19 七夜目はダンスホールで
十二夜ある結婚式典のうち、七夜目だけは他と違っている。
薔薇を与える側と受け取る側、両家の家族がそろって、薔薇を渡すさまを見届けるのだ。
王侯貴族の場合は、真夜中から始まるパーティーを、多数の招待客を招いて盛大に行う。王太子の十二夜ともなれば、エイルティーク王国内で行われる七夜目のなかで一、二を争う規模だ。
レオンとキャロルの七夜目の会場は、迎賓館の広いダンスホールだった。
巨大なシャンデリアの白い灯りが、床にはられた大理石に反射している。四方八方に広がる光は、貴婦人の宝石やシャンパングラスに吸い込まれ、歩くたびにキラリと輝く。
光の宿り木のように煌めく招待客のなかを、キャロルは、レオンと腕を組んで歩いていた。
デコルテの開いた桃色のドレスは、レースが何重にもかさねられていて、胸元や裾にストライプリボンがあしらわれている。
これはレオンが見立ててくれた。彼の宮廷服にも同じレースが使われていて、並んぶと揃いのビスクドールみたいだった。
寄り添って歩く二人に、招待客はうっとりと目を細める。
「本当にお似合いですこと」
「シザーリオ公爵令嬢は、未来の国母となられるにふさわしい方だわ」
「これでエイルティーク王国も安泰ですわね」
賞賛は、シャンパンの泡のように、あちらこちらで浮かんでは消える。
人がはけたホールの中ほどで、レオンはひざまずいた。見上げた先には、キャロルがいる。
「貴方に、七夜目の『情熱』を捧げます――」
「ありがとうございます」
差し出された薔薇を両手で受け取ると、レオンは幸せそうに笑った。
キャロルが彼の好きな人を見つけていれば、今頃は、その相手が笑い掛けられていた。そう思うと、胸がきゅうっと締めつけられる。
(わたくしは、一体どうしたいのかしら……)
続けて、二人だけのダンスがはじまる。
薔薇を胸元に挿したキャロルは、レオンと手を取り合って踊った。
絶妙な三拍のリズムにのせて、管弦オーケストラの旋律がたゆたう。ステップを踏めば、ここはもう光の川のなか。
キラキラと輝くレオンの瞳に、キャロルが写っている。
甘くとろけそうな表情は、自分に恋でもしているかのようだ。
「――キャロル。会わせたい人がいるんだ」
唐突に、レオンが言った。
夢から引き戻されて、キャロルは目を瞬かせる。
「最初にご挨拶した方々とは別に、ですか?」
「少し遅れての到着らしくて、挨拶できなかったんだ」
「承知しました。ダンスが終わりましたら、ご紹介くださいませ」
演奏は終わった。巻きおこる拍手に、大きな身振りでお辞儀をして脇にはける。
今度は、招待客が踊る番である。
壇上にいる国王と王妃に、七夜目の儀式が無事にすんだと報告すると、素晴らしかったと褒めてもらえた。とくに王妃は、キャロルをべた褒めだった。
「こんなに愛らしいご令嬢と踊れるなんて。レオン、貴方はとっても幸せ者よ。例のゲストが到着したそうだから、ぜひ会わせてあげなさいな」
「そのつもりです。行こうか、キャロル」
「はい」
レオンに導かれて、キャロルはダンスホールを抜けた。
まっすぐ伸びる廊下には、等間隔で扉がある。招待客の控え室として、小部屋が連なっているのだ。
「ここだ」
レオンは、三番目の扉をノックして、開けた。
ステンドグラスやフリンジの傘をつけたランプが、いくつも灯っているだけの暗がりに、目がくらむ。
盛り上がって見えた影に目を凝らすと、ダンスパーティーを抜け出した招待客が、一列に並んで順番を待っている。
彼らのお目当ては、頭から薄いヴェールをかぶった、占い師だった。
クセのある亜麻色の髪は床につくほど長く、手元にある大きな水晶玉と相まって、ミステリアスな雰囲気を漂わせている。
「彼女は、都で流行の水晶占い師、ニナさんだよ。王妃が占いにはまっていて、俺も勧められて何度か見てもらって、悩み事の相談なんかもしている」
「レオン様が信頼するほど、凄腕なのですね……」
並びの最後尾について、順番を待つ。
占いは順調に進んでいき、やがてキャロルの番になった。占い師を真正面から見たキャロルは、挨拶も忘れて息をのんだ。
「お美しい……」
ニナは、絶世の美女だった。
褐色の肌はなまめかしく、細めの瞳は金色で、鼻先がツンと上を向いている。
長く尖らせた爪や、手首には、宝石が貼り付けられていて、彼女自身が一つの宝飾品のようだった。
レオンのとなりに立ったら、キャロルよりよほど、お似合いに違いない。
悩み事の相談を受けるぐらい、レオンに信頼されているし、王妃の寵愛も固い。
王太子が、心から愛する人としては、申し分ない女性だ。
(まさか、ニナさんが、レオン様の好きな方?)
「それでは、俺達の結婚生活について占ってもらおうか。キャロル……キャロル?」
「はっ! 失礼しました!!」
我に返ったキャロルは、スカートをつまんでお辞儀をした。
「はじめまして、占い師ニナさま。わたくしはキャロル・シザーリオと申します。シザーリオ公爵家の令嬢で、十六才になりました。趣味は田舎暮らしを空想すること、特技は人の顔と名前を覚えることです。こうしてお逢いできましたこと、心より嬉しく存じます」
どんな場面でも礼節を忘れてはならない。
きちんと挨拶するのは、シザーリオ公爵令嬢としての矜恃だ。
たとえ相手が、大好きな人の、大好きな人だとしても――。
キャロルは、お辞儀から復帰するなり、水晶に触れていたニナの手を、両手でむんずと掴んだ。
「さっそくですが、お教えください! レオン様とは、どんな風に愛を育まれたのですか!? 出会ってから何度めで告白なさいましたの。それとも、レオン様の方からでしょうか? 普段は、どういった形でデートなさっているのですか。わたくし、わりとレオン様と一緒に過ごす時間が長かったのですけれど、少しもそんな素振りは見えなかったので、不思議だったのです! はっ、まさかお家デートですか!!?? ニナさまのご自宅はどこに?????」
「離して!」
息継ぎもせずにまくし立てると、ニナに手を振り払われた。
その拍子に、ヴェールが落ちて、小ぶりな頭があらわになる。
ふわっとニナの頭上に浮かんだ数字を見て、キャロルは悲鳴にも似た声を上げた。
「こ、これは!!!!!!」
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