6 勝負の十二夜がはじまります

 キャロルが立っているのは、深紅の絨毯が敷かれた教会のなかだった。


 結婚式典の準備はすっかりととのい、並んだ木製のベンチと壁に、白い薔薇のブーケや王室の紋章が刺繍された巨大なフラッグが掛けられている。

 立ち会い人である教皇や聖歌隊の少年たちもそろっていて、式典の主役であるキャロルとレオンを見つめていた。


「いつの間に式典会場に!? ここに立つのは、レオン様の恋人ですわ。わたくしがいてはいけません!」

「待って。恋人なんて来ないよ」


 ドレスをたくし上げて参列者席に向かおうとしたキャロルは、レオンに呼び止められて振り返った。


「来ない? 呼んでいないということですか?」

「当たり前だろう。君が言っていた婚約破棄だけれど、王太子である俺からならまだしも、公爵令嬢である君の一存ではできない。だから、俺たちはまだ婚約者だ。俺と十二夜の結婚式典を挙げるのは、君以外にいない」

「ですが、それでは……」


 レオンは幸せになれないのではないか。頭のうえが『∞』になってしまうくらい好きな人と添えないなんて、悲劇でしかない。

 キャロルが困り果てていたところ、教会の鐘がゴーンと鳴ったので、はっとする。


 ついに、結婚式典をはじめる日になってしまった! 


 教皇が十二夜の開始を告げ、聖歌隊が清らかな歌声をひびかせる。

 レオンは、キャロルの右手を取ってその場にひざまずき、一輪の白薔薇を握らせた。


「エイルティーク王国の薔薇にかけて、あなたに一夜目の『感謝』を捧げます」


 結婚式典である『十二夜』は、十二日連続してエイルティーク王国の国花である薔薇を一輪ずつ、新郎から新婦へと渡していく儀式だ。

 十二本の薔薇にはそれぞれ、感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠の念が込められている。

 一輪ずつ渡すことで、日ごとにこれら全てを誓っていくのである。


 結婚を受け入れる場合、十二夜目に渡された薔薇を、新郎の胸に挿し返す。

 受け入れない場合は、渡された薔薇を全て捨てる。

 つまり新婦には、十二日間の間、熟考する時間が与えられるのだ。


 エイルティーク王国は、性別による尊卑があってはならないとされている。

 個人が自由に生きる権利を認めているし、こと結婚において、女性が男性の命令を聞かなければならないという決まりはない。


 王室と貴族は血筋を守る決まりがあるため、政略結婚が行われているが、無理やり嫁がされるような事態はほとんどない。

 家長同士で婚約者が決められたあと、いっしょに遊ばせたり話し合わせたりして相性を確かめ、幸せな結婚になるようフォローしていく。


 両親を亡くしていたキャロルの場合は、兄セバスティアンとレオン自身がフォロー役だった。

 キャロルが快く王室に嫁いでくるように気遣って、レオンが自分の意思を優先していなかったのは明白だ。


(だから今回も、レオン様は遠慮していらっしゃるにちがいありませんわ)


 婚約者であるキャロルに責任をとるため。結婚式典を準備してくれた人々の期待を裏切らないため。そして、王太子の結婚に沸き立っている国民のため。

 期待に応える姿勢は立派だが、果たしてそこにレオンの幸せはあるのだろうか。


「騙して連れてきてごめんね、キャロル。でも信じてほしい。俺は、昔から君を幸せにすると決めて生きてきたんだ。今さら、結婚は止められないよ」

「――止めてみせますわ」


 キャロルは、白薔薇を胸にかき抱いて、レオンに微笑みかけた。


「わたくしが、レオン様が本当に『好き』な方を見つけ出して、十二夜の場へと連れてまいりますわ。本心から思い合う方がいらしたら、教皇様や国王陛下だって無視できずに、わたくしとの婚約破棄を認めてくださるはずです!」


 大好きなレオンの幸せのためならば、キャロルはどんな苦難だって乗り越えてみせる。キラキラ目を輝かせるキャロルに、立ち上がったレオンは困りげに微笑んだ。


「君がそうしたいならやればいい。だけど、十二夜目までに、君が疑っている『俺の本当に好きな人』が見つからなかったり、俺の好きな人と異なる人を連れてきたりしたら、問答無用で君を花嫁にするよ」


 レオンは白い手袋を外して、そっとキャロルの頬を撫でた。


「たとえ薔薇を捨てても、君は俺のものだ。……いいね?」

「はい! そうはなりませんから、ご期待くださいませ!」


 キャロルの胸が弾んだ。レオンと勝負なんて、生まれて初めてだ。

 わくわくしていたので、キャロルはよく見ていなかった。自分を見るレオンの目が、実は少しも笑っていないことに。

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