第4話 里子とお出かけ
今日も目が覚める。
最近やっと慣れてきた、新しい寝床。
前よりも広くて綺麗なところだ。
――おい、起きろ。朝だぞ
私は隣で寝転がっている人間の頭を手で叩いた。
この人間こそが、私をこの寝床へ連れてきた張本人。
頭を叩いてもなかなか目覚めない。
仕方がないので、私は声を掛けることにした。
『おい、起きろ』
「んー……なんだ、里子か。おはよう」
『はやく起きろ!』
「わかったわかった。そんなにホーホー鳴かなくても起きますって……」
ゆっくりとした動きで起き上がる人間。
そしていつものように冷たい箱から私のご飯を取り出し、温める。
この人間はいいやつだ。
私にご飯をたくさんくれるし、話しかけてくれる。
よくベタベタと触ってもくるが、嫌な気はしない。
「よーし、里子ご飯だぞー」
『ご飯! ご飯!』
「はい、あーん」
ガブッ モグモグモグ
「ほら、水も飲んで」
ゴク ゴク ゴク
とてもおいしい。
こいつがくれるご飯は特にそう感じる。
「よしよし、可愛い奴だなぁ」
人間はそっと私の頭を撫でる。
その感触がとても心地いい。
「さてと、シャワーでも浴びてくるかな」
人間が立ち上がり、私から離れていく。
その跡を追いかけると、それに気づいた人間は私に振り返る。
「コラコラ、里子はいいんだよ。ここにいなさい」
何かを言いながら私の体を持ち上げ、先ほどまでいた場所に降ろした。
そして降ろした私をそのままに、人間は再びどこかへ歩き出す。
――……まさか、私を置いていく気か!?
私はハッとなり、大きな声で叫んだ。
『置いていくな!! 私も行く!!』
叫びながら走り出し、人間の背中に飛び乗る。
その勢いのまま人間は倒れてしまった。
「あいたたた……。里子、急に酷いじゃないか」
『連れてけ! 連れてけ!』
「ピエエエって叫ばれても何言ってるか分かんないぞ……」
人間は何かを言いながら私を持ち上げようとする。
――また私を置いていく気だな!
そうはさせない。
私はガシッと人間の体にしがみつき、離れないようにした。
こいつは油断していると時々いなくなる。
特に『カイモノ』と言うときは長時間いなくなるので注意が必要だ。
この人間がいなくなると、私は寂しい。
こいつと過ごす時間は、とても賑やかなんだ。
言葉は分からないけど、嬉しそうにしているこいつを見ていると私も楽しくなる。
だから独りになるのは嫌だ。
独りは退屈で、とても寂しい。
「ぐっ、全然離れない……。しょうがないなぁ、里子も一緒にシャワー浴びるか」
人間は私を引き剥がすことを諦めたのか、私を抱きかかえるように持ちながら移動し始めた。
そして向かった先は、水場。
何度かここに連れられたことがある。
その時は無理やり私の着ていたものを脱がされ、水浴びをさせられたものだ。
――なんだ、水浴びだったのか
紛らわしい。
寝床から外へ出掛けるのではなかったみたいだ。
私は水浴びが嫌いなわけではない。
むしろ好きな方だ。
ただ、その度に着物を脱がなければいけないのが嫌なんだ。
「じゃあ着ぐるみ脱がすからな」
私の着物に手を掛ける人間。
毎度のことながら私は抵抗する。
『やめろ! このまま水浴びする! 触るな!』
「ペチペチ攻撃くすぐったいぞ。でも可愛い」
抵抗の素振りを見せても人間はやめてくれない。
かといって本気で暴れてしまうとこの人間を傷つけてしまうから、いつも仕方なく脱がされる。
「相変わらず体細いな……あんなに食べてるのにどこへ消えてるんだろう」
『寒い! はやく温かい水かけろ!!』
「はいはい、今洗いますよ」
その後、人間と水浴びを終えた私は再び着物を着せられ、寝床でくつろぐ。
人間はというと、先ほどまで着ていた服とは違うものを着ながら何かバタバタと寝床を駆け回っていた。
――何をしてるんだろう
横になりながらジーっと観察していると、人間は私の視線に気づき、私に近づいて話しかけてきた。
「よし、ちょっと買い物行ってくるから里子はお留守番頼むぞ」
私の頭をわしゃわしゃと撫でる人間。
――なんだ、私と遊びたいのか? 仕方ない奴だな
私は人間が撫でやすいようにごろんと仰向けになる。
だがすぐに私はハッとなった。
