第8話絵を描きましょう

「お母様、私に絵を教えて下さいませ」


 ジェイデン様と仲良く手を繋ぎマリア様の部屋へと向かった。


 最近のジェイデン様は私の事を姉として信用し尊敬もしてくれているようで、こうやっと手を繋いだり、一緒に本を読んでいたり、そして甘えてくれたりもする。


 それが私にとっては何よりも幸せな時間なのだけれど、今はこの手繋ぎに感動している場合では無かった。


 そう、ジェイデン様の全てを絵で残す!


 私の全力を掛けて取り組まなければならない程のイベントが、今まさに目の前で起きていた。


 それは愛しいジェイデン様のショタ状態の絵を残す事。


 後数年もすれば今の可愛らしいジェイデン様の姿は見れなくなるだろう。


 それまでに絵を上達し、想い出を残さなければならない。


 これはジェイデン様を幸せにすると同じぐらい力を入れてかからなければならない事だ。


 主に私の為に!


 絶対にジェイデン様のその美しい容姿をそのまま残せるぐらいの技術を身に着けて見せましょう!


「まあ、リア様は絵にご興味をお持ちなのですか?」

「はい、大好きです! 今すぐ取り掛かりたいです!」

「母上、リアのお願いを聞いてあげて、僕からもお願いします」

「まあ、二人共すっかり仲良くなって、ええ、良いですわ。可愛いリア様になら幾らでもお教えいたしますわ」


 この親子! 可愛すぎる!


 なになに? 二人して私の心臓を止めようとしてるの?


 ジェイデン様は上目使いで可愛くお願いしてくれているし、マリア様は聖母のような微笑みを返してくれた。


 美しい母と息子……これこそ今まさに絵に残したい!


 ジェイデン様は私の男性としての理想だけど、マリア様は女性としての理想だわ!


 こんなに可愛い人達を私は知らない。


 本当にお父様には感謝しかない。


 毎日この二人を見て居られるのなら私はこれから先使用人落ちしても良い。


 二人の使用人になれるなら最高に良いかもしれない。


 ジェイデン様に命令されてみたい。


 マリア様は身支度を手伝ってあげたい。


 そう思うぐらいこの二人に私はメロメロだ。


 もうどんな事が有ったって離れるなんてきっと出来ないだろう。


 いえ……離れたくない……




「リア様、どうなさったのです? 何故泣いてらっしゃるの?」

「リア、あ、姉上? ごめんなさい、僕が変な事言っちゃったの?」


 気が付けば心も見た目も美し過ぎるこの親子を前にして、私の瞳からは大粒の涙が溢れていた。


 愛おしい……尊い……素晴らしい。


 本当の言葉にならないぐらいこの親子が好き。なんて優しい素敵な親子なのかしら。


 ゲームの中のジェイデン様は心を閉ざし、誰とも関わりを持とうとはしていなかった。


 それは全て悪役令嬢のカメリアのせいであり、本当の父親であるカルセドニー伯爵のせいでもある。


 ヒロインに出会ってジェイデン様のその閉ざされた心はゆっくりと開いて行く。


 だけどジェイデン様はヒロインに近付く全ての人間を許すことが出来ず、その巨大な魔力で皆を始末してしまう……そう……ヒロインの事もだ。


 愛する人を手に掛けてしまったその苦しみから、逃れるかのようにジェイデン様は自ら命を絶つのだが……それがジェイデン様ルートの最悪パターンだ。


 それだけは何としても回避しなければならない。


 今の所私からのいじめは無くなったので、マリア様が亡くなる事は多分ないはずだ。


 だけど油断は出来ない、なぜならカルセドニー伯爵が居るからだ。


 彼らがこれから先どう出てくるのか、ジェイデン様は彼らと会ってどう感じるのか。


 今はまだストーリーの序盤にも入っていないためそれは分からない。


 けれどこの美しい親子の事は私がどんな手段を使っても守りたいと思う。


 例えそれが悪役令嬢と呼ばれるきっかけになってしまったとしても……





「お母様、ジェイデン様、急に泣いてしまって申し訳ございません……私嬉しくて……」


 まだ流れる涙をマリア様はハンカチで優しく拭ってくれた。


 ジェイデン様はそれを心配そうに覗いている。


 きっと二人は私が感動して居ると勘違いしている事だろう。


 本当はジェイデン様の絵が描きたい、離れたくないという邪な気持ちなのだけど、心根が優しく美しい二人には私のそんな気持ちは分からない。


 でもそれで良い。


 私がジェイデン様とマリア様を愛おしいと思う気持ちは酷く歪だ。


 だって他の人達がどうなったってこの二人が幸せならば構わないと思っているから。


 出来ればヒロインにはジェイデン様以外の攻略対象を選んで貰いたい。


 王子が良ければ私は喜んで婚約破棄を受け入れよう。


 私には自分の幸せよりも、二人の幸せが何よりも大事だから。




 ジェイデン様とマリア様は私が泣き止むまでずっとそばに居てくれた。


 貴族ではあり得ないけれど優しく包み込むようにマリア様は私を抱きしめてくれて、ジェイデン様はそっと手を握ってくれていた。


 暫くして落ち着いてくると、何だか泣いてしまったのが恥ずかしくなってしまった。


 だけど二人のホッとした表情を見ると嬉しくってそんな事はどうでも良くなった。





「さあ、では少し絵を描いてみましょうか?」


 マリア様の案内で紙の上にペンで絵を描き始める。


 自分の好きな物を好きなように描いて良いと言われ、早速ジェイデン様とマリア様を描いてみることにした。


 五歳児の私の絵はとても上手とは言えない。


 丸の中にかろうじて目や鼻や口があるだけでとても人に見せれる様な物では無かった。


 それでもマリア様やジェイデン様は上手だと褒めてくれた。


 それが何だかこそばゆい感じでくすぐったい。


 この幸せを私はいつか手放せることが出来るだろうか。





「リア様が描かれた絵はどなたの絵ですか?」

「はい、お母様に好きな物を描いて良いと言われたのでお母様とジェイを描きました。早く上手になって二人の事をもっと綺麗に描きたいです」


 そう言った私をマリア様は愛おしそうに見つめて下さった。


 大切な二人を絵に残す。


 全ての想い出を形にして見せようと、野望が湧いた日となった。

 

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