黄色の攻略対象者

第12話小さな約束

「カメリア、ジェイデン、後で大切な話がある。私の執務室に来るように」

「はい、畏まりました。お父様」

「父上、承知いたしました」


 朝食の席でのこと。いつも仕事がある為、朝慌ただしく屋敷を出て行くお父様から私とジェイデン様に声がかかった。


 私とジェイデン様は六歳を無事に迎え、一緒に暮らす生活も早い物で半年が過ぎていた。


 ジェイデン様はすっかり私を姉として信用し、懐いて下さり、何をするにもひな鳥の様に私の後を付いて回っている。


 その姿はほんとーに可愛くって、何度か衝撃が大きすぎてのたうち回った。


 男の子だからと私を常にエスコートしてくれる姿はまだ拙さが残っていてそれがまたグッとくる。


 ジェイデン様はどうしてこんなにも素敵なのだろうか。


 スピネル侯爵家に来たときは短かった艶のある黒髪は、今は肩辺りまで伸びていて、ゲーム内のジェイデン様の面影が見て取れる。


 私を見つめる燃える様な赤い瞳は、ジェイデン様の持つ優しさがその美しさを表現している。


 好き。


 ただ好き。


 もう好きすぎて好きすぎてどうしようもない。


 私はいずれ嫌われる、でもその時にジェイデン様を手放せるだろうか……


 ヒロインが登場したらジェイデン様はもう私にこの笑顔を向けてくれることは無いだろう。


 それでも今はこの幸せに酔って居たい。


 ジェイデン様から必要とされなくなるその日まで、ジェイデン様のエスコートのパートナーは私だと良いなと思う。



「ねえ、リア、父上のお話は何だと思う?」

「うーん……そうね……勉強の進み具合とかかしら? ジェイも私も頑張って居るもの」

「でも僕まだリアに何も敵わないよ……」

「ふ、うっ……」


 そう言ってしょぼんとするジェイデン様の頭には何故か犬耳の幻映が……そして小さくって可愛いお尻には下を向く尻尾が見えた気がした。


 私のジェイデン様フィルターには時折、私にだけ見える映像が流れる。


 マリア様の周りには良く大輪の花が咲いているように見えるし、ジェイデン様は光り輝き常にキラキラしている。


 ただでさえそんな状況の私に、ジェイデン様もマリア様も胸が痛くなるような言葉を平気で掛けてくる。


「リアだーい好き」


「リア、私の愛しい娘」


 この二人は私をキュン死させるために送り込まれたラブリーアサシンだと思う。


 本当に心臓を守るためには気が抜けない毎日だ。


 だけどそれがまた心地いい。


 私は意外とⅯ気があるのかもしれない。


 二人にならいくらでもいじめられたいと思うから……



「リア、大丈夫? また胸を押さえてたよ?」

「だ、大丈夫。ちょっと見えてはいけない物が見えただけだから……」

「えっ……? もしかして妖精が見えたの? リア、すごいねー!」


 ええ、妖精は今目の前に居ますから!


 貴方が妖精ですから! 何ですかその可愛さわっ!


 倒れそうになる私をメイがススッと後ろへ進み出て支えてくれた。


 メイには私の気持ちは筒抜けなのか、倒れそうになるとこうして支えてくれる。


 流石に侯爵令嬢の私がしょっちゅう地べたに這いつくばって居たら醜聞になる。


 今はまだこの屋敷内だけの生活だけど、そのうち外へ出る事だろう。


 メイは今からその準備をしていてくれているのか、私の加減を測っているかのようだ。


 頼もしい限りだけど、面白がっている所が少しだけ気になる。


 メイと双子でジェイデン様付きのドオルはあきれ顔だ。


 私とメイとのやり取りにはなれた物なので、早くお父様の部屋に参りましょうと顔に出て居る。


 双子のいつもの様子をみて私の胸の痛みも落ち着いたので、深く深呼吸をしてジェイデン様に向きあった。


 ジェイデン様が私を尊敬してくれることは嬉しい、でもジェイデン様自身が素晴らしい事にも気がついて貰いたい。


 今のジェイデン様は控えめで優しくって可愛らしいとても良い子だ。


 だけどそれだけではこの貴族社会を乗り切ることは出来ない。


 まだジェイデン様とマリア様の悪い噂を信じている貴族は多くいる。


 年頃になればそんな人達とも上手く付き合い、難なく会話しなければならない。


 侯爵家の息子となったジェイデン様にはもっと自分に自信を持って貰いたい。


 強く美しく品のある男性。それがジェイデン様だ。


 ゲームの中ではそれに孤独からの冷酷さが付け加わるけれどそこは要らない。


 いや推しとしてはその魅力も捨てがたいのだけど、ジェイデン様の心が傷ついてまで冷酷さは求めない。


 今の素直なジェイデン様に自信を付けて欲しいだけ。


 いずれジェイデン様は本当の父親と相対するだろう。


 その時に傷つかない強い心が欲しかった。





 私はエスコートしてくれているジェイデン様の両手を握りしめた。


 ぎゅっと力を入れればジェイデン様も嬉しそうに握り返してくれた。


 私も笑顔でジェイデン様を見つめる。


「ジェイ、女の子は男の子よりも少しだけ成長が早いそうです」

「えっ……? そうなの?」

「だから今ジェイよりも私の方が勉強や剣術が出来るのはその成長の違いだけなの」

「せいちょうのちがい?」

「いずれジェイが大きくなったら、私はジェイには力も能力も敵わなくなるの……私が一歩前に出て居るのは今だけなのよ」

「いまだけ? もうちょっとすると僕の方がリアより強くなるの?」


 そう……


 そしてその時ジェイデン様の傍に居るのはヒロインで、きっと私はジェイデン様に嫌われている。


 だってジェイデン様が守りたい女性はヒロインなのだから……


 他を全て失ってもジェイデン様はヒロインを手に入れたかった……


 それぐらい愛情が深いジェイデン様は幸せにならなければいけないと思う。


 絶対に。


「じゃあ、僕、大きくなったらリアを守るね」

「えっ……?」

「今よりもっとお勉強も稽古も頑張って強くなるから、リア、ずっと一緒にいようね」

「ジェイデン様……」


 未来の約束。


 ずっと一緒に……なんて無理なことは私は知っている。


 でも、今だけはジェイデン様の言葉に酔ってもいいかしら。


 ジェイデン様が好き。


 凄く好き。


 何よりも好き。


 だからこの約束を……ジェイデン様から貰った守るという言葉を……宝物にして居たいと思う。


 いずれ別れる日が来たとしても……。

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