13 ハーブの罠にご用心
レオンとのお茶の時間をのほほんとやりすごし、晩餐も食べ終えたキャロルは、一人で自室にいた。
寝台にあがり、白いネグリジェにおきたフリルの波を眺めつつ、置き時計の針をなんども確かめる。
時刻は、夜の十一時過ぎ。
そろそろ、隣室にいるレオンの眠る支度がととのう頃だ。
胸がドキドキするのは、三輪目を渡しにくるのを期待しているからではない。
『秘密の小部屋』を探しに行くタイミングを計っているせいである。
掃除人の噂を真に受けたキャロルは、さっそく自室に戻って、レオンの寝室へつながる内扉を開けようとした。
しかし、扉は開かなかった。あちら側から鍵がかけられていたのである。
侍女に尋ねると、鍵はレオンが部屋にいる間だけ外されるという。
当たり前だが、レオンが部屋にいたら小部屋探しは不可能だ。
他の手段はないものかと、キャロルは考えた。
(レオン様は、わたくしに薔薇を渡すために夜遅くまで起きているし、朝は騎士団の任務のために早起きしていらっしゃる。昼もお仕事が忙しいのに、わたくしとのお茶の時間を捻出しているから、仮眠をとる暇もありませんわ……)
となれば、十二夜も三日目に突入しようとしている現在、彼の眠気は最高潮だろう。リラックスできる環境があれば、うっかり眠ってしまうに違いない。
ひらめいたキャロルは、以前、王太子つきの侍従から聞いた話を思い出した。
レオンは、眠るまえに水を飲むのだという。そのため、眠る支度の際に、寝室のチェストのうえに水差しを準備しておくのだとか。
(これを利用しない手はありませんわ!)
キャロルは、レオンに罠を仕掛けた。
その後は、悪巧みなんてしていませんといった風に、大人しく振る舞った。
侍女たちは「キャロル様が、ついに十二夜を受け入れる覚悟をなさったわ!」と喜んでいたけれど、まったくそんなことはない。
キャロルにとって、レオンの幸せこそ全て。
レオンに好きな人がいるなら、周囲の期待なんか跳ね飛ばして、必ずや彼にしあわせな結婚をさせてみせる!
となりの部屋から物音が聞こえた。
キャロルは、ストールを羽織ってベッドから下り、扉に耳をあてた。
分厚い板ごしなので幾分くぐもっているが、レオンと侍従の会話が聞こえてくる。
『――そういえば、キャロル様から殿下へ差し入れがありましたよ。公爵家の伝手で手に入れた、体調を整えるハーブだそうです。たいそう香りが良い白い小花で、寝る前にとると翌朝はすっきり起きられるのだとか。水差しに浮かべておきました』
キャロルがレオンに仕掛けた罠とは、このハーブのことだ。
貝殻ナッツと共に手に入れた貴重な品で、どんなにストレスや不安があろうと熟睡できるという効能がある。
セバスティアンも愛用している一品だ。
(セバスお兄様は、あの性格がゆえに不眠がちだけれど、このハーブを入れた水を飲むと、たちまち眠くなるとおっしゃっていたわ)
十二夜のために十分な睡眠時間をとれていないレオンがハーブ水を飲んだら、さすがに起きていられないはずである。
『キャロルが俺の体調を気遣ってくれるとは……嬉しいな』
『本日は大人しくお部屋におられるそうですよ。三輪目を渡しに行く前にハーブを味見して、お礼をお伝えになってはいかがでしょう?』
『そうしよう』
カタン、とグラスが銀盆に当たる音がした。
侍従のナイスアシストによって、レオンがハーブ水を飲んだようだ。
『後は一人で平気だ』
『かしこまりました』
侍従が寝室のそとに下がってしばらく。ふいにベッドが軋んだ。
『なんだ……急に、眠く……』
つづけて、ぽさっと布団が音を立てる。キャロルは、レオンの寝室につながる扉をそうっと開けた。
豪奢な寝台のうえで、レオンは眠っていた。
下りた目蓋は形よく、長い睫毛が肌に影を落としている。
座った姿勢から倒れ込んだようで、脱力した足が床についている。
耳を澄ませば、健やかな寝息が聞こえた。
「~~~!!!」
歓声をぐっとこらえながら、キャロルは、握った拳を天高くつきだした。
(計画どおりですわ!)
レオンが部屋にいる状態で、レオンの意識を失わせることに成功した。これで、錠を壊さなくても寝室に入れるし、秘密の小部屋を探し放題である。
風邪をひかないよう、羽織っていたストールをレオンの体に掛けたキャロルは、足音を忍ばせてベッドから離れた。
ハーブ水の効果は絶大だが、いつ目覚めるとも知れない。
早めに、小部屋を見つけなければ。
寝室を見回すと、寝台の向こうにカーテンが引かれた一角があった。
城の作りからすると、そちらに窓はない。
あきらかに、何かを隠すための布垂れである。
キャロルは、不自然なカーテンに近づいてくと、布に手を掛けた。
この奥に、レオンの秘密がある。
隠されているのは、恐らく彼が好きな相手のこと。肖像画を飾っているのかもしれない。もしくは、やり取りした恋文をしまっているとか。
キャロルは、ひと思いに、カーテンを引こうとしたが――急に芽生えた躊躇いによって、動けなくなってしまった。
(どうしてかしら。レオン様の秘密を、知りたくない)
今日一日、レオンの好きな人を知るため、勇猛果敢に行動してきた。
だが、心の準備は出来ていなかった。
レオンに幸せな結婚をしてもらうために、彼の好きな相手を見つけて、十二夜の場に連れてこなければならない。
キャロルは、絶対に相手を知らなければならないのだ。
だが、知ってしまったら。
今みたいに、レオンとお茶を共にしたり、子猫を甘やかすように抱きしめられることはなくなるだろう。
例えレオンがそれを望んでも、恋人がいるのに自分と優しいやりとりをしてはいけないと、キャロルの方から拒否するべきだ。
キャロルは、彼が他に恋をしていると分かった時点で、彼から距離を置くベき存在なのだから。
レオンの好きな人を知らなくては。でも、知りたくない。
葛藤したキャロルは、ついに思い切った。
「もう、どうとでもなれですわーー!」
カーテンを引こうとすると、後ろから伸びてきた男性の手に、手首をつかんで止められた。
「何をしているのかな?」
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