第2話 グレイウルフ

 事件が起きたのは2週間前だ。捜査活動を終えて事件化してから、1週間程で調査官派遣を決めたことになる。


「ギルドの本部は、我々に原因があるとお考えですか?」


 タンゾウはそうリュウジに尋ねたが、ゆっくりと首を振った。


「いや、そうとは決めつけていない。冒険者の全滅は珍しくない。多くは冒険者側の力量不足、油断、不運が原因だ。だが、その理由を解明することで、次に挑戦する冒険者の安全を守ることにもつながる。本部としては、そういう情報を共有したいのだ」


 そう言葉にしたが、聞いていたアオイは本心ではないなと思った。

 実際、リュウジが派遣されたわけは、もっと別のところにあるが、今はそれを感づかれないようにしていた。

 しかし、タンジウは、リュウジの言葉に幾分、心が晴れたような気持になったようだ。先ほどより、声が軽くなった感じだ。


「そういうことですか……。いずれにしましても、我々は全面協力いたします」

「ああ……頼む。事件のことは聞いているが、基本事項から説明してくれ」


 リュウジはそう支配人にそう促した。支配人のタンゾウは、咳ばらいを1つした。 

 それを受けてアオイが手に持った書類をリュウジの目の前に配付していく。

 どの書類にも付箋や重要事項に赤い印が付いているのを見て、リュウジは一瞬だけ、アオイの顔を見た。

 部屋に入ってから、アオイへ視線を向けなかったので、アオイは少し戸惑った。


「そ、それでは説明をさせていただきます。まずは……」


 相変わらずリュウジの表情からは、一体何を考えているのかが分からないが、アオイは用意していた書類の1枚を手に取って、説明を始めようとした。

 トントン……。部屋のドアがノックされる。アオイは説明を止めた。扉が開いて、ギルドの職員が入ってきた。

 リュウジと目を合わせると会釈をして、すぐにタンゾウに耳打ちをする。タンゾウの表情が険しくなる。


「すみません。緊急の要件が入って来まして……あとは彼女に任せます。アオイ君、あとはよろしく」


 リュウジは軽く頷いた。元々、タンゾウの役割は、本部から来た調査官を出迎えて挨拶するためだけである。

 リュウジにとっては、ここからは、担当者が対応すれば十分であった。

ただ、リュウジは、タンゾウの険しい顔に少し違和感を覚えていた。


(ギルドの支配人は苦労が絶えないものだが……何か引っかかる……な)


 それはアオイも同様だったらしく、心配そうにタンゾウが退出した扉をしばらく見つめていた。

 やがて我に返ったアオイは、説明を再開する。

 まずは事件の発端である。


「事件が起きたのは1週間前。クエスト完了予定が出発してから3日でしたが、規定よりも早く1日後に救出部隊を派遣しました」


 これは冒険者ギルドのスタンダードな対応だ。事前の計画書に従い、帰還が遅れれば、救出部隊を送る。

 それにかかった費用は冒険者持ちとなる。だから、冒険者は極力、計画通りに事を進める。

 それでも計画に狂いがあることもあるから、プラス2日が予備となる。但し、本当に救出が必要な場合、この2日が致命的で全滅することも多い。帰ってこなかった冒険者は、大抵、遺体となって発見される。

 よって、2日後よりも早く救出部隊を送ることもある。あくまでもクエストを紹介した冒険者ギルドの支配人裁量であるが。


「クエストの内容は?」

「はい……グレイウルフの討伐です」


 リュウジの問いに素早く答えるアオイ。ここまでの要領を得た説明や資料の充実ぶり、さらに重要事項に的確にマーカーや付箋をしているのを見ると、アオイはかなり優秀な人材だと分かる。

 実際、アオイはこのギルドに依頼されたクエストを把握している情報担当の統括官である。

 若いが経験はそこそこあり、このギルドに15歳の頃から働いている。

優秀な彼女は、この5年でめきめきと頭角を現し、今年、実力を買われて統括官に抜擢された21歳の女性であった。


「集団の数は?」


 グレイウルフは群れで活動するモンスターだ。単体でも強いモンスターであるが、脅威なのは群れの数である。

 その数が多いほど、それに対応する冒険者の力量が上がっていく。


「およそ30頭。ロボと呼ばれるボスに統率された集団です」

「30頭か……群れの規模としては小規模だが、ボスが有能ならば侮れない」

「はい、おっしゃる通りです」


 俗にいう『1頭の獅子に率いられた100頭の羊の群れは、1頭の羊に率いられた100頭の獅子の群れを凌駕する』である。そして、グレイウルフのボスには稀に特殊能力を有するものがいる。

 それは『雄叫び』と呼ばれるものであるが、ただの鳴き声ではない。ボスが使う鳴き声には、仲間の精神力を倍加させ、魔法に対する耐性を高めるとともに、攻撃力、俊敏性までも高める効果があるのだ。

 アオイは説明を続ける。

 このワミカ地域の中心都市から10キロほど離れた近郊に香蘭と呼ばれる森がある。

 主要街道から少し離れた地域にある森だが、森の先には小さな村があり、わずかではあるが物流の交易も行われていた。

 そんな森にグレイウルフの集団がやってきて住み着いてしまったのが半年前だ。グレイウルフは大型の狼である。

 凶暴で頭がよく、リュウジが言うとおり、優秀なボスがいるとその攻撃力はとてつもなく強敵である。

 1頭だけなら経験豊かな戦士であれば、十分対抗できるが30頭ともなると、冒険者側も相当な手練れである必要がある。

 さらに人数もだ。そして人間が狼よりも優れている知恵の部分で戦うしかない。


「冒険者の人数は5人だな。内訳は?」

「はい、戦士2名、魔法使いが1名、ヒーラーが1名、レンジャーが1名です」


 アオイはそう言って5名分の写真を見せた。これはギルドに登録した時に撮影するもので、登録の書類と一緒に保管されている。

 リュウジはその写真を受け取り、1枚1枚、記憶に焼き付ける様にじっくり見る。1つ1つの絵を脳に刻み付けているかのようだ。

 その様子を見てアオイはあることに気づいた。リュウジの左目は見えていないのではないかということだ。

 赤い瞳の人間はそれほど珍しくない。左右の瞳が違う碧眼もいないわけではない。

 だが、リュウジの左目の赤い瞳は、これまでアオイが見て来た色とは違うように思えた。

 そして写真を見る様子。左への視認がほんのわずか遅いように感じたのだ。

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