14 秘密の小部屋の秘密
「レオン様……」
キャロルを止めたのは、寝息を立てていた王太子だった。
ハーブ水で眠っていたはずなのに、目はぱっちりと開いていて、指先まで力強い。
「なぜ起きていらっしゃるのです? わたくしがお贈りしたハーブは、お味見なさいませんでしたの?」
「味見は、君の目の前でするよ。だって、君が贈ってくれたあれには、眠くなる効能があるだろう?」
言い当てられて、キャロルはギクリとした。
「なぜそれを……」
「セバスティアンの愛用の品だから見覚えがあったんだ。もしも味見して寝入ってしまったら、キャロルに三夜目の薔薇を渡せなくなってしまうと思ってね。もちろん、渡したのちに目の前で飲んで、感想を伝えるつもりだった。十二時を越えるまえに、うたた寝してしまったのは反省している。最近、少し無理をしていたようだ」
「では、あの音は? わたくし、たしかにグラスに注いだ水を飲む音を聞きましたわ!」
「ハーブ水を飲んだのは、彼だよ」
レオンが支度部屋の戸を開けると、ソファに侍従がうつぶせに倒れ込んでいた。
「侍従どのーーー!?」
「ハーブ水の効果は絶大だね。すっかり安眠している」
そう言って、レオンは手近にあったブランケットを、侍従の体にかけてあげた。
「彼、いつも水差しの毒見をしてから俺の寝室を離れるんだ」
「毒見役だったのですね……!」
高貴な身分のものは、毒見役が安全をたしかめた食物しか口にしない。
王太子であるレオンの周りは特に厳重で、お茶のときにいただくケーキや、騎士団の稽古中に飲む水まで、異常がないか確認されている。
キャロルは、日頃から毒見をさんざん見慣れていたというのに、その存在をすっかり忘れていた。
「さてと……」
レオンは、寝室に戻ってキャロルを寝台に座らせると、奥まった位置にあるテーブルに手を伸ばした。
つかんだものを背に隠し、キャロルの前にひざまずく。
「君から俺の寝室に来てくれるなんて、夢のような夜だ――」
背中に回していた手が、すっと差し出される。
握られていたのは、白い薔薇だった。
「――受け取ってほしい」
これは三輪目の『幸福』だ。
キャロルは、またしても、十二夜の阻止に失敗してしまった。
いつまでも薔薇を受け取ってもらえないので、レオンは気色ばんだ。
「キャロル?」
「……反省していたのです。わたくし、今日も上手く立ち回れませんでした」
「君は十分に頑張っているよ。一日中、城を歩き回っていたんだろう? 俺の仕事場に、使用人たちが代わる代わる『王太子妃殿下が自分の持ち場に顔を見せた』と報告に来るものだから、とても楽しかった」
「レオン様を楽しませられたのでしたら、ようございました……。ですが!」
キャロルは、薔薇を避けるように、ひょいっと寝台から立ち上がった。
「今のままではいけません。もっと姑息に、優雅に、レオン様の裏をかかなければ!!」
そして、例のカーテンに向けて突進していく。
「レオン様のお好きな方、暴かせていただきますわーーーーー!!!!!」
カーテンを左右に開いて小部屋に飛び込む。
小部屋は、小部屋と呼ぶにぴったりの広さで、レオンの支度部屋の半分ほどの大きさだった。
三方を壁にかこまれた閉塞感のある空間に、銅像や絵が並んでいるようだ。
ようだ、というのは、ランプを持ってこなかったのでうす暗く、良く見えなかったのである。
「暗くてよく分かりませんわ。蝋燭を持ってこなければなりませんわね」
「俺が用意してくるよ。それまで、これを持っていてくれるかな?」
「はい」
カーテンを片手で押さえて、レオンが何かを差し出した。
反射的に受け取ってしまったキャロルは、細くて瑞々しい感触に、あ、と思う。
「これは、まさか……」
「三輪目だよ」
「~~~!!!」
