第318話音楽祭③

 遂にステージの幕が上がる。


 先程まではこの講堂のステージで音楽祭のコンクールが開かれていた事もあり、会場内は緊張感から解き放たれた、安堵の時間のように少しざわついていた。


 けれど講堂内が急に暗くなり、誰も知らぬ音楽が流れだしたことで、皆の視線が一斉にステージへと向かう。


 そんな中、私達ジュエプリ界初のアイドルユニット? 三人娘(イネスはおかんだけど男の子です……多分)の登場だ。


 一気に会場内のボルテージは最高潮へと昇って行った。



「みんなー、盛り上がってるかーい?」


 アイリスが客席へ向けてそう声を掛ければ、ジュエプリ界のヒロインファンの男の子達の野太い声で「うぉーーーー!」という声援が会場内に響きまくる。



「みんなー、僕と一緒に盛り上がろー!」


 もう既にこの国一のアイドルであるイネスが客席へ向けそう声を掛ければ、淑女になる為に幼いころから躾けられている貴族の女の子達だって、我慢できずに「キャーーーー!」と黄色い声援をイネスに送る。


 当然だ。


 だって二人共本当にアイドルだからね。


 なんてったって、可愛さ満載だものね。


 そんな中、可愛い系アイドル二人の間に挟まれた悪役令嬢の私……


 ステージ中央で皆の驚く視線を浴びながらも、とりあえず完璧淑女の笑みはどうにか浮かべているが、既にキャパオーバー、もう閉幕して欲しい気持ちで一杯だ。


 完璧アイドルスマイルを浮かべて会場に手を振るイネスとアイリスからは、「カメリアも何か一言っ!」と、そんな無理な要求と、恐ろしい視線が送られてくる。


 ステージ上から見える、会場ど真ん中の一番良いお席には、私の仮の婚約者であるラファエル君を筆頭に、ジュエプリの攻略対象者達と、そして女の子の友人であるニンファーちゃんや、ディセントラちゃん、ベルちゃん達が驚いた顔で私達を見ている姿が見えた。


 そして勿論ジェイも……姉とは思いたくもない私の奇行を目にし、呆然と言う言葉がピッタリな顔をしてこちらをみている。


 うん、ごめんなさい……


 ジェイは益々私が嫌になるよね……


 悪役令嬢の私が、こんなフリフリヒラヒラキャピキャピしてすみません。


 ええ、分かっています。


 分かっているんです。


 イネスやアイリスとは持って生まれた土台が違う事は……


 でもね! そんな親友二人がこんな私と歌って踊って想い出にしたいって言ってくれたんです!


 だから私は似合わなくたって、笑われたって、構わないし、負けません! 


 悪役令嬢のハイスペックをフルに使い、最高なステージをお見せします!


 学園時代の黒歴史だと言われようとも、親友二人が喜んでくれるなら、私にとってはそれが幸せ。


 悪役令嬢なアイドルをやり切ってみせますよー!





◇◇◇



 音楽祭のコンクールが終わり、教員皆が審査をする為席を立った。


 例年ならば、この時間は自由時間。


 結果が発表されるまでは、皆思い思いに行動する。


 だが、今年はイネスが入学したこともあり、空いた時間にイネスの歌声を聞けることになった。


 イネス・シトリンは既にプロ。


 幾ら学生だからと言っても、まだ素人の一般生徒とコンクールで競わせる訳にはいかない。


 だが、イネスの奏でる姿を見たい、学園祭の時の歌声を聞きたいと要望が物凄かった。


 その為、特別にコンクールとは関係なく歌を披露してもらう事になったのだが……


 生徒たちは今、ステージ中央に立つ妖艶な姿の女子生徒の姿を見て度肝を抜かれていた。


 その筆頭がカメリアの婚約者である、ラファエル王子だ。


 会場中央の席という事は、カメリアが丁度正面に立つ。


 ラファエル王子は余りの衝撃に、言葉を失い、王子としてはダメダメな姿……つまり口をポカーンと開けてステージをただただ見つめていた。


 そして勿論カメリアの義理の弟でもあるジェイデンは、ラファエル王子と同じく、目の前のステージに立つ一人の少女から目が離せないでいた。


 そうクール美人と呼ばれる姉のカメリアが、普段の装いとはまるで違うふわふわっとした可愛らしい衣装を身に付け、笑顔を振りまいている。


 赤く艶やかな髪の毛も、それに合わせ巻いているのだろう。


 いつもは年上の女性のような、同年代の女の子達よりも大人に見える雰囲気のカメリアなのだが、今日はまったくそんな風には見えない。


 カメリアが音楽に合わせ、歌い、踊るたび、衣装から美しく伸びた細く長い手足が、チラリ、チラリと見えるたび、まるで自分たちを誘っているかのように思えてしまう。


 勿論白い手袋を付け、白いタイツも履いているので生足ではないのだが、ただでさえ抜群のスタイルを持っているカメリアの美しくしなやかな足は、スカートの中からチラリと見えるだけで、会場中の年頃の男の子達には魅力以外の何ものでもないらしい。


