第10話僕の姉上(ジェイデン)
「気持ち悪い、私の前に顔を見せるなっ!」
これが僕と、父上と呼んではいけない人との最初の記憶。
いつも母上と僕は屋敷の一室の中で過ごしていたけれど、その日はちょっとだけ部屋を抜け出した。
僕には父上と兄上が居るのだと母上に聞いて、どうしても会いたくなってしまった。
だから使用人がちょっと目を離したすきに部屋を出て廊下を歩いていると、父上と兄上が居るのが見えた。
僕が駆け寄ると二人は悍ましい物でも見るかのような視線を僕に送って来た。
そう僕は生まれてはいけない子だった。
父上も兄上も僕という存在が憎らしくて仕方がなかったんだ。
その後僕から目を離した使用人は屋敷からいなくなった。
そして母上は顔に痣が出来ていた。
僕のせいで、僕がいるから、僕が生まれたから母上が傷つく。
母上は何でもないと言ったけれど、その傷が僕のせいで有る事はすぐに分かった。
「お前など生まれてこなければ良かったのに」
兄上にそう言われ、僕は頷いた。
僕が居ると家族が不幸になる。
僕が居るだけで父上は怒り、兄上は憎み、母上は傷つく。
あの頃は僕だけどこかに行ってしまえたらいいのにって毎日そう思っていた。
それからすぐに母上は父上から離縁された。
母上の実家に僕と二人で戻っても僕が嫌われている事は変わらなかった。
母上と僕は小さな別宅という場所でひっそりと暮らしていた。
母上と二人だけの生活は貧しいけれどホッと出来た。
だって誰も母上の事を傷付ける人は居ない。
ここに居れば僕は誰も不幸にしない。
このままここにずっと二人きりでいれば良いとそう思った。
「君は凄い才能の持ち主なのだよ」
ある日スピネル侯爵と名乗る男の人が僕と母上の所に来てそんな事を言った。
僕は魔力が強いから父上と髪色が違ったのだと教えてくれた。
父上と見た目が違うのは僕のせいでも、母上のせいでもない。
僕は凄い子なんだと褒めてくれた。
それからも良くスピネル侯爵は僕の所へ来てくれた。
母上にも笑顔が戻って、凄く嬉しかった。
それにスピネル侯爵の娘さんの話を聞くのがとても楽しかった。
僕と同い年で赤い髪に黒い瞳で余り笑わない子。
だけど色んな事に一生懸命でスピネル侯爵の大切な娘。
僕もそんな風に父上に思ってもらえたら良かったけれど、それは叶わなかった。
だからその子の事が凄く羨ましかった。
スピネル侯爵のような優しい父上がいて羨ましい。
皆に愛されて羨ましい。
その子は僕には無い物をきっと一杯持ってるんだって思ったら、会ったことも無いその子がちょっとだけ嫌いになった。
ううん、ただその子の様になりたかっただけなのかもしれない……
「スピネル侯爵は奥様を亡くされているのよ。その子はねお母様が居ないの、ずっと小さな頃からね」
母上からその子の話を聞いて、申し訳ない気持ちになった。
僕にとって母上は特別な人。
そんな人がその子にはずっといないんだよ。
僕だけが不幸じゃない。その子も不幸なんだ。
母上と侯爵が結婚することになった。
初めてあの子に会う日、僕も母上もドキドキしていた。
母上は自分には悪い噂があるからって気にしてたけど、それは僕のせいだからきっとその子は僕の事を嫌うだろう。
それでも良い、母上だけでも好きになって貰えたら。
僕はまたどこかの部屋の中に隠れて過ごしたって構わない。
だからどうか母上を不幸にしないで……
「初めまして、私はカメリア・スピネルと申します。お義母様、ジェイデン様、どうかこれから家族として仲良くしてくださいね」
カメリアはとっても可愛かった。
スピネル侯爵は余り笑わない子だって言ってたけれど、カメリアは僕と母上に凄く嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
それに仲良くしたいって言ってくれて、嫌われっ子の僕の手を握ってくれた。
母上も悪い噂があるのにそれでもお母様ってカメリアが呼んでくれたことをとても喜んでいた。
僕の事も母上の事もカメリアは本当に好きみたい。
そう思うと凄く嬉しくなった。
侯爵家に来た翌朝、目を覚ますとカメリアが目の前に居た。
僕の頭を優しく撫でて、「可愛い、可愛い」って何度も呟いていた。
僕が目を覚ますとカメリアの頬が赤くなる。
カメリアは僕の事が本当に好きみたいだ。
凄く嬉しい。
カメリアは僕だけを見てくれる。
僕がカメリアにジェイって呼んでってお願いしたら、カメリアは茹でタコみたいに真っ赤な顔になった。
体が弱いのか良く胸を押さえているけれど、それでも僕が何を言っても嬉しそうにしてくれる。
こんな僕を最初から好きだなんて、カメリアは本当に不思議な女の子だと思う。
スピネル侯爵も僕に父上って呼んで欲しいって言った。
カメリアも母上の事を本当の母上の様に、ううん、それ以上に大切にしてくれている。
良く母上を見ては「美しい、美しい」って呟いている。
自分では声に出してることに気が付いてないみたい。
カメリアはやっぱり面白くって不思議な子。
それにとっても可愛い。
「ジェイデン様、私はこれからジェイデン様以外にはハンカチを贈りませんわ。世界で一番大好きなのはジェイデン様だけですもの……」
カメリアは興奮すると僕の事をジェイデン様って呼ぶ。
それが何だか特別な感じで凄く嬉しい。
僕の事が一番大好きだってカメリアは言った。
僕も同じ気持ち。
カメリアは特別な子。
僕の世界一大切な女の子。
ずっと仲良くして居たい。
ずっとそばに居て欲しい。
もし僕とカメリアの仲を引き裂くような人が現れたら……
僕は絶対に許さない。
カメリアの一番はずっと僕のままでいい。
それが僕の初めての望みなのだから……
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