第12話 初めての犬娘

 ――うーむ……寝苦しい……



 夜遅くに目が覚めた。

 寝床は真っ暗だったが、私には関係ない。

 暗くてもよく見えるおかげで、寝苦しかった原因が目に入る。


 それは、私に抱きついているしょう子の腕が首に掛かっていたからだ。



 ――全く、しょう子はいつまでも子供だな



 しょう子の身体はすでに私より大きい。

 そろそろ巣立ちをする頃だろう。

 そう思った私は今晩からしょう子と別々に寝ることにしたのだ。


 それを告げた時、しょう子はかなりショックを受けていた。


 私としても辛い。

 だが、私にはしょう子を立派に育てる責任がある。

 

 ……しかしまだその道のりは長いようだ。



『ニャァー……ムニャムニャ』



 緩みきった寝顔でぐっすりと寝ているしょう子。

 いくら寂しいからって寝ている私に抱きついてくるなんて……一体誰に似てこんな甘えん坊になってしまったのだろうか。



 何はともあれ、このままでは私が眠れない。

 どうにかしてしょう子から離れなければ。



『むっ! むーっ! ……動かん』



 動こうとする私を、しょう子は逃がしてくれない。

 私のモコモコの着物をしっかりと握っている。

 


 ――仕方ない、こうなったら脱いで脱出するか


 ゴソ、ゴソゴソゴソ


 ――やっと脱げた、けど……さ、寒い



 着物を脱いだおかげでしょう子の拘束から逃れたが、今度は肌寒くて眠れない。


 私は何か他に温かくなる方法はないかと辺りをキョロキョロと見渡す。


 すると、少し離れた所で床に寝ている相棒の姿があった。

 大きな布を被っていて、とても温かそうだ。

 私は躊躇せずにその中に潜り込み、寝ている相棒に抱きついた。



 ――うむ、思った以上に心地いい


「うっ……くるし……」



 相棒は何か呻き声をあげたが、起きる気配はない。



 ――よし、明日もここで寝よう



 温かいし、包みこまれている感触に安心する。

 もっと早くこうすればよかったな。


 それじゃあ、おやすみ—―……

 




『ニャァアアアア!!』


「うぉっ! びっくりしたぁ……なんだ、しょう子か」


『私だけ仲間外れにしたッ!! なんでッ!? どうしてッ!? いくら相棒さんでもママを独り占めにするのは許さないよ!!』


「俺、寝起きなのになんか凄いニャオニャオ怒られてるな……」



 ――むぅ、気持ちよく寝ていたのに騒がしいな


 もぞもぞ……


『少し静かにしてくれ』


「えぇ!? 布団から里子が出てきた! ……道理で寝苦しかった訳だ」


『やっぱりママそこに居たぁああ!!』


「ちょ、しょう子爪痛い! 肩に喰い込んでるぅうう!」



 ――やれやれ、相棒もしょう子も落ち着きがない



 私は呆れながらも再び相棒に抱きついて眠りに落ちた。




 ◇◆◇




「いらっしゃいませー!」


 ――またここか、そしてまたお前か



 この前も来たばかりじゃないか。

 そう何度も私が許すと思うなよ!



「今日は犬娘の見学でしたよね?」


「はい」


『おい待て、今度は許さない「あ、里子ちゃんとしょう子ちゃんもいらっしゃい! これおやつね!」――おやつ?』


「じゃあ、連れてくるので少々お待ちくださーい!」



 私としょう子に渡された『おやつ』という食べ物。

 これは以前この人間から貰ったことがある。

 おやつは良い。いつも食べてるご飯とはまた違って美味い。


 この人間は相棒によく近づくので気に喰わないが、今回も特別に許してやろう。

 私は我慢ができる雌だ。


 ……よし、早速おやつを食べさせて貰おう。

 今すぐ食べたい。



『……騙されてる! 何か騙されてる気がするよママ!』



 相棒におやつを押し付け、口を大きく開けて待っていると横からしょう子が騒ぎ出した。



『なに? 一体どういう「里子、アーン」――モグモグ、おいしい』


『あの人間、何か変な臭いした! 私たちとは違う生き物の臭いが付いてた!』


『なんだと! 一体どんなやつ「はい、アーン」――モグモグ、おいしい』


『……』



 しょう子が不安そうにしている。

 きっとその得体の知れない生き物が怖いのだろう。

 体は大きく成長しても気は弱いままのようだ。

 