――ん? 待てよ。こいつ今、『カイモノ』って言ったな
全く、油断も隙もない。
私の推察通り、人間は私を撫でずに背中を見せて歩き出そうとしていた。
――許せん。私も連れてけ
私は音を出さないように立ち上がり、そっと人間の背中に飛び乗った。
「うわっ、びっくりした。……里子? お前はお留守番だってば」
私を振り落とそうとしているのか、左右に身体を揺らす人間。
しかし、そんなので解けるほどひ弱な私ではないぞ。
「えぇ……。里子も買い物行きたいのか?」
『連れてけ!』
「……たぶん『ついていく』って言ってるんだよな。なんとなく分かる」
人間はその後もブツブツ小言を言っていたが、私には理解できないので関係ない。
結局、私を背負ったまま人間は『カイモノ』とやらに向かった。
◇◆◇
カァ カァ カァ
「なーんかカラスに見られてる気がするんだよなぁ」
人間が何か言っているが、それに構っている暇はない。
私は人間の背中に乗ったまま、上空を見渡していた。
――ふん、黒くて弱っちい奴らめ。私を警戒しているな
あの黒くてくちばしの大きな鳥共は、私からすれば弱っちい奴らだ。
しかし奴らは数が多く、そして執念深い。
私がこの人間に前の寝床から連れ出されたとき、奴らがちょっかいを出してきた。
当然、大きくて強い私は奴らを一蹴してやったのだが、それを根に持っているのだろう。奴らの視線がこちらに向いている。
だいたい、奴らは体が小さい癖にずいぶんと幅を利かせている。
これも全て人間共が悪い。
奴らの目を見れば分かる。奴らは人間を見下しているんだ。
自分を脅かす存在ではない、敵ではないと侮られている。
だから人間に連れられている私にもちょっかいを出してきたわけだ。
まぁ、人間共がバカにされていようが私には関係ないのだが、こいつは別だ。
こいつは私の仲間なのだから、こいつをバカすることは私をバカにするのと同じ。
だから、上空で襲撃の機会を伺っている奴らに気付かず呑気に歩くこいつの代わりに私が見張ってやらないといけない。
――やれやれ、お前は私がいないとダメみたいだな
私は『しっかりしろ』と檄を飛ばすつもりで人間の頭を叩く。
「どうした里子。カラス怖いのか? 安心しろ。俺が守ってやるからな」
どういう訳か人間は背中にいる私の頭を器用に撫でてきた。
――やめろバカ、今そんなことしてる場合じゃ……あっ、そこキモチイイ
こいつの撫で技術、日に日に上達している。
否応なしに心地よくなってしまう恐ろしい技だ。
だが、今はそれが仇となった。
私が警戒を解いた瞬間、奴らのうち一羽がこちらに向かって地を這うように飛んでくる。気付いた時にはすでに、あと一羽ばたきで奴のくちばしが私を捉える距離。
――しまった。やられるっ
人間の背中に乗っかっていたため、奴の攻撃に対応できない。
私はやられると思い、目をギュッと瞑った。
その瞬間、私を背負っていた人間がぐるっと体を捻り、大きな声を出した。
「てめぇ、うちの里子に何しようとしてんだ! ぶち転がすぞ馬鹿カラス!!」
今まで聞いたことのない怒声。
言葉が分からずとも、その怒りがどれほど強いか伝わってくる。
人間の怒りに驚いたのか、襲ってきた奴は一目散に飛び去って行く。
この騒ぎで周囲の人間共も上空にいた奴らに注意が向き、多くの人間から警戒されたことで奴らも飛び散っていった。
「里子、怪我なかったか?」
人間は背中に乗っていた私を降ろし、体をあちこち触ってくる。
私は正直、こいつを見直した。
普段は呑気で隙だらけなのに、さっきのこいつは強くてカッコよかった。
――やるじゃないか。さすが私の相棒だ
私は人間に抱き着き、『よくやったな』と褒めるために顔を擦り付ける。
「お、おぉ? どうしたそんなに甘えて。怖かったのか? よしよし、もう大丈夫だからな」
相棒は抱き着く私をそのまま持ち上げ、再び歩き出す。
『相棒、これからも頼むぞ』
「そんなキュルキュル鳴いちゃって……可愛いなぁ里子は」
相棒は私がいないとダメだ。
そして、私も相棒のことが必要だ。
私はもう独りじゃない。
それがとても、嬉しかった。
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