第316話音楽祭
「アイリス、おはよう」
「ふわぁ~、カメリア、おっふぁよう~」
ここの所の私にはとある事情があり、毎朝アイリスをお迎えに行っている。
でも第一の理由として、ジェイと二人きりで登校したくない……という物があり。
申し訳ないがジェイよりも先に屋敷を出て、なるべく顔を合わせることなくクロサイト家へと向かっている。
家族思いのジェイは、何度か私と話しをしたいと言ってくれた。
だけど臆病な私はどうしてもそれが受け入れられないでいる。
ジェイは優しいから、アイリスに言われてあの学園祭での言葉を撤回しようとしてくれているのだろう……
『姉だとは思えない……』と思わず呟いてしまったジェイのあの言葉は、素直なものなのだと思う。
だけどジェイは優しい。
だからきっと、傷ついた私を見ていられなくなったのだ。
だからと言って「ごめんね」と言われるのも尚更辛い。
それにまた優しくされてもっと好きになって、またジェイに拒絶される様な事が有ったら……
私は耐えられる自信がない。
スピネル侯爵家を幸せにする!
ジェイデン様を幸せにして見せる!
その目標の為に、私は自分の想いを封印すると決めたのだ。
だからどうしても想いが揺れてしまうような、ジェイからの優しい言葉は聞きたくはなかった。
「ふわぁ~。ねみー……まじ、ねみーわ……」
「もう、アイリス、また夜更かししたの? 寝不足はお肌に悪いのよー」
「んにゃ、寝すぎでねみー……歌うってめっちゃ疲れんじゃん、俺昨日帰ってからバタン久太郎だったんだぜー」
「フフフ……アイリスはか弱いものねー。まあ、そこも可愛いんだけどねー」
寝起きボサボサ頭で、スピネル侯爵家の馬車に乗り込んできたアイリスの髪を綺麗にとかしながら、ここの所か弱いながらも朝練を頑張っているアイリスを労う。
「歌う」 とアイリスが言った通り、私とアイリスはその歌の練習の為に朝早く登校している。
そう、間もなくジュエプリ学園では音楽祭がある。
実はこの音楽祭は、攻略対象者であるイネス・シトリンとヒロインが仲良くなるイベントでもあるのだ。
実際のゲームイベントではアイリスの応援でイネスが音楽祭の最優秀者に選ばれるのだが、今現在学園祭で活躍してしまったイネスは、音楽祭では特別枠での出場となり、審査には含まれないことに決まっている。
そう、イネスはゲームの中のイネスよりもこの国で何倍も有名人になっており、もうプロとして扱われているのだ。
ゲームの中でのイネスは王家お抱えの音楽家、そして有名芸術家のミハエル・シトリンの息子、という立場だったけれど、今はイネス自身が有名音楽家なのだ。
その上学園祭で披露したイネスの歌は、この国中でとどまらず、他国にまで素晴らしいと広がってしまった。
ダイアモンド王国ではイネス・シトリンという素晴らしい音楽界の新星が誕生した、と騒がれているのだ。
なので当然その父であり既にスーパースターのミハエル先生は、学園祭のアンコールに登場してイネスと共に歌を披露したために、是非また歌って欲しいと、国内だけでなく海外にまで引っ張りだこで、各国を回り歌を披露しているようだ。
ミハエル先生が喜んでいるからいいけれど……
とんでもない騒ぎをジュエプリ内で起こしてしまった気がする。
まあ、悪い事ではないから大丈夫だよね……
という事で、当然イネスも音楽祭で「また歌って欲しい」と言われてしまった。
イネスは「勿論」と承諾したのだが、実はその時ある条件を出した。
それが学園祭で歌を提供した、私とアイリスの参加だった。
イネスと一緒に私とアイリスが歌を歌う……
どう考えても悪役令嬢のカメリア・スピネルは、歌の発表会的にも、恋のイベント的にも、二人のお邪魔虫でしかないのだが、今やすっかり私の親友であるイネスも、そして心の友であるアイリスも、私の参加を譲らなかった。
「カメリアと一緒に僕が歌いたいんだよ!」
そのセリフはヒロインに言うべきでは? と思うような熱意あるイネスの誘いに否とは私は言えず……
「ティラもニコラもカメリアが歌ったらぜってー喜ぶよなー」
というアイリスの甘い誘惑にも、私は抗う事が出来なかった。
という訳で音楽祭までの期間、私達は音楽部の朝練に参加しているのだが、イネスとアイリスの可愛い系な二人は、意外なほどにスパルタな組み合わせだったのだ。
「発表するのは新しい歌だからね、最初のインパクトが大事なんだよ! カメリア、遠慮気味に唄ったらダメだからね! お腹から声を出して!」
私は出来るだけこのイベントの邪魔にならないようにと、アイリスとイネスの歌声を邪魔しないようにしようと、そう決めていたのだが、それに気が付いたおかんなイネスから檄が飛ぶ。マジで怖い!
腰に手を当てプリプリと可愛く怒るイネスは、意外と……いや、凄く迫力がある。
そう、イネスを怒らす相手であるジェイダイト兄弟には、尚更手のかかるユリウスが加わった為、イネスのおかん力もパワーアップしているようなのだ。
イネスってば可愛い顔をしているのに、目が怖い。
背中にどす黒いオーラが見えるような、幻覚まで引き起こしている。
ジュエプリ界のおかんは、どうやらこの国最強なようだった。トホホである。
「カメリア! 手を抜くなよー、ダンス得意だろう? もっとこうビシュッと手を振って、シュシュシュシューって!」
アイリスは振付担当……
普通に考えれば、既にスーパーアイドルなイネスを真ん中に置いて、私は左右どちらかに配置されるはずなのに、「カメリアは中央な!」 とアイドル界で言う所の、センターポジションで歌って踊らされることになってしまった。
可愛いアイリスやイネスの方が絶対にセンター向きなはずなのにっ!
悪役令嬢のカメリア・スピネルの歌と踊りなんて誰が見たいのよっ!
二人が目立つようにと控えめに踊ろうものならば……
「カメリア、お前の実力はそんなもんじゃねーだろう! 手を抜くな! シュビビビビーだ! やれ、やるんだジョー!」
的なアイリスの鬼教官な檄が飛んでくる。
この二人……くっつけてはいけない最強コンビ。
逃げ出したい、だけど逃げられない。
音楽祭が恐ろしい催し物だと感じた私だった。
「あの……二人共……私はやっぱり端っこの方が……」
「「ダメー!」」
やはりジュエプリ最強はこの二人のようだ。
まあでもこの猛特訓のお陰でジェイの事を考えなくって済むんだけどねー。
スポ根な乙女ゲーム。
ねえ、それ誰も見たくないんじゃないかしら……?
もう違う世界だよね?
どうやら私の困難はまだまだ暫く続くようだった。トホホホホ。
「「カメリア! しっかりー!」」
キャー、怖いよー!
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