第8話 しょう子サイレン
子猫娘の『しょう子』を一時的に迎えてから今日で二日目。
うちの里子はしょう子を痛く気に入ったみたいで、初日からずっとお気に入りのぬいぐるみのように抱きかかえて離さない。
ご飯を与えるときも、里子にはいつも通り俺が口に運んでいたのだが、しょう子にスプーンでご飯をあげようとしたら里子がそれを奪い、しょう子に食べさせようとしていた。
そして今日の朝。
いつもなら俺をツンツンと突いたり、耳元でホーホー鳴きながら起こしてくる里子が見当たらない。
それどころかしょう子の姿も見当たらず、二人でどこかに潜んでいるようだ。
「ふぁぁ……。里子ー、しょう子ー。どこだー? 朝ごはん食べる時間だぞー」
寝起きで働かない頭を起こしながら、周囲を見渡す。
一人暮らしの部屋だ。
そう広いものじゃない。
玄関の方に視線を送ると、探していた二人のうち一人がすぐに見つかった。
「……めっちゃこっち見てる」
脱衣所から顔を半分だけ出し、こちらをジーーっと見ている猫娘。
ゆるふわの茶髪であどけない表情をしているしょう子だ。
おそらく近くに里子もいるだろう。
俺はベットから立ち上がり、しょう子の方に向かう。
「ミ、ミィー! ミィー!」
俺が歩き出すと、しょう子は突然大きな鳴き声をあげた。
「どうした? しょう子」
しょう子はまだ上手く歩けないのか、よちよち歩きで近くまで来た俺の脚にしがみ付いた。
一見、俺に甘えているようにも見える仕草。
だが、しょう子がしがみ付く足をそのまま脱衣所の方へ動かすと必死に鳴き声をあげて引き留めようとする素振りをみせることから、何かを隠したいという意図が伝わった。
「ミィー!! ミィー!!」
まるで警報のように繰り返し鳴くしょう子。
俺はこの可愛らしい警報器を一旦無視し、里子を探して脱衣所の中を覗く。
そこには、閉じていたはずの洗濯機の蓋が開けられ、その中に頭を突っ込んでいる里子の姿があった。
背が小さいためか足が床から浮いてしまい、ばたつかせながらも洗濯機の中で何かを漁っている里子。
周囲には今日洗濯する予定だった服が散らばっている。
おそらく、しょう子はこの惨状を隠そうとしていたのだろう。
俺がこれを見たら怒ると思っていたに違いない。賢い子だ。
俺はすぐには声を掛けず、里子の気が済むまでそれを眺めることにした。
しばらくして、里子が洗濯機から頭を出し、床に足を着地させる。
ここからでは里子の後ろ姿しか見えないが、何やらモゾモゾと手を動かしているのが分かった。
そしてついに里子が振り向き、俺と目が合う。
ビクッッ!
里子は嘘みたいな跳ね上がり方をしながら驚く。
対して俺は里子を責めるような冷ややかな目で見る。
里子の着ぐるみは、某猫型ロボットがモチーフのもの。
つまりお腹には"ポケット"がついている。
もちろん、原作のように無限に物が入るわけではないので、何かを入れれば膨らむわけだ。
そして偶然にも、今里子のお腹は不自然に膨らんでいた。
「……」
「……」
互いに無言で牽制し合うかのような間。
俺の脚にしがみ付くしょう子も、謎の緊張感で身動きが取れないでいる。
――どうするのか見物だ……。さぁ、どうするんだ? 里子
俺は里子の何かしらの反応を待った。
すると、里子はスッと俺から目線を外し、明後日の方向を向きながらテクテクと向かってくる。
そして俺にしがみ付くしょう子をそっと抱え、何事も無かったかのよう静かに俺の横を通って行った。
――う、うそだろ……
まさかあれで無かったことにする気なのか?
里子の中ではあれで誤魔化したことになるのか?
通り過ぎる里子の足取りは、一仕事を終えた後のように軽やかだ。
呆気を取られていた俺はすぐさま正気を取り戻し、背中を見せる里子を後ろから肩を掴む。
「待て里子。これは一体どういうことだ?」
「……」
里子から返事はない。
元より返事などあるわけないのだが、鳴き声すら出さずに固まっている。
次第に里子は観念したのか抱えていたしょう子を降ろし、しょう子だけを逃がすかのように突き放した。
「ホッホー」
「ミィー!!」
里子はしょう子に一鳴きした後、俺の方へ振り返る。
「どうやら別れの挨拶は済ませたようだな、里子ォ」
「ホー……」
そして次の瞬間、里子は俺の顔に向かって飛び掛かってきた!
