。人が『好き』を伝えた回数のようでした。わたくしは、レオン様の『好き』と言った回数を見てみたくて、誰にも明かさずに教会に行ったのです……』
彼女が見たという、レオンの数字は書かれていなかった。
だが、文字がふるえていることから、数字にびっくりしたのが見てとれた。
『……わたくしが見てしまった数字は、本来であれば伝えた当人と相手しか知り得ない、神聖なものです。暴き立てるような真似をするのは、浅はかだったと反省しています。その人が、これまでの人生で、どれだけ『好き』を口にしたのか見ることで、わたくしは傲慢になっていたのかもしれません。ですから、レオン様に冷たくあしらわれて嫌われてしまったのも、当然と言えましょう……』
冷たくあしらう云々は、占い師ニナをかばった件だろう。
王妃の気に入りの客人ということで優先して扱わなければならなかったが、キャロルが多少なりと失礼な発言をしたところで嫌いになるはずがない。
思い詰めるほどキャロルを傷つけてしまった。
後悔するレオンは、次の文に目を疑った。
『……かくなる上は、この命に替えてお詫びとさせていただきます。ごきげんよう、レオン様。お元気で――』
「大変だ」
立ち上がったレオンは、手紙を握りしめてキャロルの寝室へ向かった。
先ほど、窓から顔を出したキャロルは元気そうだったが、手紙の内容からすると、レオンが薔薇を届けたことで思い切ってもふしぎではない。
足音を立てて階段を駆けのぼり、息を切らしながら廊下を走り、扉を開け放つ。
「キャロル!」
寝室は、もぬけの殻だった。
開け放された窓に近づくと、シーツで作った簡易ロープがウインドウボックスを支える柵に結ばれている。
ロープは、階下のバルコニーまで垂れ下がっていた。
「どこに行ったんだ……」
「急に走り出してどうし――あのお転婆、今度は窓から脱走したのかーーーー!?!!!」
遅れてきたセバスティアンの悲鳴が、深夜のシザーリオ公爵邸に響き渡った。
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