第11話 ショップ店員さん
――大変だ
起きた時から相棒さんの様子がおかしいと思っていた。
いつもは私とママが起きたらすぐ気付いて撫でてくれるのに、今日は『すまほ』というものをずっと観ていたのだ。
何がそんなに面白いのかと覗いてみると、そこには一匹の雌がいた。
その雌は尻尾が生えていたけど、私のと比べてフサフサしている。
声質も全然違うし、私やママと違う種族なのは明らかだ。
問題は、その得体の知れない雌を観ている相棒さん。
時折笑ったりして、楽しそうに観ている相棒さんの態度だ。
私はまだ子供だからよく分からないけど、ママという存在がありながら他の雌に気を取られているのはよくない気がする。
肝心のママはというと、全然気にした様子も無く『器用な奴だなぁ』と呑気にその雌を相棒さんと一緒になって観ていた。
ダメだ。全然警戒していない。
そんなんじゃ相棒さんを盗られちゃうかもしれないのに……。
――私がなんとかしないと!
しばらくして相棒さんがこちらに気付いて振り返ると、私はそれを機に相棒さんの持っていた『すまほ』を叩き落とした。
『このぉぉおおお!』
「アァッーー! やめてぇぇええ!」
私の必死の追撃に、相棒さんは何かを叫びながら私を持ち上げる。
それはまるでこの泥棒雌を庇うかのようだ。
――やっぱり、そうなんだ……浮気だったんだ!
許せない! 相棒さんはママと私のものだ。
誰にもあげたりしない!
『あっちいけ! あっちいけ!』
『私も混ぜろー!』
私は相棒さんの妨害を受けながらも『すまほ』に攻撃を続ける。
ママは無邪気に相棒さんへ飛びついて甘えていた。
◇◆◇
「しょう子、これからもよろしくな」
「ニャァ」
お客さんの語り掛けに、まだ小さな猫娘のしょう子ちゃんは理解したかのように返事をした。
無論、本当に言葉を理解しているとは思っていない。
だけど重要なのは言葉の意味ではなく、お客さんに頭を撫でられて嬉しそうに目を細めているしょう子ちゃんの表情、信頼している者にしか見せないその姿だ。
微笑ましく、美しい光景に思わず見入ってしまう。
――だが、そんな光景も一人の暴れん坊によって壊される
「ピィ!」
先ほどまでぬいぐるみのように大人しかった梟娘の里子ちゃんが突然暴れだし、飼い主であるお客さんの拘束から逃れた。
「あっ、里子!」
「ピピピピィ!」
自由の身となった里子ちゃんは嬉しいのかピョンピョンと飛び跳ね、その勢いのままお客さんの顔に向かって飛びつく。
お客さんはすぐに飛んでくる里子ちゃんを両手で捕らえようとした。
しかし、しょう子ちゃんが自分の頭を撫でるお客さんの手をしっかり掴んで離さなかったため、飛んでくる里子ちゃんをお客さんは顔面で受け止めるしかなかった。
「あちゃー……」
そして床に押し倒されるお客さん。
里子ちゃんはそのまま飼い主へ覆いかぶさり、噛んだり引っ掻いたりとじゃれ付き始めた。おそらく感情が暴走して、甘え方が激しくなっているのだろう。
その傍らでしょう子ちゃんはゴロゴロと喉を鳴らしながらお客さんの片腕に両手両足を使ってしがみ付き、スリスリと頬ずりをしていた。
あれは『臭い付け』と呼ばれる習性で、気に入った人や物に自分の臭いをつけているのだ。
「たすけ……ごふっ」
自分のペットである梟娘と猫娘の激しい愛情を一身に受けてボコボコ、もといモコモコにされているお客さんは、私に手を伸ばして助けを求めている。
私としても助けたいのは山々だが、下手に彼のペット達に触れることができない。
梟娘の里子ちゃんは飼い主であるお客さんを番のように思っているのか私が近づくと威嚇する。あの小さくてかわいい見た目に騙される人も多いが、猛禽類の蹴りはとても危険なので不用意に近づかない方がいい。
猫娘のしょう子ちゃんは私に威嚇することは無いのだが、猫を殺せば七代祟る――そんなことわざがあるほど猫という生き物は執念深い。下手に邪魔をして祟られるのは避けたいところ。
