異世界ぼっち酒 ~クエスト調査官リュウジの事件簿~

九重七六八

グレイウルフの森全滅事件

第1話 クエスト調査官

 夕方の冒険者ギルドのオフィス。朝から依頼を受けていた冒険者が、仕事を終えて集まってきている。

 カウンターには依頼達成の報告をして、報酬を受け取る冒険者が30人ほど並んでいる。

 代表者が手続きをしている中、待合室となっているホールでは冒険者たちが今日の手柄話に花を咲かせていた。

 そんな中、重い扉を開けて入って来た者がいた。黒い綿シャツにサスペンダーで吊った縦縞のズボン。

 黒い上着を肩にかけた中年の男だ。ぱっと見、年齢は30代後半から40代と言ったところであろう。

 短く刈り込まれたサイドの髪の毛とくせ毛をオールバックにした前髪は、清潔感もあり、またよく手入れされた短い顎髭も精悍さを際立たせている。

 そして、一目見て忘れられないのが目の色。左右非対称の碧眼。黒い瞳をもつ右目に対して、左は燃えるような赤い瞳なのだ。

 これは大変珍しい。左の瞼は半分閉じられており、赤い瞳は半分しか晒されていないが、見る者に威圧感を与えていた。

 体格は180㎝ほどあろうか。シャツ越しでも分かるくらい厚い胸板。筋肉質で脱げば鍛えられた体を想像させるに足るものであった。

 そして剣や槍で武装した冒険者の中にあって、武器と見受けられるものは何も持っていない。しかし、男の態度は堂々としたもので、丸腰でも臆することがない。

 不思議なのは、そんな場違いな装いに少し違和感がある首飾りをぶら下げていること。それは革製の紐に吊るされた木彫りの飾り。

 ナイフで無造作に彫られたようなものだが、三角の耳が2つ生えたシルエット。見ようによっては猫のようにも見える。

 威圧感を与える肉体にギャップを与えるこの変な首飾りは、見る者に滑稽な印象を与える。


「誰だ……このギルドじゃ見ない顔だな……」

「冒険者じゃないだろう……装備が平服だぞ」

「出入りの業者じゃないのか?」

「あんな鍛えられた体の業者がいるかよ?」

「それになんだ……あの異様な碧眼は……」


 冒険者たちは、ホールに現れた中年の男にそんな感想を小声で言い合った。

 実のところ、多くの冒険者がごった返す中で話を止めてこの中年男のことを口にしたのは、この男が醸し出す雰囲気が只者ではないということを感じたからだ。

 それは経験の長いベテラン冒険者ほど強く感じるものであった。

 男はギルドの総合案内の受付に行くと、腰ベルトに取り付けてあった金属製のプレートを受付嬢に見せた。

 それを見た受付嬢は立ち上がると、慌てたように男を奥へと案内した。

 男の見せたプレートには、『真実の目』と称される人間の片目がデザインされた図が刻まれ、『009』という数字も刻まれていた。

 別室に通された男に、このギルドの支配人と一人の若い女性が急ぎ足で現れ面会した。


「これはクエスト調査官殿、遠くからよく来てくださいました。私はこのワミカ地区の冒険者ギルド支配人、タンゾウと申します」


 そうギルドの支配人は挨拶をする。支配人は40歳を越えた男で、冒険者ギルド本部の事務方から出世し、地方の冒険者ギルドに派遣されているエリート官僚である。見るからに賢そうな雰囲気の精悍な中年男であった。

 最近、別の支部から異動してきた。着任してから3か月ほど経つが、仕える者に有能な上司だと評判を勝ち得ていた。


「こちらは当ギルドの情報部門を統括する統括官のアオイです」


 支配人に紹介されて女性職員は軽く頭を下げた。アオイは長いストレートの赤髪が美しい20代前半くらいの娘で、なかなかの美形であった。

 冒険者ギルド共通の緑色の制服に縁が黄色ラインの赤いスカーフ。ミニスカートだが黒いタイツを履き、頭には小さな緑色のギャリソンキャップを乗せている。

 しかし、その表情は強張っており、これから行われる面談に緊張している様子であった。


「クエスト調査官のリュウジだ……よろしく」


 そう男は支配人と若い女性職員に短く自己紹介をした。このギルドの支配人に対して、多少礼を逸した物言いではあるが、それは調査官というポジションが関係している。    

 本部所属のクエスト調査官は、地方の冒険者ギルド支部の中では特別な存在である。

 それは彼に対して命令ができるのは、本部情報部の長官だけという組織に束縛されない身分であるからだ。

 当然ながら地方冒険者ギルドの支配人よりも立場は強く、そしてその職務の専門性からして一目置かれる存在である。

 極端な話、この調査官の本部への報告如何によっては、冒険者ギルドの免許を剥奪されてしまうかもしれない。

 そうなれば、この町の冒険者ギルドは廃業となる。支配人も職員も路頭に迷うことになる。


「それで調査官殿が来たということは、例の件ですか?」


 そうタンゾウが聞いた。クエスト調査官が本部から派遣されてくるということは、冒険者が全滅し、その理由に疑義がある時だけである。

 それも全部ではない。大抵はそれぞれの冒険者ギルドで原因を調査することで終わってしまうからだ。

 本部から調査官が派遣されてきたということは、何か問題があるからだと思われた。


「ああ……そうだ。グレイウルフの件だ……」


 リュウジはそう答えた。2日前に本部から調査官がやって来ることを通知文で知っていたタンゾウは、部下のアオイに事件に関する資料を用意するよう命じていた。

 ただ、支配人としては本部から調査官が派遣されてきたということはあまりうれしい話ではない。

 先ほどから丁寧な応対をしているが、タンゾウの顔に笑顔はない。


(タンゾウさんは、手紙を受け取ってから機嫌がよくない。それもそうよね。要するに冒険者ギルドの本部に調査を仕切れる能力がないと判断されたとも取れるから……)


 アオイはタンゾウとリュウジのやり取りを横で見ながら、そんなことを考えていた。


(それにしても……)


 アオイは不思議でしょうがない。確かにグレイウルフの森で起こった事件は、不可解で難事件の様相を呈していた。本部から調査官が派遣されても納得がいく。


(本部がこの事件を知ったにしても……対応が早すぎる……。まだ、こちらに調査も終わっていないのに……)

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