第6話マリア様

 マリア様は素晴らしい。

 

 新しく私のお母様になって下さったマリア様は凄く出来た女性だ。


 ただ子供の髪色が旦那様と違ったという理由だけで離縁されたという事が本当に信じられない。


 きっと元旦那様の伯爵は見る目が無かったのだろう。


 前世の記憶が乏しい私は、ゲームの中のジェイデン様の事は良く覚えてはいるが、その他の登場人物に関してはそれ程覚えていない。


 王子様だって名前は憶えているが、顔は……まあ攻略対象なのでイケメンだったでしょうね。と言うぐらいだし、他の攻略対象も同じぐらいの記憶しかない。


 ヒロインはジェイデン様に深くかかわってくるのである程度覚えている。そして悪役令嬢のカメリアはジェイデン様を虐めていたのでよく覚えていた。


 そしてそんなジェイデン様の母親であるマリア様はゲームの中で殆ど出番はない。


 ただジェイデン様が過去を思いだすときに母親の事がチラッと出てくるぐらいだ。


 だからこの世界に来てマリア様に出会ってからその女性として素晴らしさに驚いた。


 伯爵令嬢でもあったマリア様は貴族婦人としての教養だけでなく学業も良く出来る。


 それに刺繡の腕前は素晴らしいし、貴族の令嬢なのに料理も出来るらしい。


 マリア様はふわふわとした柔らかい印象の女性で、髪色も瞳もクリーム色をしている。


 マリア様がヒロインだと言っても過言ではない程の可愛らしい女性だ。


 ジェイデン様がヒロインに惹かれるのもそんな母親の面影を追っての事だと思う。


 カメリアが追い詰めてマリア様を苦しめ心労で亡くなってしまうのだが、ジェイデン様は本当の父親に愛されなかった分、母親であるマリア様を愛したのだろう。


 その気持ちは痛いほど分かる。きっとジェイデン様はマリア様がすべてだったのだ。


 だからこそ私は絶対にマリア様を追い詰めたりはしない。マリア様込みでジェイデン様を愛でまくるつもりだ。


 そしてマリア様の様な可愛らしい女性になるのが今の私の目標だ。


 決してジェイデン様の好みの女性になりたいという邪な気持ちではなく、純粋な憧れからだ。それぐらいマリア様は素敵な女性だ。




 そんな中、私は今マリア様に刺繡を習い始めていた。


 優しいマリア様の教え方は凄く丁寧で、小さな手の為おぼつかない手つきの私にもしびれを切らすことなく、分かりやすいようにゆっくりと指導してくださる。


 初めの頃は義理の母としてこの屋敷で緊張気味だったマリア様だったけれど、最近は私の事もジェイデン様に接るのと変わらない態度でいてくれていて、それこそ本当の娘の様に可愛がって下さっている。


 ジェイデン様のお母様は私にとっても母親……ストーリーに反しても絶対に幸せにしたいと思っているので、仲が良くなれたことはとても嬉しい。


 出来ればこのまま何事もなく過ぎて行けばいいと思って居る。


 何故ならゲームの中だとあと三年でマリア様は亡くなってしまう。


 その原因になる私が嫌がらせをしないのでそのイベント自体無くなるはずなのだけど、こればかりはゲーム補正が入る可能性もあるのでまだ油断できない。


 だからマリア様の事は毎日見張るつもりでいる。


 だって私が傍にいる限りジェイデン様に辛い過去など必要ないのだから。




「カメリア様はとても優秀な生徒ですわ。すぐに上達しそうで教えがいがありますわね」

「お母様の教え方が上手だからです。お母様、どうか私の事はリアとお呼び下さいませ。その方が嬉しいですから」

「まあ、フフフ……本当にリア様は可愛らしいですわ」

「お母様、リアです。リアとお呼び下さい」

「フフフ……ええ、そうね、リア、私の可愛い娘」


 いえいえ、可愛いのは貴女ですから!


 マリア様はとても子供が居るとは思えない可愛さです! 流石ジェイデン様のお母様と言ったところでしょう!


 お父様も本当に見る目があるわ! 


 マリア様は世間での評判は悪かったけれど、本人に会えばその噂が嘘であることはすぐにわかるもの。


 こんなにも素敵な女性を捨てるジェイデン様の本当の父親はろくでもない男だと思う。


 いずれジェイデン様のストーリー上、その父親とは会う事になるとは思うけれど、その時はコテンパンにしてやるつもり。


 ジェイデン様もマリア様も絶対にこの悪役令嬢のカメリアがお守りするのだから。




 小さなノックの音が聞こえると、ジェイデン様が部屋へとやって来た。


 後ろには傍付きのドオルもついて来ていた。


 刺繡は女性の嗜みなのでこの部屋に入るのは気が引けたのか、ジェイデン様は申し訳なさそうな表情だ。


 だけれど、その顔がまた特別可愛らしい。


 毎日違う表情を見せてくれるジェイデン様には感謝しかない。


 ゲームの中では幼少期など少ししか映像で流れなかったから、今の自分が如何に幸せかが分かる。


 大人になったジェイデン様はとてもカッコイイけれど、今のこのショタ状態のジェイデン様も私の癒しそのものだ。


 このまま可愛い状態のジェイデン様を保存出来たらどんなに良いか……


 この世界にカメラもビデオもスマホも無いのが残念でならない。自分の目に焼き付けておくしかないのだから。


「母上、リア、まだ刺繡は終わりませんか?」


 ジェイデン様に話しかけられれば私もマリア様も勿論手を止める。


 一番大切にしたいのはジェイデン様なので刺繡は後回しだ。


 遠慮気味にもじもじする姿もまたハチャメチャ可愛い。


 私たちの為にお茶を用意して下さったようでその優しさも嬉しい。


 このまま毎日が幸せならばいいのにと願いたくなる。


 私は悪役令嬢……仕方がないとはいえいずれはジェイデン様と別れなければならなくなるだろう。


 その日まで、この親子の笑顔を守りたいとそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る