第320話ジェイデンの憂い(ジェイデン)

「ドオル……どうしよう……俺、リアに嫌われたみたいなんだ……」

「あー……ジェイデン様、安心して下さい。どんっな事があってもそれだけはあり得ませんから!」

「でも……」


 最近俺はカメリアに避けられている。


 理由は分かっている。


 アイリスにも注意されたけれど、俺がカメリアに何か傷付ける様な事を言ってしまったからだ。


 きっとその言葉は『姉とは思えない』と言ったの告白だったんだと思う。


 カメリアはきっとと姉弟でいたかったのだろう。


 家族を愛しているカメリアならば、俺の気持ちを受け入れても、断ったとしても、関係が壊れてしまうことを懸念してしまう気持ちは良く分かる。


 でも俺はどうしても、カメリアに気付いて欲しかったし、カメリアのたった一人になりたかった。


 今はまだラファエル君の婚約者であるカメリアに告白すれば、困るだろうと今ならば分かるのに……あの時の俺は自分の想いを勝手に押し付けたんだ。


 姉弟でいたいと思っているカメリアに、距離を取りたいと思われても仕方ない。


 だけど、やっぱり俺はカメリアの事を諦めきれない。


 俺がカメリアを異性として想っている事が、カメリアには負担だったとは分かっている。


 弟からの告白は家族の仲を壊す可能性があるから……だから、また同じことにならないように、カメリアは俺を避けているのだ……



「ジェイデン様、安心して下さい。カメリア様がジェイデン様の事を嫌うなんてことは、この世界が滅亡したとしても、絶っ対にあり得ないですから!」

「うん……そうだね、ドオル、有難う……」

 

 弟としては……そうかもしれない。


 だけど異性としては違うのだと分かる。


 ドオルは俺がカメリアに告白した事を知らない。


 だから絶対だと言えるのだ。


 俺の姉だから……


 可愛い弟を、心優しいカメリアが嫌うはずがない。


 ドオルはそう思っている。


 そう……



 カメリアを一人占めしたいという、俺の邪な思いを知らないから……




 例えばブリティラが俺を好きだと言ったとしたら……


 きっと俺は一時の気の迷いだと、距離をおくことだろう。


 カメリアもきっとそう思ったのだ。


 俺のこの想いは、姉を思う気持ちの延長上、今だけの気の迷いだと、そう勘違いしたに違いない。


 だってあの時は……


 あの学園祭の告白の時は、俺の気持ちを全て伝えられる事が出来なかった。


 だからこそ、俺はもう一度きちんと告白し直したいと思っている。


 だけど……


 これ程カメリアに避けられている今、それが不可能な気がしてならなかった。

   





『ああ、そうだ、ジェイデン、君はアルトパーズ侯爵家のローズマリー嬢と特別な仲なのかなぁ?』


 カメリアと気まずい毎日が続くある日、父上からそんな驚く言葉を掛けられた。


 あり得なさ過ぎる話に、思わず「えっ?」と驚きの声が漏れる。


 隣に座るカメリアに視線を送れば、涙目になりメイに背中を摩られていた。


 アルトパーズ侯爵家の令嬢ローズマリーは、事あるごとにカメリアに突っかかってくる不思議な子で、何度もカメリアは嫌な思いをしてきている。


 だからきっと父上の言葉を聞き、何か辛い事を思い出したのだろう。


 その上俺があのローズマリーに対し、不埒な行為を行なったと、そんな手紙まで来たことを、父上がカメリアの前で話した。


 カメリアの驚きとショックは相当なものだったと思う。




 それにしても……


 ローズマリー嬢には本当にやめて貰いたい。


 どうやったらそんなあり得ない事を言いだせるのか、あの子の頭の中がどうなっているのか、一度覗いて見て見たいぐらいだ。


 これ以上カメリアに変な誤解をされたくない。


 あんな子が ”俺の好きな子” だと思われたくはない。


 怒りなのか、不安からなのか、恐怖なのか……体から抑えきれない魔力が溢れ出しそうになる。


 父上と母上の俺を呼ぶ声で、何とか気持ちを落ち着かせ、弁明しだした俺を見て、人が悪い父上はなんと笑いだした。



 酷い、酷すぎる! 揶揄うだなんてっ!


 父上の事は尊敬しているけど、一瞬首を締めたくなったよ!



