第4話 不良中年おやじ

「あの……リュウジさん……ほかに質問がないようでしたら……」

 

 リュウジは我に返った。アオイの言葉が急に耳に入る。左腕に身に付けた腕時計を見る。これは冒険者用の機械式時計で、かなり精巧にできているもの。それだけにかなり高価な代物だ。その時計は10分進んでいた。


「悪いな……考え事をしていた……」

「いいえ……。そろそろ、時間も来ていますし……」


 アオイはそう言ってリュウジを次の場所へ案内しようとした。クエスト調査官は現地調査をするのが基本。今晩はギルド庁舎内の部屋に宿泊してもらい、明日以降の調査の準備をしようと思ったのだ。

 だが、リュウジはアオイにこんなことを聞いた。


「……この町でうまい酒が飲める場所はどこだ?」

「え?」


 思いがけない質問にアオイは思わず聞き返してしまった。そんな小娘の言葉に調査官リュウジは繰り返す。


「この町でうまい酒が飲める場所を教えてくれ」

「……それは調査に関係あるのですか?」


 思わず、そんなことを聞いてしまったアオイ。リュウジはにやりと笑った。


「お嬢ちゃん……うまい酒と冒険者の無残な死は関係ない」


 かあ~っと、顔が赤くなったアオイ。そして同時にこの中年男の思考に呆れてしまった。クエスト調査官は冒険者が全滅した場所に乗り込む。それは命をかけた非常に危険な行為なのだ。


(この人……明日、危険な場所に行くのに前の晩にお酒なんて……)


 冒険者は依頼を受ける前に酒を飲んで盛り上がることはある。それは恐怖を少しでも忘れたいと言う意識での行動。

 特にかなり困難な依頼を受ける時には、そうやって心の動揺を忘れさせる方法があることを否定はしない。

 しかし、ギルド本部のクエスト調査官は、経験豊富で危険な場所に対する耐性もできている。酒で恐怖を紛らわすような真似はしないと聞いている。


(となると……余裕。……この人、ちょっと嫌味臭いわ……)


 アオイはリュウジの第一印象を経験豊富な職人気質の男と思っていたから、この言動で評価を一気に下げている。


「なんだ、この町にはうまい酒を飲める店もないのか?」

「あります。馬鹿にしないでください」


 リュウジの口調に上から目線の気配を感じて少し怒ったように答えた。続いてこの町の酒場が集まった繁華街の場所を口に出した。

 アオイ自身、あまり酒は嗜まず、そういった場所へ行くとはあまりないが、酒場が集まっているところは知っている。店は分からないから、アバウトな紹介だが、リュウジはそれで十分だったようだ。


「了解した。明日は6時に出発できるよう準備してくれ」

「分かりました。6時にこの町のゲートを使えるように手配します。森に一番近いゲートから馬車を用意しておきます。所要時間はゲートからゲートまで40分。ゲートから森まで1時間です」


 この世界の移動方法は大きく2つある。1つは馬車や船などの移動手段。もう一つはゲートと呼ばれる魔法による転移だ。

 リュウジは都にあるゲートから、このワミカの町にやって来た。都は300キロも離れているが、ゲートを使えば3時間ほどで着く。正確には使用した人間は瞬時に着く感覚はあるが、実際は時間が経過している。

 距離や地形によって、経過する時間は変化するが、おおよそ100kmの距離で1時間の時差が生じる。

 ゲートは大きな都市同士を結んでいるが、小規模なゲートは都市と町や村をつないでいる。ゲートは魔法で作られているが、設置には高価な触媒が使われ、設置する術者も限られているので、どこにでもあると言うわけではない。

 小さな町や村は馬車や馬、徒歩等で移動することとなる。

 また、国同士では条約によりゲートで行き来できる場所は制限されている。そうでなければ、突然、兵士を大量に侵入させることもできるからだ。


「あと確認したいのですが、リュウジさんの装備はどこにあります?」


 これはリュウジがこのギルドに入ってきてから、ずっとアオイが疑問に思っていたことだ。武器らしきものは一切身に付けていない。まさか、今の格好のまま調査に出るわけではあるまい。


「そのうち、届くはずだ。部屋へ積んでおいてくれ」

「ああ、そういうことですか……」


 きっと重装備なのであろう。武器もきっと強大な破壊力のあるものに違いない。それにもう一つ疑問がある。


「もう一つだけ確認させていただけます?」

「なんだ?」

「部下の方は後から到着されるのですか、それともギルドの冒険者を助っ人で雇うのですか?」


 アオイはそう尋ねた。クエスト調査官は何人かの部下を従えて調査すると聞いている。調査現場は危険なため、これは当然のことであった。調査官は腕利きの部下を少なくとも5,6名は連れて来るはずである。

 まれに単独で来るケースもあるということをアオイは聞いていた。その場合はギルドが用意した冒険者を連れて行くことになる。

 きっとこっちの方だとアオイは思ったのだ。そうならば、今からすぐに人選しないといけない。


「そんなものは来ないし、雇う必要もない」

「はあ?」


 アオイはリュウジの言っていることが理解できない。


(どういうこと?)


