第11話愛しい娘(マリア)

 スピネル侯爵からの結婚の申し込みを受けて、私は侯爵家へとやって来ました。


 スピネル侯爵とは学生のときに成績を競い合った中でしたが、結婚してからは特に交流はございませんでした。


 それが私の悪い噂を聞きつけて屋敷へ会いに来てくださったとき、スピネル侯爵が興味を示したのは息子のジェイデンの事でした。


「あの子は魔法の才能があるからご主人と髪の色が違ったのだろう。マリア、世間の噂など気にしてはいけないよ」


 スピネル侯爵のその言葉にどれだけ救われたことでしょう。


 私の両親や元主人へとその説明もして下さいました。


 そしてジェイデンの事をスピネル侯爵家の養子にしたいとまで言って下さったのです。


「その、つまり、これは君へのプロポーズなんだ……マリア、私の妻になって貰いたい。君の事は私が幸せにしても良いだろうか?」


 悪い噂のある私を妻にすればスピネル侯爵家の名に傷がつくのではないかとも心配になりましたが、彼はその不安を大丈夫だと笑って受け流してくださいました。


 そして私は覚悟を決めて侯爵夫人となるべくスピネル侯爵家へと向かったのですが、やはり不安はございました。


 スピネル侯爵家の一人娘のカメリア様は、幼い頃に母親を亡くされ、大切に育てられてきたご令嬢です。


 それも幼いころから殆ど感情も出せない程お母様を亡くされたことに傷ついてらっしゃるようで、そこに見ず知らずの私達親子が突然現れたら、彼女の傷を大きくしてしまうのではないかと心配になったのです。


 息子のジェイデンも不安だったのでしょう、いつも以上に緊張している様子が見て取れました。





 これ迄ジェイデンには辛い思いばかりをさせてきました。


 スピネル侯爵家ではカメリア様に嫌われず少しでも心を開いて頂けたら、そう思いながら向かったのでございます。





「カメリア、新しい母上になるマリアと、カメリアと同い年で弟になるジェイデンだよ。仲良くしてくれるね?」

「お父様勿論ですわ。私はこの日を楽しみにしておりましたの、お母様、ジェイデン様、宜しくお願い致しますね」


 カメリア様はきっと私たちに為に何度も挨拶を練習してくださったのでしょう。


 とてもジェイデンと同い年の子供がするような礼ではなく、既に社交界へデビューして居ても可笑しくない程の綺麗な挨拶を私たちにして下さいました。


 そして仲良くなりたいとハッキリわかる笑顔を私たちに向けて下さり、心から向かい入れて下さったのです。


 これには父親のスピネル侯爵も驚いておいででした。




「あの子の……リアのあんなに嬉しそうな顔は初めてみたよ……君とジェイデンが来てくれて本当に良かった」


 彼の言葉に私の傷ついていた心は救われたような気がしました。


 無実の罪で主人からも実家からも蔑まされ、ジェイデンまでをも追い込んでおりましたが、カメリア様の笑顔で全てが晴れた様な気がしました。


 そしてジェイデンも私と同じ気持ちだったのでしょう。


 カメリア様にすぐに懐き、翌日の朝には手を繋ぎ一緒に食堂まで降りてきたのです。


 そしてカメリア様は私の事をお母様と呼んでくださいました。


 これがどれ程嬉しかったか……


 優しい心の持ち主であるカメリア様は、まさにこの世界の天使かも知れません。



 


 そんなカメリア様は体が弱いのか、良く胸を押さえる事がございます。


 それに顔も赤くしたり、呼吸が荒くなったり、時には床に手を付くほどふらついたり。


 初めは重い病気か何かかと心配しましたが、カメリア様の呟きをメイドのメイから聞いて、病気では無い事を知りました。


「はー好き好き好き」「可愛すぎでしょう」「何アレ、尊っ!」


 どうやらカメリア様はジェイデンの事が可愛くて仕方がないようなのです。


 悪い噂のある私の事までも大切に扱ってくれる、カメリア様は本当に不思議な良い子なのです。




「お母様、この問題、解けました」

「お母様、刺繡の練習の成果を見て下さい」

「お母様、ジェイとのダンスは完璧になりました」


 カメリア様は毎日楽しそうに今日有った事を私に報告してくれます。


 その上優秀で既に数学年上の授業を勉強しております。


 ジェイデンもカメリア様に引きずられるように様々な事を学び吸収して、以前とはくらべものにならない程活発になり、スピネル侯爵が言ったように魔法の才能に満ち溢れている片鱗を見せています。


 この先もジェイデンの傍にカメリア様が居て下さればジェイデンは幸福な道を歩むことが出来ることでしょう。


 二人を見ているとそれを強く感じるのです。






「お母様はとっても美しいです。私の理想です。お父様ではなく私がお母様と結婚したかったですわ」


 カメリア様は良くこんな事を私に言って下さいます。


 カメリア様の中で私はとても美化されているのか、世界一素晴らしい女性だと恋人に向ける様な言葉を言ってくださいます。


 これにはスピネル侯爵もあきれ顔で、自分の出番が無くなってしまうと笑われていらっしゃいました。


 そしてジェイデンはこんな時頬を膨らませ焼きもちを焼きます。


 カメリア様の中の一番は自分で有りたいのでしょう。


 ジェイデンが素直に感情を出せるようになったのも、カメリア様が傍に居て安心させてくれているからだと思います。


 カメリア様は本当に私達親子の心を救ってくれる、優しい女神の子のようなのです。






 私達親子はスピネル侯爵家に来て全てが花開いたかのように幸せになりました。


 あの苦しかった生活が今では嘘のように感じます。


 これも全て私たちを受け入れてくれたスピネル侯爵とカメリア様のお陰でしょう。


 私は二人の愛に報いるため精一杯愛情を返したいと思います。


 大切な愛しい娘が出来たのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る