4 王太子の誘惑は激甘です

 キャロルは、王城の一室に案内された。見事な庭が見下ろせる三階だ。

 暮れなずむ時間なので、咲いた花々や三連の噴水がふきだすさまを眺めるのは、明日までお預けである。


 外を見なくても、内装だけで十分に心がやすらぐ。

 部屋には、脚の曲線が美しいテーブルや椅子が置かれ、敷いた深紅の絨毯はふかりとしていた。

 飾られた花も白く楚々としていて、ほんのりと可愛らしい雰囲気だ。


「すてきなお部屋ですわね」

「気に入ってもらえて良かった。君のために作らせたんだよ」


 ということは、ここは王太子妃が住まう部屋、ということか。

 開け放した扉の奥をのぞくと、天蓋つきの豪華なベッドがあり、その脇にはとなりの部屋へつづく小戸もある。


「あの戸の先は……」

「俺が使っている部屋だね」

「いけませんわ! 未来の王太子妃のお部屋を、ただの公爵令嬢が先に使ってしまったとなれば失礼です。レオン様のお話は、別のお部屋で聞かせていただきます」

「待って」


 廊下に出ようとするキャロルの前に、レオンが立ち塞がる。ずいぶんと高い位置にある美貌を見上げると、ニコリと微笑まれてしまった。


「ここはキャロルの部屋なんだよ。別の人間が王太子妃になるそのときは、改装するのだから心配しなくていい。お茶の支度をととのえさせているから、座って?」

「はい……」


 答えてソファに座る。窓を背にした一人掛けの椅子にレオンが座ると、ほどなくしてお盆を持った若い侍女達が入室してきた。


 運ばれてくるのは、ティーポットやカップ。他には、クリームをのせたケーキに、焼きたてのタルトタタン、クッキーにチョコレートなどなどなど、どれもキャロルが大好きなお菓子ばかりだった。


 品数がびっくりするほど多い。

 テーブルはあっという間にお皿でいっぱいになってしまった。


「二人でいただくには、量が多すぎるのではありませんか?」

「これでいいんだよ。キャロルは、結婚式典のために、ずいぶん前から甘い物を控えていただろう。もう思い切り食べていいんだよ?」

「そうですわね!」


 キャロルは瞳を輝かせた。

 結婚式典において、ドレスを着て教会におもむくのは第一夜と第十二夜だけだが、少しでも美しくドレスを着こなすために、三カ月前からお菓子を我慢していたのだ。


「甘い物を好きなだけ食べてもいいなんて、夢のようですわ。いただきます!」


 切り分けられたケーキを口に含むと、ふわふわのスポンジとクリームの甘みに頬が緩む。王城につかえる一流菓子職人の一品は、たった一口だけでも、キャロルの心と体に染みわたった。


「美味しい~!」


 王太子妃の座を降りるだけで、レオンは『∞』の好きを与える恋人と結婚することができて、お菓子が食べ放題になるなんて。良いことずくめだ。

 こんなことなら、もっと早くに婚約破棄するべきだった。


「お菓子を我慢した三カ月間は地獄のような日々でした。もう好きなだけ食べて、まるまると太っても妃教育の先生方に怒られないのですわね!」

「俺はころんと太ったキャロルも可愛いと思うよ。気にせずに食べて良かったのに」

「式典用のドレスは、一年前に作りはじめておりましたから。サイズが合わなくなったら大変だということで、運動と節制につとめてまいりましたの。重しを付けた靴を履いてお散歩とか、晩餐は三口までとか、失敗したら敷地内を三週とか、大変でしたのよ」


 キャロルの妃教育に当たった教師陣はスパルタだった。

 おかげで痩身を維持できていたが、あまりの辛さに逃げ出したいと思った回数は、二度や三度ではきかないぐらいある。


「わたくし、幸せですわ。お菓子をお腹いっぱい食べられて、レオン様が好きな方と結婚してお幸せになってくださって、それを間近で見届けられるのですから」

「…………そう」

「はい!」


 笑顔のキャロルにあいまいに微笑んだレオンは、つぎつぎとお菓子を取り分けていった。


「これも食べなさい。これも、好きだろう?」

「ありがとうございます」


 食欲を刺激されたキャロルは、レオンが勧めるままに食べ進めた。食べて、食べて、最後にはお腹がぽこりと出てしまうぐらい味わった。


「食べすぎて、眠くなってきてしまいました……」

「少し休んでから帰ったらいい。隣のベッドを使ってかまわないよ」

「ありがとうございます……」


 言われるまま、ベッドに横たわったキャロルは、すぐに「くぅくぅ」と寝息を立てはじめた。レオンは、物音を立てないようにして居間から侍女を呼びこむ。

 壁ぎわに並んだお仕着せの女性たちは、ギラギラとした瞳で、眠るキャロルを見つめた。


「それでは、頼んだよ」

「「「「お任せください、王太子殿下」」」


 


 

 


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