 アオイの頭の中は混乱している。まさか、危険な森に一人で行くはずがない。そんなのは自殺行為だ。

 現に救出部隊は15名で編成してグレイウルフの生き残りと戦闘をして何人か負傷している。


(しかも、この人……左目が不自由じゃない。クエスト調査は戦闘が目的じゃないとはいえ、危険な場所に行けばモンスターと遭遇することは避けられない)


「以上だ……それじゃ、俺はちょっと、町へ繰り出す」


 アオイの心配を見透かしたような表情をしたリュウジであったが、発した言葉は突き放したような響きをもっていた。


「は……はい」


 アオイは慌てて席を立つ。任務に来ているのに、調査資料を精査することなく、すぐに遊びに行ってしまうこの中年の調査官によい印象はない。


(こんなだらしないおじさんが、クエスト調査官なんて……)


 アオイは笑顔であるが、心の中は完全にリュウジのことを軽蔑していた。きっと、調査もいい加減にやるのだろう。ちょっと、森の中に入って適当に時間を潰して結論を出すに違いないと決めつけた。

 リュウジが町へ行くと言うので、ギルド支配人のタンゾウも見送りに来た。


「それではリュウジ殿、調査の件、よろしくお願いします」


 そう言ってタンゾウは頭を下げた。リュウジは軽く左手を上げただけであったが、気を悪くした感じではない。むしろ、初対面のリュウジに信頼しているような素振りがある。

 アオイはそういう自分の上司の態度が理解できない。クエスト調査官と言っても、優秀な人から目の前のクズっぽい人までいろいろいるのだと思い始めていた。


「ああ……そう言えば、あんた、冒険者の構成は男4人に女1人だったよな」


 ギルドの建物の前でリュウジは振り返り、そう思い出したような感じでアオイに話しかけた。


「は、はい……そうですが」

「冒険者の個々の関係について、調べておいてくれ」

「……個人情報については書類にあったかと思いますが……」

「公的な情報はどうでもいい。俺が知りたいのは、プライベートな問題だ。男4人と女1人。男と女の関係、男同士の関係、いろいろあるだろう。何か仲間内でトラブルがあったかもしれないだろう」

「……それが何かこの事件に関係あるのでしょうか?」

「くくく……」


 リュウジはアオイの質問に馬鹿にしたような笑いを浮かべた。さすがにギルド長もいる場であるので、声を上げて笑わなかったが、明らかにアオイを馬鹿にしているようであった。


「お嬢ちゃんには、人間はみんな善人に見えるのだろうなあ」

「ば、バカにしないでください!」


 アオイは思わずそう声を上げてリュウジに抗議する。年齢が一回り以上ある上に、クエスト調査官という本部直属の身分のリュウジに対して少々非礼であった。


「こ、これアオイ。リュウジ殿に失礼だ。リュウジ殿、申し訳ありません」


 慌ててギルド長のタンゾウが謝罪した。リュウジは別に気分を害した様子もなく、片手を軽く上げて歩き始めた。


「俺もそのお嬢ちゃんに少しばかり、失礼だった。ギルド長、彼女を叱らないでいただきたい。だが、調査の件はよろしく……お嬢ちゃん」


 アオイをかばっているようで、あくまでもアオイを子ども扱いするリュウジの態度にアオイは心の中で頬を膨らませた。


(失礼だわ、失礼過ぎる、このおやじ。最低、最悪の中年オヤジ!)


 このオヤジを見返してやろうと、アオイは思った。リュウジに指摘されてみると調査で抜けているところがあるとアオイも思わざるを得ない。

 冒険者の個々の情報は集めてあったし、その交友関係にも調査はしたつもりであったが、プライベートなところまでは調べていなかった。


(親しい冒険者に聞き取り調査して、私の有能さを教えてやるわ!)


 アオイはそう誓った。

 どうせ遊びに行くついでに気まぐれで聞いてきたに過ぎないことではあるが、この要求にがっちり答えてやるとアオイは思ったのであった。

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