キャロルは、声にならない悲鳴をあげた。
すっかりレオンにしてやられた。
「もう!!! こんなはずではありませんでしたのにーーーー!!!!!」
「ははは。もう遅い時間だから、叫ぶのは控えめにね」
レオンは、子どもをだっこするようにキャロルを抱き上げて、カーテンの外へ出た。キャロルは、情けなくてグズグズと泣く。
「レオン様、降ろしてくださいませ。ここまで来たら、小部屋の中をよく見なければ死んでも死にきれません……!」
「君のお願いでも聞けないよ。あの小部屋には俺の大切なものがいっぱいあるんだ。誰にも見られずに取っておきたいものの保管庫なんだよ」
「まあ……!」
秘密の小部屋は、レオンが一人で大切にしたいものを仕舞い込んだ、宝石箱のような場所だったのだ。
いくら好きな女性を暴くためとはいえ、キャロルが土足で踏み込んではならない。
「そうとは知らずに、失礼いたしました」
「いいんだよ。君は何も見なかったんだから」
キャロルに微笑みかけたレオンは、ぽそりと呟いた。
「…………あれを見られたら、さすがに嫌われるだろうしね…………」
「え?」
「何でもないよ」
レオンは、王太子妃の部屋に通じる扉を開くと、キャロルを寝台のうえに座らせた。
瞳に涙をたたえて、どさくさまぎれに渡された三輪目を両手でかかえる仕草が、じつに愛らしい。何かが暴走しそうになるが、ポーカーフェイスを死守する。
「……遅くまで起きていてくれてありがとう、キャロル。ゆっくりお休み」
「おやすみなさいませ、レオン様。……あの!」
扉に手をかけたレオンに、キャロルは呼びかけた。
「わたくし、はしたない真似をいたしました。レオン様のお好きな方を知りたい一心でしたの……。ですから、その……どうか、嫌いにならないでくださいませ」
乞うように言われたものだから、レオンはたまらなくなって、キャロルの元に戻った。
力いっぱい抱きしめたいのを我慢して、額に口づけを落とす。
「俺がキャロルを想う気持ちは、少しも変わっていないよ。君は、いつだって俺の大切なお姫様だ」
レオンはキャロルを『お姫様』と呼んでいるが、彼女は見た目の美しさも心の清らかさも、そして愛情深さも童話に出てくるお姫様そのものだ。
ここまで猪突猛進なお姫様が出てくる物語は読んだことがないが、あったらきっと好きになっていただろう。
その後、キャロルが寝つくまで側にいたレオンは、自室に戻ると扉に鍵をかけて、ふうと息を吐く。
「危なかった……」
これまでもキャロルの側にいると、可愛らしさによくクラリと来ていたが、十二夜が始まってからは事あるごとに理性が飛びそうになっている。
もうじき彼女が自分の花嫁になるのだと思うと、愛しさが爆発しそうになるのだ。
本性を出したら、キャロルを怯えさせてしまうので、レオンは必死に紳士的な王太子を演じていた。
バレたら洒落にならないのは、小部屋の中身も同じだ。
レオンは、火を灯した燭台を持ち、カーテンを引いた。
最奥には、キャロルの銅像が置かれ、壁には肖像画が飾られている。
ガラスをはめた鑑賞棚には、彼女が刺繍を入れて贈ってくれたハンカチや直筆の手紙を、年代別に保管してあった。
大のキャロル好き。
これが、誰にも見せたくない、レオンの秘密なのである。
「……俺には、あの日からキャロルしか見えていないんだって、どうしたら分かってくれるのかな」
棚の引き出しをあけて、水晶に掘られたエイルティーク王国の地図版を取り出す。
椅子に座って膝にのせると、今いる王城がある辺りで、白い光が輝いた。
レオンは、光の座標――キャロルが眠っている方に顔を向けた。
「これがあれば、もう二度と、君を失うことはない」
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