第330話ブレティラの決意表明

「あの、お姉様……私も皆にお話ししたい事があるのですが、お時間頂いても宜しいですか?」


 ブレティラが皆からの祝福を受けたあと、私の服の袖を引っ張り、少し照れた様子でそんな事を言ってきた。


 もう、ブレティラってば、なんて可愛いのかしらっ!


 こんなにも可愛いブレティラが話したい事があると言えば、それに反対する者などこの場に……いいえ、この世界のどこにもいるはずがない!


 私は「勿論!」と笑顔を返し、ブレティラを皆が見渡せる場所へと移動させると、皆に声を掛けた。


「皆様、少し宜しいでしょうか? ウチの可愛いブレティラが皆様にお話があるそうですの、オホホホホ」


 ご機嫌な私の声掛けを聞き、皆がブレティラに大注目をする。


 ブレティラはそんな中緊張する様子も見せず綺麗なカーテシーを披露し、令嬢らしい姿を見せる。


 あのお転婆なブレティラがいつのまにかこんなにも成長し、淑女らしくなっている。


 友人達皆も私と同じ気持ちなのだろう。


 心の中で涙を流し、感動している事が手に取るように分かる。


 本当、ブレティラってば、良く出来た子だ!


 ブレティラはしっかりとお辞儀をしたあと皆を見まわし、そして少し緊張した様子で話し始めた。


 その姿はもう幼い子供とは呼べず、しっかりとした侯爵家の娘だった。


 


「私はずっと大好きなお姉様に憧れていました。だからお姉様のようになりたくって剣術も習ってきたし、魔法も……内緒だけどお勉強してきました」

「ブレティラ……」


 ブレティラが私に憧れていたと言う言葉が凄く嬉しい。


 もう涙が止まらない!


 まるでこれまでゲーム設定に負けないようにと頑張ってきたご褒美を今貰ったみたいだ。


 だけど……ブレティラがお転婆になった理由は、もしかしたら私のせいかも? と思うとちょっとだけ胸が痛む。


 それに魔法の勉強をしていたって……それもきっと私の影響だよね。


 そんな複雑な心境に駆られながらも涙する私に、ブレティラはニコッと可愛い笑顔を向けると、また話し出した。


「私のお姉様は素晴らし方で、私よりも小さい頃からこのスピネル侯爵家の為に、そしてダイアモンド王国の為に活躍してきました」


 皆がブレティラのお褒めの言葉に 「うんうん」 と頷くが、私は内心冷や汗タラタラだ。


 ブレティラより幼い頃から……と言われても、私にはポンコツながら前世の記憶があったから、色々とやってこれた……とも言える。


 それもこの国の為、と言うよりは……悪役令嬢としての断罪から逃げる為に活動していたと断言できる。


 うん……完璧な自己中だ。


 それに剣術を習った事だって、そもそも自分を……いいえ、ジェイデン様を守りたかったからだ。


 魔法だって同じだ。


 何があってもスピネル侯爵家の皆を逃げさせる為に覚えたともいえる。


 そもそも私はこの国の発展とかまったく考えていない。


 推しであるジェイデン様を幸せにする為に頑張ってきた……そんな邪な思いだ。


 インタリオ商会と手を結んだ事も、ジュエプリの推しグッズ製作のため。


 ハッキリ言って、私利私欲だ。


 純粋なブレティラからの賛美に顔が引き攣りそうになるが、ここで水を差しては姉が廃る。


 どうにか笑顔をブレティラに向け、姉らしさを保ってみせる。


 だけどアイリスは私の本性を知っているからだろう、笑うのを我慢するかのような酷い顔になっていた。


 そんな拷問のようなブレティラからの称賛の言葉を暫く聞いたあと、今度はブレティラは真剣な表情になり、自分の想いを語り出した。


「私は……いえ、私も、お姉様のようにこの国の為に何か出来ないだろうか、とずっと考えていました。お姉様がこれから発展させようとしている魔道具関係の事は私の弟になったニコラがしっかりと引き継いでくれます……」