 普段飄々としているユリウスでさえ、目を見開いたまま、顔を赤らめステージを見つめている。


 異性などこの世にいるとは知らないようなやんちゃなジェイダイト兄弟でさえ、ポカンと口を開けカメリアに夢中だ。


 恋愛関係、女性関係に殆ど興味がない、本の虫マッティアに至っては、目のやり場に困るのか、赤い顔のまま俯いている。  


 だが、カメリアがやはり気になるのだろう、たまに顔を上げては「はっ」とか「うっ」と奇声を発しまた俯くマッティア。


 そしてヴァルラム王子に至っては、「可愛い、可愛いぞ」と皆が思っている言葉を呪いのようにぶつぶつとずっつ呟いていて気持ち悪い。


 見た目は美麗王子、中身はエロ王子。


 だが今はその中身が丸出しのようだ。


 そして学園の教師ツィリルだけは、自分の色気になれているせいか、カメリアの姿にも動じず、自慢のカメラ魔道具で、パシャリパシャリとステージに立つ三人の姿を納め満足そうだ。


 ただし、生徒の中でもこの衣装の事を事前に知っていたであろうジョンだけは、カメリアの女の子の友人たち三人と盛り上がっていた。


「あのスカートのレースは女性の寝間着に好まれる素材なんですよー」と、いけない想像をしてしまいそうな事を楽しそうに自慢している……やめて欲しい。




 そんな中、嫉妬深いと自分自身を分析しているジェイデンは、会場中の男子生徒の視線がカメリアに向いているような気がして、全員殴りたくなっていた。


 勿論そんな事はしないし、出来るはずがないのだが……


 こんなにも可愛いカメリアの姿を、誰の目にも触れさせたくはなかった。


 歌の途中でウインクしたり、首を傾げたり、投げキッスをするカメリアの姿は、魅力的すぎて、危険すぎるのだ。


 見ていたいけど、見せたくない。


 自慢したいけど、独り占めしたい。


 そんな気持ちが溢れて仕方がないジェイデンは、気が付けば息をするのも忘れ、ギュッと手を握りしめていた。


 カメリア……君はどうしてそんなにも魅力的なんだろう……


 誰にも渡したくないのに……



「ジェイデン……カメリアのあれは……あの姿は反則だろう……君は知っていたのか?」


 自分と同じようにステージに視線を向けたままのラファエル王子が呟いた言葉に、ジェイデンは首を横に振る。


「俺もまったく知らなかったんだ……リアもアイリスも何も話してくれなくって、イネスだって当日のお楽しみだからって、練習も来るなって言ってたんだよ……」


 瞬きも忘れステージを食い入るように見つめるジェイデンに、ラファエルは王子は「そうか……」とだけ呟いた。


 自分達が愛しい女性だと認識し、恋焦がれ、愛しているカメリアに、まだ知らないこんな一面があっただなんて……と、ラファエル王子もジェイデンも驚きが隠せない。


「「ライバルが益々増えそうだ……」」


 とラファエル王子とジェイデンから、思わず同じ言葉が漏れる。


 「ハー」というため息と共に、胸が熱くなって仕方ない二人だった。



◇◇◇



 アイリスが選んだ楽曲は、私が殆ど忘れていた、昭和なアイドルの名曲だった。


 たった3曲のお披露目だったけれど、音楽祭は大盛り上がりとなった。


 やっぱりジュエプリ界の、イネスとアイリスのアイドルパワーは凄いらしい。


 二人と一緒に歌って踊りながら、夢中になっている生徒たちを目の当たりにし、これで益々二人のファンが増えるだろうなと、そう感じた。



 そして私達のステージの後に、音楽祭の優秀者達の発表があった。


 今年の結果発表は興奮したままの生徒たちのお陰か? 例年より盛り上がり、その上賞を取った生徒達は、シトリン楽団に入りたい! とそう言ったそうだ。


 目指せアイドル! と、そう思ったのかもしれない。


 音楽祭でイネスの役に立てた。


 それにアイリスとイネスの音楽祭イベントも、これで無事に成功だろう。


 その事にちょっとだけホッとした私なのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る