第5話 屋上

 これは私がまだ一年生だった頃にあった話よ。

 ある女子生徒が日直の仕事で最後まで教室に残っていたの。

 仕事を終えて帰ろうとしていると、ちょうど廊下を通りかかった女子と目が合った。

 知らない子よ。

 

 あんな子いたかな。

 そう思ったらなんだか無性にその子と話がしてみたくなって思わず声をかけた。

「ねえ、あなた……」

 だけどその子はぷいっとそっぽを向いて歩いて行ってしまう。

「ちょっと待って!」

 

 女子生徒はその子を追いかけて急いで教室を出た。

 でも不思議なの。

 その子はついさっきまで教室の前にいたのに、その女子生徒が教室を出たときには教室二つ分先にある廊下の角を曲がろうとしていた。

 まるで瞬間移動したみたいにね。

 

 走ったようには見えなかったけど、今は何か急いでいるのかもしれない。

 仕方がないので女子生徒が諦めて帰ろうとしていると、廊下の角からその子がひょこっと顔を覗かせた。

 見るとその子はひらひらと手招きをしている。

 

 こっちこっち、こっちへ来て。

 そう言っているように見えたの。

 女子生徒は誘われるままにその子の方へ近づいて行った。

 もう少しでその子の元へたどり着くというところで、その子の顔が引っ込む。

 女子生徒が慌てて角を曲がると、その子はもう廊下の突き当たりまで移動していて、屋上への階段を登ろうとしているところだった。

 

 屋上の扉って普段は鍵がかかっているでしょ?

 でも時々開いていることがあるのよ。

 屋上へ出ると、その子が屋上の端の方に立っていた。

 そしてあっという間にその子は屋上から飛び降りてしまったのよ。

 

 女子生徒は屋上の端まで歩いて行って、恐る恐る下の様子をうかがった。

 だけどそこには何もなかったの。

 飛び降りた子なんてどこにもいない。

 狐につままれたみたいな感じよね。

 そのとき、突然後ろから誰かに抱きつかれた。

 

 抱きついてきたのはさっき確かに飛び降りたはずのあの子だったわ。

 頭から血を流していて、顔が半分なくなっていた。

 首に両腕をしっかり絡みつかせてきてね。

 それからこう言ったのよ。

 

「あたしと一緒に行こうよ。いいでしょ?」

 

 

 

「ふうん、で、その女子生徒はどうなったのさ?」

 どうだ怖いだろ、と言わんばかりの顔をしている葬頭河に俺は訊いた。

「突き落とされたのよ。決まってるでしょ」

「いや、それだとその話するやつがいなくなっちゃうじゃん」

 体験者が死んでしまっては実話怪談は成り立たない。

 だが、葬頭河は小首を傾げてこう答えた。

「私がしてるじゃない」

 

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界境怪談-カイザカイカイダン- 伊藤無銘 @itomumei

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