「ホォオオオオオ!!」
「なんのぉおおお!!」
俺は飛び掛かってきた里子を空中でキャッチし、まるで高い高いをしているかのような格好で捕らえることができた。
何故このようなことが咄嗟にできたかというと、俺は以前にも里子に顔へ飛び掛かられたことがある。
その時、里子が飛び掛かる前に行う予備動作を一度見ていた。
そのため今回の行動も事前に察知することができたのだ。
「ホォ!?」
「フッフッフ……観念するがいい!」
「ワー! ワー!」
里子は手足をジタバタ動かして抵抗を続けるが、もはや俺の手中に収まっているため恐れるに足らずだ。
まずは着ぐるみをひん剥いて――ん? 何やら足に違和感が……。
「ミィ! ミィ! ミィ!」
違和感の正体は、しょう子だった。
俺のズボンを掴み、訴えるように鳴いている。
それは里子の釈放を懇願するかのような抗議だった。
「……しょう子、駄目だぞ。里子のポケットにあるものは洗濯しなきゃいけないんだ! 里子の着ぐるみも汚れただろうから洗わなくちゃいけないんだよ!!」
「ミィ!」
「ダメです!」
「ホー!」
「ダメ!」
俺は心を鬼にして、里子を片手で持ち上げた状態でもう片方の手でポケットの中身を取り出した。
中から出てきたのは、俺の靴下やシャツ、果てにはパンツまで……。
よくもこんなに詰め込んだものだと感心するほど出てくる。
「ホォオオオオ!」
「うるさいぞ下着泥棒! いや、下着フクロウ!」
その後、俺は里子の着ぐるみを着替えさせ、散らばった衣類共々洗濯機の中に入れて洗濯した。
余程欲しかったのか、没収された後も洗濯機のところへ行こうとする里子に替わりとして洗ってある綺麗なものを渡す。
それを受け取った里子はやや不満げな目で俺を見たが、『仕方がないな』とでも云わんばかりに肩を落としながら新しい着ぐるみのポケットに詰め込んだ。
「それ何に使うんだよ」
当然、そのことを疑問に思った俺は里子の様子を観察することにした。
里子はパンパンに膨れたお腹のポケットから中身が零れないように抑えながら、俺が先ほどまで寝ていたベッドへ歩いていく。
ベッドに着くと、その上でおもむろにポケットの中から衣類を取り出し、それを丁寧に敷き並べ始める。
「……え?」
並べ終わると今度はしょう子を連れてきて、その敷き並べたところに寝かせた。
そして寝ているしょう子の上に覆いかぶさるように里子が倒れ込み、すっぽりと隠れてしまう。
「……え?」
これは、ひょっとして巣作りみたいなものなのだろうか。
基本的に梟は他の鳥が使っていた古巣を再利用する。
なので巣作りというほどのことはしないのだが、葉っぱを集めて床に敷く位はすると何かで読んだ記憶がある。
つまり、俺のベッドは占拠され、俺の下着は葉っぱの替わりというわけだ。
「俺、明日からどこで寝ればいいのよ」
「ホッホー」
「ミィ、ミィ」
「……まぁ、いいや。ご飯の準備しよう」
里子なりの努力だ。しょう子も喜んでいるようだし、撤去するのもかわいそうだろう。
俺は半ば現実逃避するかのように、自分と里子たちのご飯の準備を始めた。
◇◆◇
朝ごはんが出来ると、もう何も言わずとも里子たちは手作りの巣から飛び出して待っていた。
「あ、巣で食べるとか、そういうんじゃないんだ」
俺は胡坐を組んで座ると、里子が脚の上に飛び乗る。
そして里子の膝にしょう子がいて、大中小の順に乗っかっている形となった。
「なんかマトリョーシカみたいだな」
「ホー!」
「ミィ!」
俺の高尚な例えに二人は興味がないのか、はやくご飯を寄こせを騒ぐ。
「はいはい、今あげますよ」
昨日と同じく里子には俺が、しょう子には里子がご飯を与える感じだ。
グググググググググ
突然、謎の中低音が部屋に響き渡る。
その音の出所はしょう子だった。
小さな体には見合わない、意外と大きな音。
里子もその音に驚いたのか、しょう子に食べさせていた手を止めている。
「これが猫娘のゴロゴロ音なのか……?」
「ニャァ」
「これは、嬉しい警報だな」
しょう子は幸せそうに目を細めた。
今日は朝から意外な発見が多い。
里子は突然巣作りを始めるし、しょう子は頭が良くてゴロゴロ音が大きかった。
――あぁ、そういや明日からどこで寝よう
……まあ、いいか。そんなことは。
ペットの変化や成長を見守るのは、飼い主にとって一番の幸せだ。
その代償と思えば安いに違いないのだから。
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