『安心しろ、何が来ても私が守る』



 朝はぐっすり寝れたし、たった今栄養も摂った。

 おかげで絶好調だ。



『で、でも……』


『不安なのか? ならばこれを見てみろ!』



 私はその場で飛び上がり、蹴りを連続で繰り出す。



『ホォー!』


 シュシュシュッ


 ――決まった



 着地にも隙の無い完璧な体捌き。

 今の私を止められる者など――いない。



「こら里子、店の中で暴れるなよ。念のために抱っこしておくか」


 ムギュッ



 突然背後から相棒に抱きかかえられ、頭を撫でられる。



『こら、相棒やめ――あっ、そこもう少し右、きもちいい』


「よしよし、大人しくな」


『おい、手を止めるな。次は左だ』


『……私が、私がしっかりしないと』



 相棒がじゃれついてくるので仕方なく相手をしていると、人間の雌が何やら身体の大きな奴らを引き連れて戻ってきた。



「おまたせしましたー!」


「あ、どうも」


「この子達が今うちにいる犬娘です!」


「おぉー……いや、思ってた以上にデカい」


「皆大体1歳くらいの子ですねー」

 

「1歳でこの大きさなんですか……」


「あ、大体1歳で体の成長は止まるので安心してください!」



 相棒は戻ってきた人間と何やら話し込んでいる。


 一方、連れられてきた奴らは後ろの方で大人しく並んでいたのだが、しょう子は奴らに気付くと指を差し、仇を見つけたかのように叫んだ。



『あーっ! この前相棒さんが観てた"泥棒雌"にそっくりだ!』



 泥棒雌? 

 あぁ、あの『すまほ』というもので観た芸達者な奴のことか。

 よくよく見ると尻尾が似ている。

 それぞれ違った形や色をしているが、どれもフサフサしてて大きい。



『あっちいけ! あっちいけ! シャァアアア!!』



 しょう子は髪と尻尾を逆立たせ、やる気満々にパンチを宙に繰りだす。

 しょう子の今にも飛び掛かりそうな威嚇により、場の緊張が高まった。



『聞いてるのか泥棒雌! ママと相棒さんに近づいたら許さないから!』



 圧倒される気迫、そして隙の無い完璧なパンチ。

 うむ……知らぬ間に成長していたようだな、しょう子。


 その成長を見て私は確信した。

 今のしょう子を止められる者など――いない。



「こらしょう子、威嚇しない。お前も抱っこな」


 ムギュッ



 しょう子は背後から相棒に抱っこされた。



『相棒さん! 今そんな場合じゃ――ニャァきもちいい』


「よしよし、大人しくな」



 相棒に撫でられて呆気なく無力化されるしょう子。

 結果、私としょう子は一緒に抱えられて無防備な状態となる。



「すいません、うちの子たちがお転婆で……」


「きっと初めて見る犬娘にびっくりしたんですね。でも安心してください。他のペットに吠えたりしないよう最低限の躾けは施されています」


「へぇー、賢いですね。もっと近くで見てもいいですか?」


「是非!」



 相棒は何かを言った後、なぜか奴らの方へと近寄っていく。



『わぁあああ! 相棒さんそっち行っちゃ駄目ぇええ!!』


「おっと、今日のしょう子は活発的だな……一応目隠ししておくか」



 しょう子は必死に訴えるが、相棒は止まらない。

 そしてついに相棒は奴らの内一番近くに立っていた奴の前に辿り着く。


 すると目の前まで来た私たちにそいつは鼻を近づけ、匂いを嗅いできた。



『クンクン、クンクン……』


 

 実害はないが得体の知れない奴に匂いを嗅がれるのは少し不快だ。


 本当なら私の鋭い蹴りをお見舞いするところだが、今は相棒に抱っこされている。

 暴れようと思えば出来なくもないが、相棒やしょう子に被害が及ぶかもしれないし、しょう子も目隠しされて大人しくなっているので我慢しよう。



「お、この子人懐っこい」


「その子は柴犬が元となっている子ですねー」


「あ、だから髪の毛茶色なんですか。尻尾もくるんと丸まってるし」


「外側は茶髪ですけど、インナーへアーは白なんですよ」


「お洒落さんだなー。おっとりした顔立ちだし、優しそう」



 得体の知れない奴は益々大胆になり、私の頬っぺたをツンツンと突っついてきた。

 気安く触るなと怒ってやりたいが、まだ我慢できる。



「いえいえ、柴犬の犬娘を侮ってはいけませんよ!」


「そうなんですか?」


「柴犬って日本では馴染み深くて飼いやすいイメージがあるんですけど、実は狼に最も近い犬種で躾けがとても難しいんです」


「えっ、意外」


「一般的に主人ボスと認めた者にはとても忠実ですが、よそ者には警戒心が強くて攻撃的な一面があります。まぁ、この子の場合攻撃ではなく悪戯をしてくるんですけど」


「へぇー……って、あっ! 里子がめっちゃツンツンされてる!」



 ツンツンツンツン……


『小さくて可愛い』


『……』



 しつこい。

 全然突っつくのをやめる気配がない。

 尻尾もフリフリと激しく振っていて鬱陶しい。


 それに私が小さくて可愛いだと?

