第327話ブレティラとニコラの属性検査報告

「ブレティラ、ニコラ、お帰りなさいっ!!」


 属性検査から誇らしげな様子で帰って来たブレティラとニコラに、私は勿論飛びついた。


 兎に角先ずは怪我もなく、事件もなく、何の問題もなく、無事に帰って来た事にホッと胸を撫で下ろす。


 無事の帰還に思わず涙が出そうになるが「お帰りなさい」とまた声を掛け二人を存分に撫でまわした。


 だけどお父様だけは馬車から降りることなく、ブレティラとニコラとマリア様を屋敷に送り届けただけで、すぐさま王城へと向かって行ってしまった。


 その様子にブレティラとニコラの属性検査の結果が私にはすぐに分かってしまった。


 ああ……やっぱり二人も全属性になったんだね……と


 ジュエプリの世界の中、スピネル侯爵家は兎に角貴族から妬まれる設定になっている。


 何より途轍もない財力があり、そして筆頭侯爵家としての地位もあり、その上私が ”王子の婚約者(未来の王妃)” という立場までも手に入れているからだ。


 そして本来ならば悪役令嬢カメリアがジュエプリのゲームの中でその力を使い、我儘放題にやりたい事をやりまくったことで、妬む貴族達が何もしなくてもスピネル侯爵家は破滅の道へと落ちて行くのだけど……


 今カメリアである私は、そんな余計な事は全くする気は無い。


 平凡で穏やかな生活……私が望む物はそれだけだ。


 なので出来るだけ周りに愛されるよう、良き令嬢でいるため、色々と努力し、多分周りからは嫌われずに済んでいる……はずなのだ……(自信はないけどね……)


 だからもし私が悪役令嬢道へと進まなかった事で、同じスピネル侯爵家の娘であるブレティラに、その不運な運命が降りかかってしまったら? と、私は今回の属性検査でそんな恐ろしい補正を考えてしまったのだ。


 いやいやいや、カメリアは元々火属性しか貰えなかった子だから! と私の中の私がそれを否定する。


 それにもしブレティラが悪役令嬢道に入るならば、養い子のニコラだけが全属性を受け、ブレティラは火属性という結果になるはずでしょう!


 そしてニコラに嫉妬するブレティラ……


 こんな良い子のブレティラがニコラに意地悪なんかするはずがない!


 それになんて言ったって、ブレティラは天使かと思う程の素晴らしい子だもの!


 ジェイの妹であり、マリア様の娘であるブレティラは、悪役令嬢カメリアの様な、人を妬んだり羨んだりするような子ではない!


 だから大丈夫!


 絶対大丈夫!


 そう思いながらも、やっぱり少しだけ不安が拭えない私だった。




「それでですね! あの検査魔道具は凄かったんですよ! 僕の魔力を感知して魔石を作り出したんです! あんな凄い魔道具、絶対に簡単になんか作れないですよー!」


 普段どちらかというと大人しいはずのニコラが興奮した様子で属性検査の結果報告をしてくれる。


 マリア様もジェイも、ニコラのそんな年相応な様子を優し気な笑顔で見つめている。


 だけどそのニコラの横に座るブレティラは何故かとても大人しく、何かをジッと考えているように見える。


 属性検査でやっぱりブレティラに何かあったのだろうか? とドキドキしてしまう。


 ここはやっぱり姉として 「ブレティラ、どうしたの?」 と何気なく聞いてみた方がいいよね? 


 私が不安からそんな決意をしていると、ブレティラが急に立ち上がった。



「お母様、お姉様、お兄様、私、少し疲れてしまったのでお夕食までお部屋で休んで来ても宜しいですか?」

「まあ、ティラ、大人しいと思っていたら疲れていたのね。ええ、ゆっくり休みなさい。マイ、ブレティラを部屋へとお願いね」

「はい、畏まりました」

「ティラ、ゆっくり休んでおいで」

「ブレティラ様、僕、はしゃいでしまってすみません、ゆっくり休んで下さいね」


 ブレティラは皆の声掛けに「大丈夫」と頷くと、マイと共に応接室を出て行った。


 普段のブレティラならばニコラと一緒に属性検査の事で騒ぎそうなものなのだけど、何かをジッと考えているそんな様子に、私の抑えていた ”ブレティラ悪役令嬢道” への不安がまた膨れ上がった。


「ブレティラ……大丈夫かしら……」


 悪役令嬢道への不安から思わずそう呟いた私の言葉に、マリア様やジェイは 「心配し過ぎだ」 と笑うだけだった。


 






「何だと、ブレティラとニコラが全属性だとっ?!」

「はい……陛下、二人の魔石はこちらに……」


 王城にてカジミールは国王であるセラフィム・ダイアモンドと向かい合っていた。


 室内には勿論騎士団長のダイナ・ジェイダイトと宰相のモーリス・アクアマリンもいて、カジミールの報告を聞き、頭を抱えている。


 国内だけでなく、世界中を見渡して見ても全属性の子が出る事自体稀な事。


 なのにこのダイアモンド王国のスピネル侯爵家だけに、その全属性持ちが四人も集まっているのだ、三人がカジミールの報告に驚くのも当然だった。


 スピネル侯爵家の子供であるカメリアやジェイデンに対する悪い噂がやっと収まったところで、また妬まれる結果が出てしまった。


 スピネル侯爵家特別扱い。


 またその噂さが貴族間で立つことは確実だろうと、セラフィム、ダイナ、モーリスは頭を抱えているのだ。


「確かに……この魔石を見れば一目瞭然だな。ブレティラとニコラは全属性……これは下手に隠すよりは早めに披露する方が良いだろう……」

「はい。出来るだけ早く我が屋敷で茶会を開き、王城での夜会にもブレティラとニコラを出席させたいと思っております」

「うむ……そうだな……だが、そうなると一番心配なのはニコラか……?」

「はい。ですのでニコラはこれを機に我が家の養い子ではなく、養子にしたいと思っております。全属性持ちですからスピネル侯爵家の養子になっても平民出身だと馬鹿にする者はいないでしょう……」

