第315話お姉様(マリーゴールド)
「お前は、こんな事も分からないのかっ!」
「生意気を言うなっ!」
「何だその目はっ!」
「この、愚か者がっ!」
バシッ! ビシッ! ドカッ! とアルトパーズ侯爵家のある一室からは暴力を振るう音と、罵声が響く。
そのある部屋の隣室にあたる自室で、今就寝の準備をメイドのリーフの手によって施されているマリーゴールドは、青い顔になり体を震わせていた。
罵声と共に聞こえてくる女性の悲鳴。
それが自分の姉であるローズマリーのものだとマリーゴールドは知っている。
どうにかこの虐待を止めさせたいと、姉の部屋に行き父に願い出たところ、教育的躾け(暴力)は益々過剰になってしまった。
「お前は妹にまで迷惑をかけるのか!」
とマリーゴールドが止める声も聞かず、父は口元を歪め姉を何度も叩いた。
(お姉様を助けたいのに……どうすればいいの?!)
姉に向けられるあの鞭の痛みを、マリーゴールドは存分に知っている。
アルトパーズ侯爵家に引き取られて間もない頃、マリーゴールドは侯爵令嬢の教育という事で、家庭教師から学ぶ際、度々あの醜悪な鞭を受けていた。
教育用の魔道具であるあの鞭は、治癒師の魔法が効かないものだ。
その為、鞭を受けた後は傷が治るまでその酷い痛みに耐えるしかないのだが、マリーゴールドには心強い味方がおり、心の中の姉と慕っているカメリアから、良い薬が秘密裏に届けられ、それで癒すことが出来た。
出来れば姉であるローズマリーにも、同じ薬を使ってあげたい。
本当は鞭で打たれないようにしてあげる事が出来れば一番いいのだが、マリーゴールドがローズマリーを心配すればするほど、「妹を見習え!」 と父親によるローズマリーへの暴力(教育)が酷くなるためそれが出来ない。
兄であるデズモンドにも、何とかローズマリーへの教育を止めさせられないかと相談してみたのだが、「あの馬鹿女の自業自得だ」と取り合ってはもらえなかった。
一体、姉が何をしたのだというのだろうか……
そこまでの暴力を振るわれなければいけないことを、姉がしたのだろうか……
マリーゴールドからすれば、父や兄の行いの方がよっぽど酷いように思えてならない。
二人の使用人に対する態度や、他貴族に対する言葉。
それにマリーゴールド自身の事も……
表立っては言わないが、今も娘だとは、妹だとは、二人が思っていないことは良く分かっている。
(だれど……お姉様は……)
ローズマリーは口は悪いけれど、マリーゴールドが来たときから暴力を振るったりはしなかった。
ただ自分の妹になるのならば、それなりに淑女としての勉強をしなさいと、そう注意しただけ。
ローズマリーは 「貴女なんて妹だとは認めないわっ!」 と口では言いながらも、マリーゴールド付きのメイドであるリーフに指示を出し、髪型や服装を事細かく見てくれた。
それに……ローズマリーがもう着れなくなったドレスを、マリーゴールドに何着も下げ渡してくれたのだ。
マリーゴールドはそんな姉の不器用な優しさに感謝しているが、実際のローズマリーは、マリーゴールドの事を自分の妹として見られても恥ずかしくないようにしたかっただけで有り
自分のドレスを下げ渡したことも、もういらない物をマリーゴールドに渡したに過ぎなかった。
だが、厳しい貴族令嬢の教育が続く中で、ローズマリーのそんな意図しない気遣いは、弱っていたマリーゴールドにとって心の救いであった事は確かだった。
「明日も私が指導する! 今日よりはマシになるように復習しておけっ!」
そんな乱暴な言葉と共に バタンッ! と姉の部屋の扉が閉まる大きな音がした。
既にベットに横になっていたマリーゴールドは、そっとベットから抜け出すと、自分の勉強机の引き出しからある物を取り出し、自室から飛び出すと、ローズマリーの部屋へと向かった。
今日の父の教育(暴力)はいつになく厳しかった。
それにその教育は、ここのところ毎日続いている。
その上、姉が慕っていたローズマリー付きのメイドのハナーは、父から暇を出されたのか、ある日を境に屋敷でパタリと見かけなくなり、貴族の令嬢でありながらローズマリーには今お付きのメイドが居ない状態だ。
勿論高位の令嬢として恥ずかしくないように、外に出る時(学校へ行くとき)は屋敷のメイドがローズマリーの世話をしているが、それは最低限の準備だけで、ローズマリーの話を聞いて上げるものは一人もいない。
だからこそマリーゴールドはローズマリーの事が尚更心配だった。
たった一人でも味方が傍に居る事は、心が救われるのだとマリーゴールドには良く分かっていたから……
なので普段なら絶対しないであろう行動をマリーゴールドは取ることに決めた。
ノックもせずにローズマリーの部屋へと入っていく。
父や兄に見つかって、叩かれても良いと、そう覚悟していた。
そしてマリーゴールドは姉の部屋に入ると、ボロボロになり床に倒れているローズマリーに駆け寄った。
「お姉様、大丈夫ですか……? 今薬を塗りますからね」
姉は意識はあるようだがぼんやりとして目がうつろで、声をかけたマリーゴールドを見て「……ハナー……?」と呟いた。
マリーゴールドは到底ハナーには見えない容姿と、小さな手をしているが、ローズマリーの手をぎゅっと握り「そうですよ……」と囁いた。
するとローズマリーは「無事でよかった……」と微かに微笑み、気を失った。
そんな姉にマリーゴールドは泣きたくなるのを堪え、引き出しからもってきた薬をどうにか飲ませる。
これはカジミール薬局の傷を癒す飲み薬だ。
ローズマリーの口からは薬はだいぶ零れてしまったが、殴られたであろう姉の頬の傷がスッと消えていく。
だが、勿論鞭魔道具による体の傷は、この飲み薬でも癒すことは出来ない。
なので幼いマリーゴールドが出来る範囲にはなるが、鞭打たれたローズマリーの傷に、カメリアから貰った塗り薬を塗っていく。
赤くただれた傷跡が、その薬でどうにか薄くなっていく。
完璧には消えることはないが、辛い痛みが引くことはマリーゴールドが一番分かっていた。
「お姉様が何故こんな目に合わなくてはならないの? ……それに、私だって……」
本当はあのまま孤児院に残って居たかった。
マリーゴールドはその言葉をどうにか飲み込む。
このアルトパーズ侯爵家は腐敗している。
父も兄も、女であるローズマリーとマリーゴールドのことを物として扱っている。
それに母の事も……
まるで子を産む道具としてしか父は見ていなかった。
母を愛していた訳ではないのに、自分の都合で子を作り、マリーゴールドを苦しめた。
そして姉、ローズマリーのことも……
この家を変えたい。
もう、このアルトパーズ侯爵家から逃げ出せない、飛び出せないのならば、せめて姉と自分が普通の生活が送れるようにしてみたい。
気を失い真っ白な顔色になっているローズマリーを見ながら、マリーゴールドはそんな決意を固めていたのだった。
☆☆☆
こんばんは、白猫なおです。(=^・^=)
今月も宜しくお願い致します。
お久しぶりなマリーちゃんです。アルトパーズ侯爵家は腐ってますね。アルトパーズ侯爵自身があんな性格ですからねー。世間一般、普通をしるマリーちゃんには尚更異質に映る事でしょう。ローズマリーの救いは良い妹を持った事かも知れません。マリーちゃん、頑張って!
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