――しかし、何度も見殺しにするほど私は冷血女じゃない
私はペットショップの店員。
この娘たちの扱いを十分心得ているプロフェッショナルだ。
とっておきの秘策もある。
意を決した私は暴れ続ける小さな猛獣に恐る恐る声を掛けることにした。
「さ、里子ちゃん」
「ピィィ! ピィィィ!」
飼い主をモコモコするのに夢中なのか、小さな声では気付いてくれない。
私はもう一度、はっきりとした声で呼びかけた。
「里子ちゃん!」
「――? ホォ?」
今度は聴こえたみたいだ。
手を止め、キョロキョロと周囲を見回す里子ちゃん。
そして私が視界に入ると、すぐさま威嚇をし始めた。
「――! シャァアアア!!」
両腕を広げ、その小さな体を大きく見せようとする仕草。
いつ見ても可愛い。本人が真面目に威嚇しているつもりなのもそれを助長させる。
だがこのままではいつ襲われるか分からない。
私はすぐにポケットから秘策の物を取り出した。
「ほーら、おやつのスモークチキンだよー」
「ホッ⁉」
そう、みんな大好きスモークチキン。
ペット用で塩分が無く、特に肉食の擬人化動物に大人気のおやつ。
里子ちゃんは食べたことが無いかもしれないが、それでもこれが食べ物だと認識してくれているみたいだ。
先ほどまでの怖い目つきが今はキョトンとさせながらおやつを注視している。
ついでに腕に抱き着いていたしょう子ちゃんまで動きを止めてこちらを見ていた。
「ホ、ホォ……」
「ミ、ミィ……」
二人は戸惑っているようだ。
おやつをジーっと見ているかと思えば、次はお客さんの顔をジーっと見る。
それを何度も繰り返しながら、悩んでいるように鳴き声をあげた。
――飼い主か、それとも食べ物か
主人によく懐いているペットが稀にみせる葛藤の様子。
どちらを取るべきか迷っているのだ。実に可愛らしい。
……しかし、いくら迷おうとも答えはもう分かっている。
よく調教された犬娘なら未だしも、この娘たちは梟と猫。
食欲に勝る欲求をこの娘たちは持ち合わせていない。
むしろ、迷う素振りを見せただけでもよくやったと褒めるべきだ。
「ほら二人とも、これあげるからこっちにおいで」
誘うようにおやつを揺らし、少しずつ下がる私。
一歩下がる度に二人は一歩ずつこちらに近づく。
お客さんを助けるためにしているはずなのだが、何故か悪役を演じているような気分だ。
だけど確実に、文字通り一歩ずつ目的を達成しつつある。
私はこのままゆっくり下がり続けることにした。
「ほーら、こっちだよー」
このまま順調にいくかと思っていた。
だが、二人は倒れているお客さんの足元まで来た途端に歩みを止める。
「……? どうしたの、二人とも」
まさか、この期に及んで飼い主を選ぶとでもいうのだろうか。
……いや、それはないはず。
二人の視線は未だにおやつに釘付けで、口を半開きにして食欲満開だ。
――なら何故歩みを止めたのか
私は疑問を抱きながら二人の観察を続ける。
「ホォ!」
「ミィ!」
突然二人は短く合図のように鳴き声を出し、お客さんの脚を一本ずつ掴んだ。
そして次に驚くべき行動をとる。
ズルズルズル……
なんと二人は力を合わせて飼い主を引きずりながら進み始めたのだ。
「「えぇ!?」」
意外な展開に驚くお客さんと私。
里子ちゃんとしょう子ちゃんは飼い主を引きずったまま私の元に辿り着き、半ば強引におやつを奪う。
そして里子ちゃんはおやつを半分こにし、片割れをしょう子ちゃんに食べさせ、もう半分をお客さんに渡そうとした。
「あ、えっ? いや、いらないけど」
「ホォホー!」
お客さんは困惑しながら拒否したが、里子ちゃんは『早く持て!』とばかりにグイグイと押し付ける。
「分かった分かった」
そう言いながら里子ちゃんから渡されたおやつを手に持った瞬間――
ガブッ!
