18 見えないうちにキスをして

「……キャロル、それは?」

「目隠しですわ」


 その夜、薔薇を持ってキャロルの寝室に入ったレオンは、驚いた。

 キャロルが、頭に布をぐるりと一巻きして後頭部で結び、目隠しをしていたからである。


「わたくし、見てはならないものを見てしまいましたの。タリアの、マルヴォーリオの、セバスお兄様の、パトリックの、そしてレオン様の、誰にも知られてはいけない大切なものを暴いてしまったのです。ですから、こうして反省しているのですわ」


 キャロルは、目を開けていると、嫌でも「好き」と言った回数が見えてしまう。

 レオンの『∞』だって、知ってはならない数字だった。


「見てはならないもの、ね……」


 寝台がふかりと沈んだ。レオンが、キャロルの隣に腰を下ろしたようだ。


「構わないよ。目隠ししていても、薔薇は手渡せる」


 レオンに手をとられて、瑞々しい茎を握らされた。

 これは六夜目の『愛情』だ。

 今までもらった薔薇のように、白くて清純な花を咲かせているはず。


 ――ほんとうにそうかしら?


 目で見ていないから分からない。熟れて開ききった花びらや、青い蕾を渡されても、キャロルは抵抗らしい抵抗もできない。

 何もかもすべて、レオンにされるがまま。そう思うと、緊張する。


 頑張ってじっとしていると、近くでふっと微笑む気配がした。


「そうしているのも可愛いけれど……危ないよ。俺みたいな男のまえで、目を隠したりしたら」


 手に触れていたレオンの指先が、辿るように腕をのぼり、首筋をなでていく。

 まるで、柔らかな羽根で体をなぞられているみたいだ。


「??? レオン様、くすぐったいのですけれど……」

「うん。そうなるように動かしてる」

「?????」


 意味が分からない。しかも、レオンは指を止めてくれない。

 頬をさわさわと撫でられると、胸の奥がモゾモゾしてくる。


(もしかしたらこれは、「好き」と言った回数を見てしまった、わたくしへのお仕置きかもしれません!)


 それならばと、キャロルは、身をよじって耐えた。

 くすぐったくて、いじらしくて、何故だかたまらない。


 首をなで上げた手が耳をかすめた拍子に、うっかり声が漏れてしまった。


「っ……」


 じわっと涙が浮かんでくる。

 苦しい。もう、耐えられない。


「レオン様、どうかご容赦を」

「やだ」

「!? なぜですの???」

「キャロルが見てしまったものが何なのか、教えてくれるまではこのままだよ」


 体さわさわ攻撃は、お仕置きではなくて拷問だったのだ!


(白状してしまいたい。ですが、レオン様にだけは言いたくありません)


 打ち明けたら、きっと、レオンは軽蔑する。

 何の罪もない人々の「好き」と言った回数やレオンの『∞』を見ておきながら、素知らぬふりをしてきたキャロルを、卑怯な人間だと感じるだろう。


 ――レオン様に、嫌われたくない。


 キャロルが、きゅっと唇を閉じると、レオンは甘い溜め息をついた。


「どうしても話せない?」

「はい」

「もっと酷いことをされるとしても?」

「酷いこと、とはどういったことでしょう」

「こういうこと」


 レオンは、キャロルの目を覆っていた布を取り去ると、閉じた目蓋のうえにキスを落とした。

 ちゅ、と触れる感覚にびっくりして、キャロルは、ぱっと目を開ける。


「~~~!!???!!?」

「手で触ってダメなら、唇でくすぐるよ。体中が真っ赤になって、息も絶え絶えになって、可愛くおねだりしても止めてあげない」

「そんなことをされたら、心臓が!! 心臓が持ちません!!! それに、そういうことは本当にお好きな方とだけにしなくてはいけませんわ!!!!!」


 あたふたするキャロルは、うっかり薔薇を落としそうになった。


「あ……」


 緩んだ手を、レオンが包んで支えてくれた。

 おかげで、六輪目を落とさずにすんだけれど、近くにあるレオンの唇が目に入ってドキリとする。顔を見ただけで、こんなに胸が騒ぐのは初めてだった。


「俺の『愛情』、捨てないでね」

「捨てたりいたしません。大切にします」

「ありがとう。キャロル」

「はい」


 赤い顔で見上げると、レオンにぎゅっと抱きしめられた。


「遅い時間になってしまったから、くすぐるのは明日にするよ。ゆっくりお休み。それと……愛してる」


 そう言って、悲しげに微笑むと、寝台を下りて自室に戻ってしまった。

 一人残されたキャロルは、キスされた目蓋を指でなぞって、レオンの言葉を噛みしめる。


「愛してる……」


 レオンの頭上の数字は、すでに『∞』だ。

「好き」を言葉に込めても、数字は+1されない。


 だから、キャロルは、レオンからどんなに熱烈な言葉を贈られても、そこに好意が込められているのか分からない。


 自分だけ愛されていると信じたいのに、信じられない。


 キャロルは、寝台にひっくり返って、薔薇を胸に抱いた。


「数字が見えなければ、こんな風に悩むこともなかったのに」

 

 誰にも言えない体質になったことを、悲しく思うのだった。

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