第6話 新鮮な魚料理

「つまみは何がいいですかい?」


 リュウジが飲み物を注文し終わったタイミングで、カウンター内にいた主人がそう聞いてきた。

 リュウジはカウンターに設置されたガラスケースの中を見る。先ほどの女性が話していたように、新鮮な魚が積まれている。


「リュウジ、ここは海が近いから新鮮な魚がいっぱいだね」


 寧音は首から外され、カウンターに置いてある。ガラスケースを間近に見ての感想だ。


「ああ。これはかなり期待できるが、素材を生かすも殺すもこの店主の腕次第」

「この人はかなりやれそうだにゃ……」


 リュウジはそう寧音と呼ぶ木彫りの猫と心のキャッチボールをすると、きりりと表情を決めて、こう告げた。


「大将に任せるよ……」

「何か苦手なものはありますか?」


 そう言われて、リュウジはカウンターのガラスケースに入っている新鮮な魚をちらりと見た。


「リュウジ、決まってるよね。仕事の前は……」

「ああ、言われなくても分かってるさ。ルーティンだからな」


 リュウジはこう答えた。


「すまないが、大事な仕事の前は、生ものは避けている」


 これは普通の人が言えば、かなり失礼な感じに聞こえるかもしれない。しかし、リュウジのいかにもプロフェッショナルな雰囲気の人なりで口にすると、100%仕事に集中しているということが伝わり、不思議と不愉快にはならない。

 店主は少し笑みを浮かべて短く答えた。


「承知……」


 この居酒屋は見た感じ清潔で、ガラスケースに置いてある魚も新鮮極まりない。店主の腕はまだ分からないが、刺身で食べてもおそらく大丈夫と思われた。

 しかし、馴染店であろうが、安全な店であろうが任務前の仕事では、生の魚は食べないようにしているのがリュウジの常なのだ。

 ある意味、リュウジの申し出は店主のプライドを傷つけたかもしれないが、そんな心情は一切出さないで、店主は冷蔵庫から仕込み積みの料理を取り出した。

 魔石と呼ばれるエネルギー物質を使って、ものを冷やすことのできる冷蔵庫は、広く普及しており、普通の家庭からこういった飲食店では必需品だ。魔石は安く手に入り、そのエネルギー供給はおよそ1か月もつ。

 冷蔵庫のある家庭や店は1か月に魔石代を支払って、この恩恵を受けているのだ。


「はい、麦の水割りです……」


 女給仕がリュウジのテーブルにコップを置いた。大きめの砕いた氷に焼酎を注いだものだ。リュウジはそれを手に取った。突き刺さる冷たさが、五感を刺激する。そして臭いを嗅ぐ。


「リュウジ、これはかなりいい酒だにゃ」

「ああ、寧音。この芳醇は俺にこう告げてる……これはうまい奴だ」

「早く、一口、いっちゃいにゃよ」

「分かっている」


 リュウジはコップにゆっくりと口をつける。そして、最初の一口を唇からしみ込ませた。


(うううう……。これはたまらん……)


 鼻腔をくすぐる華やかな香りである。口をつけると舌先からまろやかでありながら、太陽の光をいっぱいに受けた麦の香がピンと感じる。


(うめえよ! こりゃうめえよ!)

「ああ、確かに美味しいにゃ」


 木彫りの寧音は飲んでもないのにそう言った。木彫りの小さな置物が酒なんか飲まないが、リュウジと同時に味わったようだ。

 心の中ではしゃいでしまうリュウジ。だが、そんな心の声は絶対に漏らさない。

ぴくぴくと顔を引き締める。


「熟成具合は十分だ……」

「いつも思うけど、リュウジは表と裏では違うにゃ。すかしていると周りから嫌われにゃ」

「別に嫌われてもいい。仲間は作らない」

「相変わらずだにゃ……。昔はそうでもなかったのに」

「仲間とつるまない理由は、お前も承知だろうが?」


 そうリュウジは意味深なことを寧々に聞いた。寧々はそれに応える。


「そうだけどにゃ。今回の場合は例の奴は関係なさそうだにゃ」

「俺もそう思うが、可能性が0ではない。万が一、出会えば仲間はいない方がいい」

「リュウジは調査もぼっち、酒飲みもぼっちにゃ……せめて、酒くらい、誰かと飲めばいいにゃ……」

「ふん……。お前と飲んでいるじゃないか。ぼっちじゃない」

「にゃにゃにゃ……周りはリュウジを独り言をしゃべっているぼっちの変なおっさんとしか見てないにゃ」

「いってろ!」


 木彫りの寧音とのやり取りをしつつ、リュウジは焼酎を飲む。

 リュウジが麦焼酎を堪能している間に、店主が冷蔵庫から取り出した金属製の器の中には、焼いた魚が焦げ茶色の液体に浸されていた。

 一緒にネギやプチトマト、ししとうが見える。魚はリュウジが一見しただけで分かるものであった。

 それはアジ。近海で獲れる定番の魚である。今朝、獲れたばかりの新鮮なものの中から、主人が目利きで選んだものだろう。同じアジがカウンターの中のガラスケースに積まれている。これを見ただけで、かなり期待できる。


「どうぞ……」


 店主は陶器の深皿に盛り付けてリュウジの前に置いた。焼かれたアジ3匹はいかにも香ばしそうである。


「これは美味しそうだにゃ」


 寧音がそう話しかけた。リュウジの視線は皿に注がれている。


(おいおい……ここでこれかよ……見ただけで分かるよ、これ、絶対に美味しい奴だろ!)


 思わず笑顔が出そうになるのを堪えるリュウジ。この料理は酒飲みのリュウジにはよく分かるものだ。そしてそれが好物であることもだ。

 リュウジは厳しい表情を崩さず、淡々と一口箸をつけた。


(くおおおおおおおっ……)

(やべええええええっ~)


 思わず悶絶してしまいそうになる。よく食べて味が分かっているだけに、その味が予想よりも上だと思わず表情を崩しそうになってしまう。

 漬け込んであるとはいえ、しっかり焼いてあるアジの香ばしさは格別。そして漬け込んだ酢による甘酸っぱさが重なる。食べてみて分かることであるが、味がかなり馴染んでいる。

 これは仕込みをしてから半日以上は経っている。そして冷蔵庫で冷やされたことで、味は魚や付け合わせのネギ、ししとう、プチトマトにもしみ込んでいる。


(そして最後にピリッとした辛さが刺激となって、この料理の旨さを引き立たせている)

「この辛さは、散らされた青唐辛子の効果だにゃ」


 そう寧音がそうコメントする。

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