独り暮らしにペットを添えて
秘密基地少年団
第1話 初めての梟娘
今日も仕事が終わった。
時刻は22時。今日は日を跨いでないので早く帰れた方だ。
おまけに明日は日曜日で休み。嬉しい。
大学を卒業して、やっとの思いで入社したゼネコンはブラック……とまでは言わないまでも、限りなく近いものだった。
朝5時半に起床し、6時に自宅を出て、7時には現場事務所に着く。
上司が出社するまでにゴミ出しやら掃除を済ませ、8時からの始業準備をやる。
始業から10時半の休憩まではやたら忙しく、朝礼が終わると若手の社員は作業員の受け入れ手続きから作業内容の指示確認、資材搬入の立ち合いと写真撮影を滞りなく行わないといけない。
はっきりいって、そんなの一人で出来るわけないのだが時間は勝手に進んでいくので結局全部なぁなぁと中途半端になりながら誤魔化している。
その後も作業員に呼び出されたり、先輩社員にコキ使われたりしながら現場を駆け回り、自分の書類仕事ができるようになるのは夕方の6時頃になることがほとんど。
この時間になると現場事務所で一番上の人、いわゆる所長なんかは仕事を副所長に丸投げしてルンルン気分で帰宅していく。
正直イラっとはくるが、事務所にいられても仕事を振ってくるだけなので正直帰ってもらった方が気が楽になる。
そして、明日の作業に支障が出ない程度にデスクワークを済ませる頃には大体終電間際だ。
これが、大体週6で続く。
余裕のある月は4週6休で土日休みの週もあるが、余裕が無ければ週休ゼロも普通なので、平均すれば結局週休1日だ。
だから金曜日の帰りの電車、他の社会人が『花金だ』と喜んでいると羨ましくて仕方がない。
まだ残業代が40時間分までは出されているので、他の同業他社に比べればいい方……なのだろう。
貯金だけが貯まり、しかしそれを使う時間のない生活をしてもう5年。
20代という若さもあと数年で無くなるという現実。
はたして、このままでいいのだろうか……?
一度芽生えた疑念は、気付けば心の中に深く根差していた。
――何か、何か癒しが欲しい。
だけど、恋人なんて作る時間も無いし、それはそれで新たなストレスを産みそうで不安になる。
そんなことを考えながら無意識に操作していたスマホ。その画面に映るペットの広告が偶然目に入った。
「ははっ、飼える時間もねェよ……」
そんな言葉が思わず零れる。
だが、想像してしまった。
家に帰ると出迎えてくれる可愛いペット、癒しを……。
俺は翌日の日曜、ペットショップに足を運んでいた。
貴重な休日を使い、飼えるはずのないペットを見て、俺は何がしたいのか。
「バカだなぁ、俺って」
分かってはいても、止められない。
俺はそんな自分の脚に従い、店の中に入る。
「いらっしゃいませー。今日はどのようなものをお探しですかー?」
「あ、えっと……じゃあ鳥類を」
「鳥類ですねー。こちらの方になりまーす」
店に入ると、ショップの店員がすぐに要件を聞いてきた。
俺は咄嗟に鳥類と答える。理由は、小さい頃にインコ娘を親が飼っていたからだ。
俺は案内についていき、鳥コーナーに入る。
周りには大きな鳥かごでピヨピヨと戯れている鳥型のペットたち。
「あ、今ちょうど雛に餌をあげてるので、よければどうですか?」
「へぇー、いいんですか?」
「もちろん! 今から連れてきますねー」
そういって店員が店の奥に入り、しばらくして台車に雛を乗っけて連れてくる。
台車の上にいる雛は、人間でいえば幼稚園児くらいに幼い。
外見は茶髪のオカッパ頭に大きくて丸い瞳、そしてもっさりした服を着こんだ真ん丸の胴体という、なんとも愛らしいものだ。
「まだ生後二ヶ月なんですよ」
「丸くて可愛いですね」
「あ、これ服を何枚も重ね着をしているだけで、実際は細身なんです」
「ほぉー、そういうのは動物の方と同じなのかぁ」
この子は動物と違い、見た目もほぼ人間なので性別が雌だというのは分かる。
この雛の鳥娘は、急に連れてこられたせいかただでさえ丸い目をさらに丸くさせながら固まっている。
「この子、臆病なんですか?」
「結構人見知りですねー。あ、でも餌はもらえれば誰の手からでも食べますよ」
「ははっ、都合の良い奴ですね。……ところで、この子は何の種類です?」
俺の知っているインコ娘とは、少し違っていたので気になっていた。
それに、生後二ヶ月にしては大きい。
「この子はベンガルワシミミズクっていう梟型なので、梟娘です」
「梟……どれくらい成長するんですか?」
「基本的にはすくすくと成長して人間の大人みたいになるんですけど、この子は成長してもあまり大きくならないよう品種改良されてます」
「あぁ、大型の子を飼いやすいようにしたってやつですか」
「はい。小さくなる分、ご飯の量もそこまで多くはなりません」
「へぇー」
俺は店員の説明を受け、もっとよく観察しようと梟娘に近寄る。