 ブレティラの視線を受け、ニコラが頷き胸を張る。


 ニコラも自分のやるべき事を、そしてやりたい事を、幼いながらもしっかりと掴んでいる。


 ブレティラはそんな自分の夢の相棒であるニコラに一つ頷き、そしてまた話を続けた。



「そしてインタリオ商会は、アイリスちゃんがお姉様と一緒に動いてくれているので、私が手助け出来る事は残念ながらあまりないでしょう……」


 ブレティラは今度はアイリスに視線を送る。


 アイリスの場合スピネル侯爵家とか国の為とかではなく、自分の食べたい物の為にインタリオ商会に足を運んでいるので、思考は私と似ている。


 だからなのか何なのか、ブレティラの言葉を受け困ったような表情を浮かべながら小さく頷いた。


 ヒロインがそんな仕草を見せると、まるで「私なんて……」と謙遜しているように見えるから不思議だ。


 ブレティラはそんな遠慮気味に見えるアイリスに頷き返し、そして今度は自分がこれからどうしたいのかを話だした。


「私のお友達で体の弱い子がいます……」


 それはきっとルシファー君の事だろう。


 だからだろう、ブレティラは今度はラファエル君に視線を送った。


「私は健康に恵まれて生まれたので、自由に走ったり飛んだり魔法を使ったり出来るけれど、彼は体を気にしながらで無ければ動けないし、いつも苦しそうです……私はそんな彼と出会ったことで病気という物を本当の意味で知ることが出来ました……」


 ラファエル君がブレティラを見つめ頷く。


 ルシファー君の病気の苦しみをずっと見てきたラファエル君には、ブレティラの言葉の重みがよく分かるのだろう。


 私のお母様と同じ病気だったルシファー君。


 お父様が薬を開発しなければ、ルシファー君は命を落としていた可能性が高い。


 それに今もまだルシファー君は本当の意味で健康になったわけではない。


 今も尚薬を飲み続けているし、自由に外に出たりなどは出来はしない。


 制限がある中での生活を幼いルシファー君は強いられている。


 これまでずっと自由に生活してきたブレティラにとってルシファー君との出会いは色々と思う事があったようだ。


 だからこそブレティラは、友人の為に何かしたいとそう思った。


 ブレティラの成長が凄すぎて、私は涙を流しながら呆然とするしかなかった。


 ブレティラ……貴女、本当に凄いよ!


「今回の属性検査で、私はとっても有難い事に魔法界の神様から全属性を頂きました。それは私がやりたいと思った事の手助けになる……とても有難い事でした。お父様とお母様には属性検査の帰りの馬車の中で私の夢をお話ししたのだけど……私はこれからカジミール製薬に通って誰もが幸せになれる、そんな薬を開発したいと思っています……」


 薬。


 ブレティラが言う ”幸せになる薬” とは全属性の者が作れると言われている万能薬の事だろう。


 ルシファー君を本当の意味で治して上げたい、ブレティラはそう思ったのだ。


 ブレティラはマリア様の兄であり、ジェイとブレティラの叔父であるヨハネさんと初めて顔を会わせた後、手紙のやり取りをする中で、薬草の話を詳しく聞き、尚更薬作りに興味をもったようだ。


「たぶんすぐには私が作りたいと思う薬は出来ないと思います。これは一生を掛けて取り組むべき事柄だと私は思うのです。だからどうか皆様、私に少しだけ力を貸してください。私は病気や怪我で苦しむ人をこの国から無くしたいんです。一人では叶えられないほど大きな夢だけど……だけど皆が応援してくれればきっと私でも出来る気がするんです。どうか皆さん、お力を貸して下さい、私の夢をちょっとだけ応援してくださいませんか?」


 ブレティラはそう言って深く深く頭を下げた。


 皆からの応援、それは知識だったり、万能薬を作るための材料集めだったり色々だろう。


 皆がブレティラの夢を聞き、拍手で応援すると宣言してくれる。


 温かく大きな大きな拍手を受けて、ブレティラはホッとしいつもの笑顔を皆に返した。


 そんな中ラファエル君がブレティラに駆け寄り、ブレティラをギュッときつく抱きしめる。


 たぶん「有難う」とブレティラに伝えたのだろう、拍手の音でその言葉は私達には聞こえ無かったが、ブレティラはラファエル君を抱きしめ返すと笑顔で頷いていた。


 ブレティラの夢の大きさを、そしてブレティラという少女の器の大きさを目の当たりにし、私はジェイに嫌われたとかそんな小さなことでウジウジと悩んでいた自分を恥じた。


 ブレティラが私に憧れてくれるのならば、それに見合うだけの人間になりたい。


 憧れの姉としていられるように、努力し続けたい。


 ゲーム設定にいつまでも怯えているのは終わりにしよう。


 ブレティラに拍手を送るジェイデン様を見つめながら、私に出来る事を全力で行おうと改めて決意した私だった。

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