第3話 里子パワー

 梟娘の『里子』と出会ってから1ヶ月が経った。

 それまで毎週日曜にはペットショップへ赴き、里子の様子を見に行っていたが、今日やっと引き取ることになる。


 初めで会った時は警戒したり、緊張を見せていた里子が今ではすっかりベタ慣れ……とまでは言えないが、一応敵ではないと認識する程度には慣れてくれた。



 梟娘の成長は早い。

 そのため、出会った頃は生後2ヶ月でまだ幼児程度の大きさだったのに、生後3ヶ月になると小学校高学年程度にまで大きくなった。

 茶髪のオカッパ頭も毛並みとツヤが良くなり、ミミズク型の一番の特徴である『羽角うかく』と呼ばれる耳のような毛も少し生え始めた。

 しかし、そんな急成長もこの頃になると落ち着いてきて、大抵の場合はこれ以上ほとんど大きくはならないらしい。


 普通の梟娘、特に『ベンガルワシミミズク』のような大型種が元の場合、本来はもっと大きくなるとのことらしいが、里子は飼いやすいように小さく品種改良された個体のため、中型のインコ娘程度の大きさだ。


 では何故わざわざ大型種の梟娘を小型化するかというと、人気があるからだ。

 

 梟娘自体、鳥娘の中では決して初心者向きではない。

 だが、里子のようにベンガルワシミミズクが元となった娘は聡明で懐きやすく、また体が丈夫のため非常に飼いやすいのだ。

 そして何よりの魅力は"力強さ"。華奢なインコ娘と異なり、梟娘は成長と共に力も強くなっていき、大人になると雀や鳩、カラスまでも見ただけで逃げていくという。


 無論、小型に品種改良されているため本来の梟娘ほど力強くはならないが、それでも野生の鳥を追い払う程度は造作も無いらしい。

 つまり、梟娘の魅力を残しながらも飼いやすくなった里子は人気なのだ。




 ◇◆◇




 ペットショップに着くと、馴染みの店員さんが俺を見て挨拶した。



「こんにちはー! やっと今日が来ましたねー」


「はい。やっと里子を連れて帰れますよ」


「じゃあ、さっそく里子ちゃん連れてきますー」


「お願いします」



 そう言って店員さんは店の奥へ行き、しばらくして例の如く台車に乗せられた里子が運ばれてきた。



「1週間ぶりだな~! 里子ォ~」


「ホッホー」



 相変わらず真ん丸の大きな瞳でキョトンとした表情の里子。

 声を掛けると、返事をしてくれた。



「そうか、そうか。ヨシヨシ」



 俺は里子の返事が嬉しくて、毛並みが良くなった頭を優しく撫でる。

 もちろん、里子が何を言っているのかは分かっていない。

 だが、そんなことは関係ないのだ。


 里子も頭を撫でられると目を細め、撫でて欲しい所に手が行くよう頭を動かしながら楽しんでいる。



「今日はプレゼント持ってきたんだぞ」



 そういって手で持ってきた紙袋から、プレゼントを取り出す。

 中身は梟娘用の着ぐるみだ。


 擬人化した梟娘は、当然人間のように体毛がほとんどない。

 その代わりに気に入った色の服を着重ねる習性がある。

 だけど、それをすれば当然身動きが鈍くなるのだ。


 それを解消するのがこの着ぐるみ。

 里子は茶色が好きなようなので、茶色の着ぐるみを買ってきた。



「店員さん、奥で着せ替えさせてもいいですか?」


「構いませんよー。里子ちゃん、よかったねー」



 俺は里子を乗せた台車をそのままコロコロと転がし、店の奥へ入った。



「よーし、里子。お着替えしようか」



 首を傾げて何事かと窺う里子。



「まず今着てるのを脱いでいこう!」



 そう言って俺は里子が身に纏っている服に手を掛けると、里子はハッとした表情になり、ワーワーと騒ぎだす。



「よーしヨシヨシ! 暴れない、暴れない」



 少し成長した手で、脱がせようとする俺の手をペシペシと叩く里子。

 あまり痛くはない。

 体が大きくなっても、まだ力はそこまで成長してないようだ。


 その後、駄々をこねる子供のように暴れる里子と揉みくちゃになりながらも、何とか全ての服を剥いですっぽんぽんにすることができた。


 里子は少し寒いのか、それとも怯えているのかぶるぶると震えている。



「いい子いい子。じゃあこれ着ようね」

 


 今度は震えているだけで、あまり暴れようとしない。


 思ったよりも楽に着ぐるみを着せることができた。



「おぉ! 滅茶苦茶可愛いじゃあねぇか!!」



 俺は色んな着ぐるみがある中、何にしようか相当迷っていた。



 何が里子に似合うのか――

 梟娘だから鳥の着ぐるみ? いや、安直すぎる。

 里子の可愛さを最大限に活かすもの……一体それは何なのか!