すると、固まっていた梟娘が動き出し、妙なポーズを取り始めた。
その姿は、まだ短い腕を広げて片足で立つというもの。
まるで、昔の映画ベストキッズに出てくる鶴の構えみたいだ。
「……これは?」
「この子なりの威嚇のポーズです。自分を大きく見せようとしてます」
「すんごい可愛い」
俺はあまりの可愛さに、頭を撫でようと手を近づける。
威嚇なのか、何とも言い表せない鳴き声を出し、小さい手でペシペシと俺の手を叩く。そして、自分から触ってきたにもかかわらず俺の手に当たるとビックリしてコロンと後ろに転んだ。
とても可愛い。
「鳴き声を聴くと、人間っぽい見た目でも人間じゃないって分かりますね」
「ですねー。もう少し成長すると、耳みたいな毛が頭から生えてきますよ。それがこの子たちの特徴で、とても可愛いんです」
「なんと。さらに可愛くなるんですか」
「さらに可愛くなります」
もっさりした服を着込みすぎて身動きしづらそうに転がっている梟娘を見る。
慌てているのか『ギャ~』と言っているような独特の鳴き声を出していたので、俺は抱きかかえるようにして持ち上げた。
「あ、固まった」
「きっと緊張してるのかもしれません。餌をみせれば動きますよ」
持ち上げてみると梟娘は小刻みに震えながら体を強張らせていた。
まだ雛ではあるが幼児ほどの大きさがあるため、ずっしりと重さを感じる。これが命の重みってやつか。
梟娘の様子をみて、店員は台車と一緒に持ってきたタッパーを取り出し、中身をスプーンで掬いあげて俺に渡してくる。
「これは……生肉?」
「はい。鶏の生肉です」
「なんか、普段見てるのと違って赤いですね」
「人間用のは血抜きされたやつですから。この子も成長したらボイルした鶏肉の方を食べるようになりますけど、今は栄養価の高い生肉がいいんです」
「へぇー」
俺は見慣れない生肉に少し緊張しながらも、梟娘の口元に持って行った。
すると、先ほどまで固まっていた梟娘は素早い動きでスプーンの上の肉をパクリと飲み込み、もぐもぐと咀嚼した。
「おぉ……おぉ!」
俺は、自分の手で与えた餌を食べてくれたことに感動を覚えた。
そしてこの抱きかかえた梟娘に対して、深い愛情が沸き出してくる。
これが父性なのか。いや、もはや母性なのかもしれない。
俺は次々と餌を与え続けた。
「すごい食べますね!」
「育ち盛りですので。でも、普段よりもたくさん食べてると思います。きっと、お客様に慣れて安心しているのかもしれませんね」
「おぉー! そうかそうか」
心なしか嬉しそうに目を細めて『キュルキュル』と小さな声で鳴いている。
頭を撫でても嫌そうにしていない。
「可愛い。可愛すぎる」
「人見知りの梟娘は初心者が飼うには向いていませんが、まだこの子が雛であるというのとお客様に慣れているみたいなので、知識を身に着ければ飼えますよ」
「本当ですか!? ……いや、でも、俺には時間が……」
そうだ。俺には時間が無い。
可愛いだけで無責任には飼えないんだ。
そう考えなおし、断腸の思いで諦めようとした時、梟娘は俺の服の裾をギュッと掴んできた。
「グッ……は、離してくれ! 里子!!」
「え、もう名前まで付けたんですか?」
「あ、つい。大きい里芋みたいだったので……」
梟娘こと『里子』は、服を掴みながら甘えるように頭を俺にグリグリと押し付け始める。俺はその仕草に堪らず里子の頭をこれでもかというほどヨシヨシと撫でまくり、気が付けば30分以上時間が経っていた。
店員さんも仕事に戻ったのか近くにいない。
二人……いや、一人と一羽だけになり、俺はこの梟娘の里子に決意表明をした。
「……俺、決めたよ里子! 君を飼うために、仕事やめる!!」
「?」
「うんうん、そうかそうか。嬉しいか里子」
「??」
里子は首を傾げて『何を言っているんだコイツ』という風に俺を見ている。
まだ幼い里子には難しい話だったのかもしれないが、俺はもう決めたんだ。
俺はその後、店員さんに購入の意志を伝えた。
だが、流石にすぐ会社を辞めれるわけではないので、1ヶ月程はペットショットで面倒をみてもらうことになる。
ちなみに里子のお値段は、税込みで100万を超えるというそこそこお高いものだったが、今まで使ってこなかった貯金のおかげで難なく買える程度だ。
他にも飼育に必要な物を店員さんに見繕ってもらい、1ヶ月後に引き取る手配をして俺は店を出た。
別れ際、梟娘の里子はジーっと俺のことを真ん丸の瞳で追う。
その視線に後ろ髪を引かれる思いをしたが、少しの辛抱だと自分に言い聞かせた。
「しばらくの別れだ、里子。日曜日には顔を出しに来るよ」
「ホォー」
里子は大きな目をパチクリとさせながら一鳴きして返事をする。
こうして、1ヶ月後に俺と里子の共同生活が始まることとなった。
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