第6話 初めての猫娘
雲一つない快晴の空。
私はいつものように相棒の背中にしがみついていた。
別に自分で歩いてもいいのだが、相棒の背中が案外心地いいのでこうしている。
欲を言えば、相棒にも私のように柔らかいものを着て欲しいのだが……まぁ、我慢してやろう。私は寛大なのだ。
相棒に全身を任せ、行き先も委ねて私は周囲を警戒しながら景色を楽しむ。
しばらく相棒が歩みを進めていると、見覚えのある場所に着いた。
――またここか
私の古巣。
暗くて退屈で、独りぼっちだった場所。
相棒はここを『ぺっとしょっぷ』と呼んでいる。
少し前にもここへ来たのだが、その時にある事件が起きた。
それは……――
『またあの人間の雌と会う気だな。許さないぞ!』
この『ぺっとしょっぷ』にいる人間。
相棒に出会うまで私にご飯をくれた人間なのだが、そいつと相棒がずっと会話をしていた。しかも私の目の前で!
いくら寛大な私でも、そのような裏切りは見過ごせない。
今回こそ阻止しなくていけないのだ。
「はいはい、騒がない騒がない。ほら、背中から降りて」
『許さないんだぞ!!』
「あ、手を噛もうとした! ダメだぞ里子。ギュッとしてあげるから大人しくな」
相棒は私を背中から降ろしたかと思うと、突然強く抱きかかえた。
相棒の温もりと匂いが私に伝わってくる。
なんだかよく分からないけど、嬉しい。
そんなに私のことが好きなのか。
困った奴だ。
いくら私が強くてカッコイイからって、こんなところでいきなりなんて。
……エヘヘ。
「おっ、大人しくなった。じゃあ、中に入るか」
「いらっしゃいませー。あ、どうも! 例の猫娘の件ですね」
「はい。今日は見学っていうか、里子がどういう反応をするのか確かめに……」
む、またあの人間と相棒が話をしてる。
だけど諦めろ。相棒は私のことが好きなんだ。
相棒は私のものなんだ!
「里子ちゃんもこんにちはー……あ、あはは、相変わらず嫉妬深い」
「うちの里子がすいません……」
私が人間を睨みながら牽制していたら、相棒が私の目を手で覆ってきた。
そのせいで視界が塞がれ、何も見えない。
「とりあえず、目隠ししておきます」
「はい。お願いします」
音は聴こえる。
何か短い会話が聞こえた後、相棒は私の目を隠したまま歩き始めた。
――なんだ? どうしたんだ?
どこへ連れられているのか分からない不安が私を襲う。
「もっと暴れるかと思ったけど、大人しくできたな。偉いぞ里子」
私に何かを話しかけている気がする。
頭も撫でてきた。
一体何がしたいのか……ハッ!
そうか、相棒が私に何を伝えたいのか分かったぞ。
――私を褒めてるんだな
そうだろう、そうだろう。
相棒の代わりに私たちの絆をあの人間から守ったのだ。
それを褒めてるに違いない。
私はなんて賢くて頼れる奴なんだ。我ながら恐ろしい。
そんなことを思いながら大人しく相棒に運ばれていると、今度は何やら騒がしい音が聴こえてきた。
『なんかきた』
『ご飯ですか?』
『あそぼー!』
――騒がしい
甲高い声で騒いでる奴らがいるようだ。
「おー、うちの里子よりも小さい」
「この子たちはまだ生後1ヶ月なんです。成長の早い子はお母さんのお乳から卒業して固形物を食べ始める頃ですね」
「へー、そうなんですか。あ、尻尾も短いけどある」
「成長するにつれて尻尾も長くなりますよ」
「この子たちはどれくらい成長するんですか?」
「人間で言うと高校生くらいの大きさまで成長しますね。里子ちゃんと違って特別小さくなるよう品種改良した個体ではないので、普通に大きくなります」
「……へ、へぇ。それは大変そうですね」
「ささ、さっそく里子ちゃんにも見せてあげましょう!」
「あ、そうだった」
先ほどから聴こえてくる声は相棒とあの人間の声。
二人の会話が終わると、相棒は私の目を覆っていた手を退けた。
――なんだ、このちっこいの
すると目の前にあったのは、何やら小さな生き物たち。
先ほどから騒いでいたのはこいつらか。
……こいつらは何だろう。雰囲気的に人間じゃないし、私の同族でもない。
「なんか、里子が固まってる」
「この子たちが何なのか、考えているんだと思います」
一撃だ。二回目の攻撃はいらないだろう。
このちっこいのを仕留めるのにそれだけで十分。
――もしかして、こいつらは私のご飯なのか?