「うむ、それが良いだろう。それにスピネル侯爵家の名が元平民だったニコラを守ってくれるだろう。それとニコラがミスティック伯爵の弟子である事も披露した方がいいな。認知され始めた魔道具の教授の立場を高めるチャンスでもあるからな」

「はい。有難うございます」


 ニコラは平民出身でスピネル侯爵家の養い子だ。


 そのままの立場であれば、嫌な横槍が入り、ニコラを奪おうとする者が出る可能性もある。


 それも国内だけでなく、国外からも狙われる事だろう。


 ただの養い子であれば貴族家の養子縁組の申し出に断りを入れるのは難しい。


 なのでその前にニコラは ”スピネル侯爵家の子共である!” と披露する。


 これで無理矢理ニコラを奪おうとする愚か者は減るはずだ。


 ただし、それでも不安は残る。


 ニコラを元平民だと馬鹿にするものは必ずいるはずだ。


 なのでミスティック伯爵の弟子であることも認知させる。


 占い魔道具とカメラ魔道具のお陰で今やミスティック伯爵は天才だと一目置かれているのだ。


 その弟子となれば、馬鹿にするものも減るはずだろう。


 何と言ってもミスティック伯爵は国王から直接恩賞を受けた実力者なのだから……


 今カジミールがブレティラとニコラを守る為一番やらねばならない事は、筆頭侯爵であるスピネル侯爵の力を見せ付ける事だろう。


 文句があるならかかってこいやー!


 スピネル侯爵家の本当の実力こそ、妬む輩を物理的に黙らせる最高の手段なのだから……



「カジミール、どうする? いっその事新しく ”スピネル国” でも立ち上げるか? んん? おまえが本気になれば国を立ち上げる事など出来ない事でもないだろう?」

「止めてください! 冗談じゃない! 私の夢は魔法の研究をしながらのんびりと暮らす事なんです。スピネル家の領主だって本当はカーティスに譲りたかったぐらいなのに……」


 ブツブツと文句を言いつつ怒り出したカジミールを見て、セラフィムもダイナもモーリスも苦笑いを浮かべる。


 昔から魔法バカと呼ばれる変人カジミールは、皆が欲しがる地位や名誉に興味がない。


 なのに不思議とそれがついて回るという星の下に生まれてしまった男、それがカジミール・スピネル。


 いや、スピネル侯爵家の人間自体皆がそういう性質の持ち主ばかり……というのが正しいのかもしれない。


 だからこそここまでの名家となったともいえるのだが……評価を欲しがる周りの欲深い人間たちからすれば、「何故アイツばかり」 とカジミールの存在は腹立たしい物でしかないだ。


 ならば自分達がどうにかしてスピネル家を守らなければ……


 セラフィム達がそう願う程、スピネル侯爵家とはダイアモンド王国にとって重要な家であることは間違いないのだった。


「ふむ……だったらルシファーとブレティラを婚約させ――」

「ダメです! 嫌です! あり得ない話です!!」

「ハハハハッ、カジミール、まだ話の途中だろう、そんなに怒らなくても――」

「ダメです! ぜーったいに許可しません! 第一カメリアが既にラファエル様の婚約者なのです。姉妹で王家に嫁ぐなどあり得ないことです! 尚更周りから妬みを受ける事確実です。なあ、ダイナとモーリスもそう思うだろう、姉妹で王子妃など許可できない事だろう?」


 ダイナもモーリスもカジミールの勢いに苦笑いのまま頷くしかない。


 全属性持ちなので特例として姉妹妃を設けてもいいが、ブレティラまで王家に嫁ぐと決まったら、カジミールが爆発しそうなので賢く黙っている。


 だったらムーンストーン王国との友好を深めるためにヴァルラム王子に嫁がせるか? という話がモーリスから出るが、それはカジミールだけでなく、セラフィムも良い顔をしなかった。


 優秀な人材が他国へ流れることは国王としては認められない。


 そしてカジミールの方は、男親として恋多き国の王子であるヴァルラム王子にはブレティラを嫁がせたくはないようだった。


「だが、カジミール、早めに婚約者を決めなければ困るのはスピネル侯爵家とブレティラ本人だぞ?」


 ダイナの言葉にセラフィムもモーリスも頷く。


 全属性持ちの令嬢となれば、婚約の申し込みはひっきりなしとなるだろう。


 その上筆頭侯爵家の娘なのだ、縁を繋ぎたいと思う家は多いはず。


 その言葉を受けカジミールは口を尖らし、子供のような我儘を言いだした。


「ブレティラは無理して嫁がなくてもいいんです。ずっとウチにいればいいと思っています。あとは本人の意思次第ですが……あの子なりに色々と目標がある様ですからね……」

「そうか……幼くても流石スピネル家の娘だなぁ……」


 カジミールの本心は可愛い末娘を誰にも渡したくはないというものだろう。


 長女のカメリアだって本人が嫌がれば、ラファエルとは婚約だってさせなかったはずだ。


 普通の貴族家ならば、ある程度娘の結婚は家の為の物になるが、カジミールにはそんな概念はない。


 そもそもカジミールはそこまで恋愛に興味がないからだ。


 なので本人の夢を優先させたいと、そう思っているようだ。


「取りあえず、先ずは披露を無事に終える事だな……」


 セラフィムのそんな呟きに皆が深く頷いたのだった。

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