 どうやらこいつは目が悪いらしい。

 私はどこからどう見ても強くて賢くてかっこいいのに。


 もしかして私を挑発しているのか?

 そうに違いない。それしか考えられない。


 だが我慢、我慢だ……私は我慢ができる雌なのだ。



『次はこの人間にツンツンしてみようかな』



 ――ブチッ


『相棒に触るなぁあああ!』



 気が付くと私は相棒の腕から飛び出し、こいつに飛び蹴りをしていた。



『痛っ、何するんだよ!』


「あ、まずい! 店員さん、しょう子を目隠しして預かってください!」


「え、あっ、はい!」



 こいつは私の蹴りを咄嗟に防いだが、その衝撃で仰向けに倒れ込む。


 それを見て私はすかさず大きく飛び上がった。



『え? ま、待って、降参! ボク降参する! ほら、お腹見せてるでしょ!』



 もう遅い。

 お前は私の相棒にツンツンしようとした。

 その報いを受けさせてやる。



『ホォー!』



 私の怒りを込めた会心の一撃。

 これを止められる者など――いない。


 

「里子、獲ったどー!」



 奴に目掛けて蹴りを振り落とそうとする私を相棒が空中で捕らえてしまった。



『何するんだ相棒! こら、離せ!』



 ジタバタ暴れて抜け出そうともしてみたが、先ほどよりがっちり掴まれているため全く身動きが取れない。



「ごめんな、里子。悪戯されてビックリしちゃったよな」



 暴れる私に相棒は何かを言ってギュッと強く抱きしめ、顔を擦り付けてくる。

 どうやら私を宥めているようだ。



「よーしよし、もう大丈夫だから」



 ――むぅ、仕方がないな



 今回は相棒に免じて許してやるとしよう。

 私も甘くなったな。

 これも相棒のせいだぞ。

 


「間一髪でしたねー」

 

「その子、怪我はしてませんか?」


「見た所大丈夫そうです。ただ、ビックリして固まってますけど」


「よかった……お前もごめんな、うちの里子がビックリさせちゃって」



 相棒はしゃがみ込んで寝そべっている奴の腹をポンポンと触る。

 すると奴はなんとも情けない顔で私と相棒を見上げた。



『ボク、助かったの……?』


『もうちょっかい出すなよ』


『わ、わかったよ……ボス』


『ボスじゃない。サトコだ』


『……わかったよ、サトコ』



 うむうむ。これで相棒を脅かす者はいない。

 どうだ相棒、私は偉いだろ。いっぱい褒めろ。 



「お、里子が大人しくなった。仲直りしたのかな」


「格付けが済んだのかもしれません。たぶんこの子が負けを認めたんでしょう」


「まじですか……どうりで里子が自慢げな目で見てくるわけだ」


「流石里子ちゃん。体格差があってもやっぱり愛玩動物と猛禽類では気性の荒さが違いますねー」


「最初会ったときはあんなに臆病で可愛げがあったのになぁ」



 どこか遠い目をしながら私を見てくる相棒。

 なんか思っていたのと違う。



「そうだ! この子をお迎えしてみてはどうでしょう! もう里子ちゃんと喧嘩することは無いと思いますので、ちょうどいいと思いますけど!」


「え? う、うーん……でもしょう子がなぁ……」


「しばらく一緒にいたら慣れると思いますよ! 一週間ほど様子見で預かってみてください!」


「それって、しょう子の時と「気のせいです」……分かりました。じゃあ、とりあえず一週間よろしく。まり子」


「相変わらず名づけが早いですね。ちなみに今回は何故?」


「髪の色合いが最近流行ってる菓子パンのマリトッツォに似ていたので」


「……」



 さっきからずっと人間の雌と話している。

 きっとそのせいで褒めてくれないんだな。


 大体、誰が話していいなんて許したんだ。

 もう我慢できん。ツンツンしてやる。

 私を無視した報いだ。



『私を褒めろぉおお!!』


 ツンツンツンツン


「ちょ、くすぐったい……というか激しい。全く、里子は甘えん坊だな」




『ボク、この群れで上手くやっていけるかな……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る