第2話 梟娘の里子、困惑

 今日も目が覚める。

 


 ――喉が渇いた

 


 私は地べたに置かれた容器の水をゴクゴクと飲む。



 ――ご飯の時間まで、あとどれくらいだ



 代り映えのしない寝床、することもないのでボーっとする。



 ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャー ピィー、ピィー


 ――五月蠅いなぁ



 こことは少し離れたところから、私とは違う種族の子たちが騒いでいた。

 あいつらは数が多いから、一つの寝床に複数いる。

 だから目覚めると仲間同士で騒ぐのだ。


 

 ここは静かだ。

 私と同族の奴はいないから、私はたった独りでここにいる。

 

 独りは落ち着く。

 ご飯の取り合いもないし、喧嘩をすることもないからストレスもない。


 

 ――暇だ



 今日は気分転換に、もう一枚服を重ねてみよう。


 お気に入りのボロボロになった茶色い服。


 それを何着も着重ねて、体を丸くした。



 ――暇だし、もう一度寝よう



 することがなくなったので、再び眠ることした。


 次に目覚めたら、きっとご飯の時間だ。







 

 何かの気配を感じ、目が覚める。



 ――ご飯の時間だ



 目の前にはいつもご飯を置いていく人間がいた。


 こいつは無害だ。

 いつもご飯と水を置いていき、ときどき籠の中を掃除する人間。

 仲間ではないが、敵でもない。


 だけど、今回はいつもと少し様子が違う。


 何かをコロコロと転がしてきて、私を寝床からそれに移した。



 ――おい、どうした。ご飯寄こせ、ご飯



 いくら私が言おうとも、人間には伝わらない。


 諦めて大人しくしていると、私を載せたそれを再びコロコロと転がしていき、私をどこかへ連れて行く。



 ――眩しい



 連れ出された場所は、普段私がいるところよりも明るかった。

 薄暗く、静かな私の寝床とは違い、ここは明るくて騒がしい。


 そして、私の目の前に立つ見知らぬ人間が一人。



 ――こいつは敵だろうか



 私は少し緊張していた。

 見知らぬ場所で見知らぬ人間。

 命の危機が迫っているのかもしれない。



 ――とりあえず、目立たないようにジッとしていよう



 見知らぬ人間は、いつもご飯を置いていく人間と何かを話している。

 そして、話が終わるとそいつは私のことをジーっと観察し、私に近づいてきた。



 ――うわっ、近寄るな! 近寄るな!



 私より体の大きな人間。そんなのに襲われたら危険だ。

 だから私は自分をより大きく見せて、『私は強いぞ』と警告する。


 すると、人間は『スンゴイカワイー』と訳の分からないことを言って私を触ろうとしてきた。



 ――やめろ、やめろ、触るなバカ



 私は怖くなって、闇雲に手を振り回した。

 

 人間は怯まずにどんどんと手を伸ばしていき、私の手と当たってしまう。



 ――ウワァアアア! 怖いー!



 私は慌ててしまい、後ろにコロンと転んだ。


 服を着込みすぎたせいで自力で立ち上がることができず、仰向けになってお腹をみせてしまう状態になってしまった。



 ――ぎゃあああああ…………あれ?


 

 必死に鳴き喚く私を、人間は優しく持ち上げて抱きかかえた。


 

 ――もしかして、助かるのか?



 ブルブルと震えながら、恐る恐る人間を覗いてみる。


 すると、人間はおもむろに生肉を私の口元へ運んできた。



 ――そういえば、腹が減ってたんだった



 私は本能のまま、パクりとご飯に喰らいついた。


 

 ――おいしい! おいしい!!



 次々と運ばれてくるご飯を私は食べ続けた。

 緊張して疲れたせいか、普段よりもご飯が美味しく感じる。


 人間は私が満腹になるまでご飯を与え続けると、次に頭を撫でてきた。


 それが思いのほか気持ちよくて、私は次第に人間への警戒感を薄めていった。



 ――もしかしたら、この人間はいいやつかもしれん


 

 しばらくして、人間が私を撫でる手を止めた。

 

 私はまだ満足していなかったので、催促するためにギュッと人間の服を掴んだ。



 ――おい、もっと撫でろ



 すると、人間は私に向かって何かを話しかけてきたが、私にそれが分かるわけがないので無視して催促を続けた。



 ――はやくしろ。さっきの、もっとしろ



 私は頭をグリグリと押し付け、何とか意図を伝えようとした。


 それが実を結んだのか、人間は私の頭を撫でてくれた。



 人間はその後もしばらく私を撫で続け、そして再び私に向かって話しかけてきた。

 何を言っているのかサッパリ分からないが、何度も『サトコ』と叫んでいる。

 もしかしたら、私のことを『サトコ』と呼んでいるのかもしれない。


 伝わらないのに、こんなに話しかけてくる人間は初めてだ。

 私は奇妙な人間だと思いながらも、この人間に興味を持ち始めた。



 その後、その人間は再びいつもご飯をくれる人間と話をし始めた。

 私は抱きかかえられたまま、その様子をジーっと観察する。

 

 話が終わると人間は私をそっと地面に下ろし、話しかけた。



「しばらくの別れだ、里子。日曜日には顔を出しに来るよ」



 そう言って、人間は手を振りながら去っていく。


 相変わらず人間の言葉は分からないが、『サトコ』という言葉を聞くと嬉しい気持ちになった。


 私は、無駄なことだと分かっていても声をかけることにした。



『またな』



 きっと、伝わってはいないだろう。


 しかし、あの人間とはまた会える気がする。


 だからきっと、この会話は無駄にはならないはずだ。

 

 

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