 だけど父上はアルトパーズ侯爵家からの手紙をまったく信じていないし、調べてもくれているとの言葉にホッとする。


 それに同じような手紙がカーティス兄様にも届いたのだと、父上は教えてくれた。


 本当に……あのローズマリーって令嬢は頭がおかしい様だ。


 ラファエル君と上手くいかないからと言って、俺にまで嫌がらせをするのはやめて欲しい。


 チラッとカメリアに視線を送ると、青い顔のまま、まだメイに背中を摩られていた。


 それほどショックだったようだ……


 俺はこれ以上カメリアに距離を置かれたくはない。


 早くどうにかしないと手遅れになるぞ、とアイリスのあの時の言葉が脳裏に過る。


 どうにかしなければ……


 俺の中でそんな不安ばかりが募っていった。




「ジェイデン、どうした? 最近元気が無いんじゃないのか?」

「マッティア君……うん……実はちょっと色々あって……」


 俺の親友であるマッティア君とは、週に一度はどちらかの屋敷で会っている。


 お互いともに本が好きで、マッティア君に至っては小説を書く事にまで手を出している。


 俺はそんなマッティア君の手伝いをすることが好きなんだけど……今日は何だか気持ちが乗らない。


 理由は分かっている。


 カメリアのことがあるからだ。


 でもマッティア君も、実はカメリアの事が好きだと俺は知っている。


 流石にこればかりは話せないだろう……とそう思っていると、マッティア君が思わぬ事を口にした。



「あー、えーっと、もしかして、ジェイの悩みは、元兄上の事か?」

「……えっ? 兄上……?」

「違うのか? メルディス・セルカドニーとアルトパーズ侯爵家の令嬢の、あの噂話で悩んでいると思ったんだが、そうじゃないのか?」

「えっ……? 噂って……マッティア君、どう言う事?」


 思わぬ人物の名前がマッティア君から飛び出し、俺は驚く。


 元兄の事などすっかり頭から抜けていたのに、マッティア君は俺がその人の事で悩んでいると勘違いしたらしい。


 でも何故?


 俺が悩むような事があの人にあるのだろうか?


 おれが首を傾げていると、マッティア君が少し言い辛そうにしながら、「ジェイのところにローズマリー嬢から手紙が来なかったか?」と聞いてきた。


 なので「きた」という意味で無言で頷く、するとマッティア君は苦笑いになった。


 そして自分のところにも、多分同じ内容の手紙が届いたのだとマッティア君が教えてくれた。


 そして色んな男性に辱められたローズマリー嬢を、あの元兄が慰め、支えているらしいと……そんなあり得ない噂話が貴族の間で流れているのだとも教えてくれた。


 あの非道な元兄に、人を励ますことなど出来るはずはない。


 それ以上にあのローズマリー嬢が、辱められた、と言う事もあり得ない。


 どちらかというと、ローズマリー嬢自身が人を貶し、貶めるタイプだ。


 あり得なさすぎる噂話に驚き過ぎて、口を開けポカンとした間抜け顔をしているだろう俺に、マッティアはまた困った顔をしながら話を続けた。


「セルカドニー伯爵子息と、ローズマリー嬢はいずれ婚約をするのでは? と最近そんな噂まで流れているらしい……」

「えっ!」

「もしかしてジェイはその事で悩んでいるのかと思ったが……違うようで良かったよ……安心した」

「あ、ああ、えー、あ、うん……あの、マッティア君、有難う……」


 元兄とあのローズマリー嬢が婚約?!


 それも元兄の献身的な愛の支えによる婚約?!


 噂にしても、大嘘すぎて笑えてくるレベルだ。


 二人を知る人物ならば、誰も信じない噂話だろう。


 けれど外面だけはいいカルセドニー家の息子の話ならば、世間は信じてしまうのかもしれない……


 俺がジッと考え事をしていると、マッティア君が俺の肩をポンっと叩き、今度は慰めるような表情で話しかけて来た。


「あと、あのローズマリー嬢の手紙の件だけど……」

「えっ? ああ、うん……手紙、手紙ね。うん、それがどうしたの?」

「ああ、私が彼女を拐かすとか辱めたとかそんな事実はないと、我が家からも苦言入りの手紙を送っているから安心して欲しい」

「うん、そうか、マッティア君、有難う……ウチも父上が同じ事をしてくれたよ……」

「ああ、なら良かった。だが……アルトパーズ侯爵家は一体何がしたいのか……凌辱されただなんて、娘の評判を落としてどうしたいのか……父上は酷く警戒していた。勿論私もだ……ジェイも気を付けた方がいい。あのアルトパーズ侯爵はスピネル侯爵を逆恨みしているからね……」

「うん、そうだね。俺も気をつけるよ……今日は本当に有難う……マッティア君、君が居てくれて良かったよ……」


 マッティア君の友情を感じながら、俺は自宅へと向かった。


 カメリアを狙っていた、カルセドニー子息。


 そしてアメリカを恨んでいた、ローズマリー嬢。


 この二人が恋仲だと噂されている。


 それも恋愛好きなダイアモンド王国の中で、弱った女性を健気に支える紳士的な男性として、あの元兄が噂されている。


 嫌な予感しか沸かず、早くカメリアに会いたいとそう思った。


 絶対に俺の手でカメリアを守りたい。


 もしカメリアに嫌われたとしても、その想いは絶対に変わらないと、俺はそう誓った。

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