12 恋のお相手を探しています

「――これで、手を打っていただけませんか?」


 キャロルは、ほの暗く寒い石造りの地下室で、籐のバスケットに掛けたチェック柄の布をめくった。中には、殻つきのナッツがこんもりと入れられている。

 地下室に保管された、数々の素晴らしいワインにぴったりの品だ。


 ワイン庫の管理人であるおじいさんは、頬に寄った皺を深めて笑った。


「ほほう、それは南方で採れる貝殻ナッツじゃな。市場にはあまり出回らない高級品じゃ。山のように手に入れるとは、さすがはシザーリオ公爵令嬢。どれ、ひとつ味見を」

「いけませんわ」


 伸びてきた手から逃げるように、キャロルはバスケットを体のかげに隠した。


「欲しいのなら、交換条件をのんでいただかなくては。このナッツをあなたに差し上げる代わりに、レオン様がお好きな相手方の名前を教えてくださいませ」

「それは――」


 いよいよ、レオンの恋人の名が聞けそうになって、キャロルは緊張した。

 おじいさんの言葉の先を待つが、タメが長い。


 じっと待つ。

 けれど、おじいさんは、うんともすんとも言わない。


 待つ。待つ。待つ……。

 そのうちに疲れてしまって、キャロルは音を上げた。


「あのう、まだでしょうか?」

「んんん? はて、何を聞かれたのか忘れてしまったのう!」

「ええっ!?」

「それに、貝殻ナッツは市場には出回らんが、城には優先的に運ばれているものじゃ。たまにおこぼれをもらえるから、わしは必要はない。取引は中止じゃな!」

「そんなーーー!」


 おじいさんに軽くあしらわれて、キャロルは消沈した。


「またダメでしたわ」


 レオンの恋人探しのため、今朝から王城に勤める人々に話を聞いて歩いているのだが、行く先々ではぐらかされているのだ。


 侍女たちは「キャロル様がご存じの方です」と肝心の名前は話してくれないし、騎士は「話したら王太子に斬られますからご容赦を」と涙目になって可哀想だった。

 レオンが箝口令を敷いているようだ。


 奉公人に標的を変えたが、厨房の料理人からは「甘いお菓子が好物な方のようですよ。今日のケーキはどうされますか?」と上手く話をすり替えられてしまったし、庭師は「そんなことより、十二夜の薔薇は元気ですかー?」と花を長持ちさせる秘訣の話題で盛り上がってしまった……。

 

 めぐりめぐって、キャロルはワイン保管庫までやってきたのだ。

 

「公爵家のつながりで手に入れた、御礼の品作戦もダメ……。どうしたら、皆さん口を割ってくださるのかしら」


 地下室を出たキャロルは、あてどなく廊下を歩いた。

 北向きの窓から見える庭に、伸びた城のかげが落ちている。


 もうじき、午後のお茶の時間だ。

 レオンが仕事を抜け出して来るだろうから、早めに部屋に戻らなければならない。


 ドレスを着替えたり髪や爪を整えたりと、王太子に向き合うための支度には、けっこうな時間がかかるのだ。


「何の成果も上げられずに、レオン様にお会いしなければならないなんて。シザーリオ公爵令嬢として恥ずかしいことですわ」


 思わず視線を遠くすると、廊下の角を曲がって、エプロンを着けた掃除役たちが現われた。手分けして、モップとバケツを運んでいる。


「聞いておくれよ。この間、王太子殿下のお部屋に掃除に入ったんだ。そしたら、うっかり見ちゃったのさ。アレを!」


 漏れ聞こえた会話に、キャロルは、とっさに大きな花瓶のかげに入った。姿を見られないように、生けてあった花を両手につかんで隠れる。


(アレ、とは?)


 キャロルに気づかなかったらしい掃除役は、世間話を続けていく。


「アレ? レオン様の寝室から繋がっている、秘密の部屋ってやつ?」

「奉公人の噂でしか聞いたことないわよ。ほんとにあるんだね」

「あったのさ。あたしが見たのは、怪しいカーテンだけだったけどね。あの奥に、麗しい王太子殿下の秘密があるんだろうさ」


(レオン様の、秘密のお部屋……)


 初耳の情報だ。キャロルは、レオンの居室や書斎の他、一度だけ寝室にも立ち入った事があるが、そういった場所を見た記憶はない。

 それにレオンは、プライベートスペースにキャロルが入ると、「もっと空気のいい場所で話をしよう」と中庭や温室にエスコートしてくれる。


 ――怪しい!

 と、キャロルは思った。


 レオンは、隠し部屋を気取られないように、足早にキャロルを別室へエスコートしていたのだ。

 そうまでして隠したい『アレ』とは、きっと『好きな人』の事だろう。


 城に仕えている人々が話してくれないなら、自ら探りを入れるまで!


「レオン様の秘密、暴かせていただきますわ!」


 キャロルは、キラリと瞳を光らせて声を上げた。


 花瓶の真横で、両手に花を掲げて仁王立ちする公爵令嬢に気づいた掃除役たちは、なんだか憐れそうな視線でキャロルを見たのだった。

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