おやつを掴んだお客さんの指ごと里子ちゃんは咥えこんだ。
「ちょ、里子待って! 俺の指が!!」
「ホォオオオオ!」
「痛ぁああああ!」
「……なるほど、食べさせて欲しかったんだね」
里子ちゃんは形だけでもお客さんからおやつを貰いたかったわけだ。
雛の頃から人の手で与えられた物じゃないと食べない習慣はまだ健在らしい。
結局二人は飼い主から離れることなく、食べ物も手に入れる結果となった。
本能に忠実なこの娘たちにとって、食欲と同じくらいお客さんのことが大事だったということだろう。
――ふふ、健気だなぁ
◇◆◇
その後、おやつを食べ終わって満足した里子ちゃん達は近くの日の当たるところで日光浴を楽しんでいた。
ペットの猛攻から解放されたお客さんは起き上がり、ボロボロになった身なりを整えながら私に感謝を伝える。
「フゥ……助かりました、店員さん」
「ご無事で何よりですー」
「ご無事ではないですけどね」
頬や首に噛み痕が残り、引っ掻かれたところが赤くなっている。
確かに無事とは言い難い満身創痍の状態。
私はすかさず里子ちゃんとしょう子ちゃんのフォローをする。
「本人たちも悪気はないので、叱らないであげてください」
「ハハ、もう慣れたので気にしてません。ただ、今日はちょっと激しかった」
「それだけお客さんのことが大好きなんですよ」
「もう少し落ち着いてくれると嬉しいんですが……」
「アハハ……それは難しいかもしれませんねー」
梟や猫は躾けるという飼育に向いていない。
彼女たちは気が向くままに食べ、寝て、遊ぶ。
ましてやまだ幼くて好奇心旺盛。ヤンチャでいる方が健全だ。
それに年月を経て精神的に成熟したとしても、食欲と同じくらい大事に思われているのだから今後も変わりはしないだろう。
お客さんには気の毒かもしれないが、これからも彼女たちにモコモコされ続けることとなる。
しかし、ここで私はプロらしく画期的なアイデアが浮かんだ。
「そうだ! 犬娘、犬娘なんてどうでしょう!」
「……」
犬娘は主人に忠実で躾けをすることも可能。
里子ちゃん達の猛攻を抑えてくれる役目が期待できる。
ただ、動物の犬よりも賢すぎるが故に躾けそのものが難しい。
実は初心者向けのペットではなかったりする。
だが、このお客さんなら大丈夫だと私は確信している。ペット達と信頼関係を築くために必要なことは知識だけでなく、人柄も重要だからだ。
そしてお客さんの人柄は里子ちゃんとしょう子ちゃんの懐き方を見ていれば言うまでもない。
うんうん。考えれば考えるほどナイスアイデア。
「犬娘はいいですよー。主人を守ってくれます。おすすめです!」
「……なんか、猫娘の時と同じような流れじゃないですか?」
んん? おかしいな。お客さんが私を疑っている。
「ひょっとして俺、カモにされてません?」
「やだなー、もう! 何言ってるんですか、アハハハ」
心外だ。
確かにお客さんは里子ちゃんの餌やら日用品をここで買ってもらっている。
今後しょう子ちゃんの分も上乗せされるから、上客といってもいい。
さらに犬娘まで飼ってもらえればより利益になるかもと思わなくも無かったが、純粋にお客さんのためを思っての助言なのだ。
「……」
「酷い! 信用してもらえないなんて……シクシク」
「あっ、す、すみません。せっかくの好意を疑って」
「いえ、分かってもらえればいいんです! 犬娘、是非!」
「……また今度見に来ます」
「ありがとうございます! 約束ですよ!」
――フフ、本当に人柄がいい
おかげで綻びかけていた私とお客さんの信頼関係は守られた。
これからも御贔屓にしてもらおう。
そう思いながら、店を後にするお客様に深く頭を下げて見送った。
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