 ――そしてたどり着いたのは、某国民的猫型ロボットの着ぐるみ。

 中に綿が詰められていて丸っこいフォルムに、股下の短いデザイン。

 頭の部分は梟娘の視野が狭くなるためついていないが、首元には鈴が装飾されていて、歩くと鈴が鳴るのだ。



 結果、俺の読み通りこの着ぐるみを纏った里子は滅茶苦茶可愛かった。

 茶色い猫型ロボットの体に羽角の生えたオカッパ頭で真ん丸の目。

 まるで小さなゆるキャラみたいだ。里芋感も損なわれていない。


 里子は少し困惑しているようだったが、自分の手足の動作を確認するかのようにゆっくりと動いていた。

 


「里子似合ってるぞぉ~、可愛いぞぉ~」



 モソモソと動く里子に俺は堪らず抱き着き、着ぐるみのお腹に頬ずりをする。

 里子はそんな俺が鬱陶しいのかギャーと悲鳴をあげた。



「ごめんごめん。よし、それじゃあそろそろ行くか! 里子!」



 俺は立ち上がって里子のモコモコの手を取り、店の出入り口へ向かう。

 里子も俺の後を追うように、ゆっくりとした足取りでついてきた。



「店員さん。長い間、ありがとうございました」


「いえいえ! また何か分からないことがありましたら気軽にいらしてくださいー」


「ホホォー」


「元気でねー。里子ちゃん」



 里子の購入手続きはすでに済ませており、必要な物などはすでに自宅へ配送してもらっている。

 俺はこのまま店を出て、里子と帰宅することとした。




 帰路についてしばらくすると、どこからかカラスの鳴き声が聞こえてきた。

 それも一羽や二羽ではなく、複数の鳴き声。

 まるで警告かのように鳴り響くそれは、徐々に大きくなっていく。



「ひえー……建物の屋上に結構カラスいるなぁ」



 そんなことを思いながら見渡していると、手を繋いでいた里子が急に立ち止った。

 どうしたかと振り返ると、里子は上空を睨みながら『鶴の構え』を披露していた。


 左右に手を広げて片足で立つあれは里子なりの威嚇のポーズで、俺と初めて会ったときにもしていたのだが、可愛いという感想しかなかった。

 それは少し大きくなった今でも変わらず、里子本人は至って真剣なのだろうがほっこりとしてしまう。



「怖いのは分かるけど……それ可愛いだけであまり効果ないと思うぞ、里子」

 


 俺がニヤけながらそう言った瞬間、目の前の里子が――消えた。

 

 いや、正確には消えたんじゃない。

 着ぐるみについていた鈴の音が頭上から聴こえる。


 つまり――里子は俺の身長よりも高く"飛んで"いた。


 梟娘とはいえ、擬人化したその体に翼はない。

 だが、里子は人間の常識では考えられないほど高く跳躍したのだ。



 突然のことに俺は言葉を失いながらも、里子を追うように見上げた。


 里子の飛び立ったその先には、一羽のカラス。

 屋上から、こちらに向かってカラスが飛び掛かって来ていた。


 そして、里子はそのカラスを迎え撃つように鋭い蹴りを放った。


 蹴りは見事に鈍い音を上げ、カラスの頭に直撃する。



「まじか……」



 シュっと音も無く着地した里子は蹴り落したカラスの頭を押さえるように踏みつけ、周囲を警戒するように見回した。


 すると、それまであったカラスの鳴き声が鳴り止み、カラスたちは一斉に散り散りと飛び去っていった。



「さ、里子? 大丈夫か?」



 とりあえず俺は里子に駆け寄り、里子の体を触って調べる。

 

 一通り調べ終わり、どこにも怪我が無いと確認した後、里子を抱きかかえた。



「ふぅ、無事か。カラスのほうは……、あまり大丈夫そうじゃないけど生きてるな」



 野生のカラスなだけあって、生命力は高いらしい。

 フラフラになりながらも、里子から逃げるように去っていった。



「シャーー!!」


「猫かお前は!」



 逃げるカラスを追いたいのか、着ぐるみの短い脚をバタバタと動かしながら猫みたいな威嚇をする里子。



「……とりあえず、帰ろう」



 俺は再びカラスが現れる前に、里子を抱えたまま帰ることにした。

 