……正直、あまり旨そうじゃない。
それに、ここへ来る前に相棒からご飯をもらったので食欲も無い。
どうしよう。
「とりあえず、里子ちゃんを降ろしてみましょうか」
「え、いいんですか?」
「里子ちゃんの様子を見るに、この子たちを攻撃する意志は無さそうなので」
「そうですか。じゃあ、里子、行っておいで」
相棒が私をちっこい奴らのところに降ろした。
『人間じゃないのきた! 大きいのきた!』
『でもママより大きくないよ?』
『怖い! あいつ怖い!』
すると奴らのほとんどが私から逃げていく。
――失礼な奴らだ
お前らは旨そうじゃないし、興味もない。
私は相棒の方を見て、不満を訴えた。
『抱っこ! もう巣に帰る!』
「里子がこっちを見てホーホーと何か訴えてるんですけど」
「……あまり猫娘たちに興味なさそうですね」
「あ! 後ろから茶色いのが一人だけ近づいてる」
相棒が私の背後を見て何か叫んでいる。
何事かと振り返ってみると、私の足元まで這ってきたちっこいのが一匹。
小さな声で何かぶつぶつ言っている。
『マ、……ママ、ママ』
――なんだ、こいつ
よく見てみると、他のちっこい奴よりも少しだけ小さい。
「なんか、あの子だけ他のよりも小さくないですか?」
「あー、実はあの子、未熟児なんです。早生まれで体が小さく、母親の猫娘から育児放棄されたので私たちでなんとか育てていたのですが……」
「あまり元気そうじゃないですね」
「健康面は大丈夫なんですが、心の傷があるんだと思います。他の子からも仲間外れにされて、いつも独りなので……」
ちっこいのが私の足を掴む。
その手は少し震えていて、怯えながらも私に助けを求めているかのようだ。
『私はお前のママじゃないぞ』
『ママ、ママ』
ついには私の脚にしがみ付いてきた。
私の声が聞こえてないようだ。
私は離れた所でこちらを見ている他の奴らにこいつを引き取るよう言った。
『おい、こいつ早く連れてけ』
『そいつ、知らない』
『関係ないもん』
『そんなの仲間じゃない』
こいつの同族であるちっこい奴らは、こいつを仲間外れにしていた
――……なんだ、お前独りなのか
不安そうな目で私を見上げるちっこいの。
『仕方ないな。不安なら、抱きしめてやる』
『マ、マ?』
私は足元にいたちっこいのを抱きしめ、頭を撫でてやった。
するとそいつは最初ビクッと驚いていたが、やがて泣き出すように鳴き声をあげ始めた。
『どうだ、嬉しいだろ。抱っこは嬉しいものなんだぞ。相棒が教えてくれた』
『ママ、ママぁ!』
全く、困った奴だ。
いくら私が強くて賢くて、さらに優しいからってこんなに甘えてきて。
もっと警戒心がないと生き残れないんだぞ。
「おぉ、里子が猫娘を抱っこしてる」
「わぁ、凄い! 珍しいですよ、これは!」
「え、そうなんですか?」
「梟娘が自分の子供以外を面倒みるのは珍しいんです! ましてや相手は猫娘ですので、私は初めてみました!」
「ん? でも店員さん、猫とか犬の子供飼うといいって勧めてませんでした?」
「遊び相手程度にはなるかなーと思いまして。まさかこうなるとは」
「……」
「あ、はは、擬人化ペットはまだ分からないことが多いので……本当ですよ?」
私がこの小さな生き物を抱っこしている間、人間がまた私の相棒にちょっかいを出している。
目を離すとすぐこれだ。油断も隙もあったもんじゃない。
――ゆるせん
私は抱っこしたまま人間の下まで歩いていき、文句を言うことにした。
『おまえ! しつこいぞ!』
『ママ?』
『お前も言ってやれ! 私のを盗るな!』
『う、うん……とるな!』
「またなんか訴えてますよ。今度は猫娘も一緒に」
「う、うーん……私、一応育ての親みたいなものなんだけどなぁ。フフ、でも可愛いですね」
「ですねぇ」
その後、私とちっこいのは人間に文句を言い続けた。
人間は困ったような顔をして、他のちっこい奴らを連れてどこかへ去っていく。
残されたのは私と相棒、そしてちっこいの。
「さて、そろそろ帰ろうか。里子」
相棒が何かを言いながら私を持ち上げようとする。
私はちっこいのを落とさないようギュッと力を入れた。
ちっこいのも落ちないように私に強くしがみつく。
これで帰る準備は万端だ。
「……その子は連れて帰れないんだぞ、里子。今日は見に来ただけだからな」
――どうした? 帰るんじゃないのか?
「いや、二人でそんなにジーーっと見られても……どうしよう」
何かぶつぶつ言いながら一向に動こうとしない相棒。
一体何を迷っているんだ。
もしかして、ちっこいの気に入らないのか!?
それは不味い。なんとか説得しなければ。
『私がちゃんと面倒みる!』
「うぉ、どうした急に暴れて」
『連れて帰るー!!』
「わ、揺らすなよ里子」
しばらく相棒に説得を続けていると、再びどこからともなくあの人間がこっちにやってきた。
「あはは、相当気に入ったようですねぇ」
「いや、笑い事じゃないですよ」
「……もし、よければ少しの間預かってみます?」
「え?」
「猫娘の方も里子ちゃんが気に入っているようですし、しばらく一緒にいさせてあげて欲しいんです」
「と言われても……何も準備してないのに急には」
「必要なものはこちらから送っておきますので。一ヶ月……いや、一週間だけでもダメですか?」
また相棒にちょっかいを出しているようだが、今は私も忙しい。
ちっこいのも連れて帰ってもらわないと困る。
『ほら、お前も言うんだ』
『う、うん。つれてけー!』
「里子たちまで……分かりました。じゃあ、とりあえず一週間だけ」
「わぁー! ありがとうございます!!」
「ま、しばらくの間よろしく。しょう子」
「え、もう名前つけたんですか?」
「明るめの茶髪が生姜みたいな色だったので」
「……」
『『つれてけー!』』
私の懸命の説得により、無事ちっこいのは連れて帰ることができた。
私は強くて賢くて優しくて、さらに説得力もあるということが証明された。
全く、私はなんて出来た奴なんだろう。困ったものだ。
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