 ◇◆◇




 家に着き、玄関を入って先ほどの出来事を頭の中で振り返る。


 ――可愛いだけのマスコットだと思っていたら、獰猛な狩人だった……。


 俺の腕に大人しくしがみ付いているこの里子が、あのときカラスを撃退した梟娘だとは今でも信じ難い。


 確かに、野生の鳥を容易く追い払えるくらい成長することは知っていた。

 だが、まだ生後3ヶ月と若く、こんなにも小さい体でカラスを退治できるとは想像できなかった。


 俺はゆっくりと里子を降ろし、改めて観察してみる。


 ――うーむ。やはり可愛い……。


 里子は見知らぬ場所に警戒しているのか首をブンブン回し、周囲を見回す。

 そして不安なのか、その身を俺にピタリとくっつけて離れようとしない。


 やはり里子は里子だ。

 臆病で大人しい性格の、可愛い梟娘。



「今日からここがお家だから、ゆっくり慣れてるんだぞ」



 里子の頭を優しく撫で、俺は靴を脱いで部屋に上がった。

 ずっと里子を抱えていたせいで、正直腕も限界に近い。

 まだ固まっている里子には悪いが、少し玄関で待っていてもらおう。


 とりあえず着替えて、顔を洗ってから里子を部屋に持ってくるか――そう思いながら奥へ進もうとすると、俺の服をガシッと掴む手。



「ピェエエエ!!」



 里子が必死に鳴きながら俺を呼び止める。



「え、えぇ!? お前、そんな声も出すのか!」



 なんとなく気付いていたが、梟は色んな鳴き声を持つ。

 里子に会うまでは動物の梟も含めて『ホー』としか鳴かないと思っていたが、実際は『ギャー』だったり、『ワー』だったり、『シャー』だったりと様々だ。



「その内喋ったりして……」



 流石に、人の言葉を話す梟はいないらしいのでそれは杞憂だろう。

 

 俺は疲れた体に鞭を打ち、うるうると涙目で俺を見る里子を引きずるようにして部屋まで運ぶことにした。



 その後、シャワーを浴びてビールを飲む。

 肉体労働のあとの一杯は格別だ。

 それまでの疲れも一気に無くなった気がする。


 俺がシャワーを浴びている間一人でいた里子は、今も部屋の隅に立ちながら上体をぐるぐると回している。まるでチューチュー列車のあの有名なダンスみたいだ。


 あの動作は何かというと、観察している対象との距離を測るための仕草らしい。


 部屋中を見渡し、色んなものの配置を必死に確認している里子。

 


「はははっ、面白い奴だな」



 やっぱり里子を迎えられて良かった。

 仕事に追われていた灰色の生活が一変して、楽しいものとなったからだ。

 

 俺は里子の仕草に癒されながら、餌の準備をする。

 ペットショップの店員によると、もう生肉よりも茹でた鶏肉のほうが好みになる頃らしい。


 俺は茹でた鶏肉を皿に移して少し冷まし、里子のところまで持って行った。



「里子、お待たせ。ご飯だぞ!」

 


 そう言って里子の前にお皿を置く。

 すると、里子は皿に盛られた鶏肉に飛びつくわけでもなく、俺をジーっと見た。

 

 梟娘の性格に依るらしいが、里子の場合は人間から直接与えられたものじゃないと食べないらしい。

  

 可愛い奴だ。



「そうかそうか。よーし、今から食べさせてあげるからな」



 店員さんからは餌をあげる際、必ずスプーンか箸を使うようにと言っていた。

 だが、俺はちょっとした好奇心で手の上に乗せて食べさせたらどうなるのか興味が出た。もっといえば、手をペロペロと舐めてくれるんじゃないかと期待したのだ。


 さっそく俺は掌に鶏肉を乗っけて里子に差し出す。



「里子、ヨシ!」


 ガブッ! 



 里子は差し出された餌に勢いよく喰らいつきモグモグと数回咀嚼して飲み込む。



「おぉ!」



 手を舐めてはくれなかったが、餌を直接手から食べてくれたのは嬉しい。

 俺はまた掌に鶏肉を置いて、里子の前に差し出す。


 

「里子、ヨシ!」


 ガブッ!


「……ん?」


 ガブガブッ



 里子は先ほどのように勢いよく喰らいついた。


 ただしそれは餌の鶏肉ではなく、俺の手。



「い、痛いよ? 里子」


 ガブガブッ


「イタッ、里子離して」



 里子の口から手を抜こうとグイッと引っ張る。

 すると里子はガシッと俺の腕を掴み、離さないようにした。


 そして……



「ホォオオオオ!!」


「痛ぁああああ!!」



 里子は先ほどよりも強く噛みつき、俺は痛みで叫ぶ。

 

 俺の叫び声にビックリしたのか一瞬噛む力が緩み、そのおかげで俺の手は脱出することができた。



「い、痛ぇ……血が出てないのが不思議なくらいに痛い」



 俺は噛まれたところを摩りながら里子を責めるように睨むが、里子は『どうしたの?』と云わんばかりに首を傾げていた。



「……まぁ、悪いのは俺だしな」



 俺は台所から箸を持ってきて、里子にご飯の続きを与える。

 キュルキュルと甘い声を出しながら食べ続ける里子。

 



 その姿は相変わらず可愛い。


 だが、今日の出来事から里子を侮るのだけはやめようと決心した。

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