第3話 葬頭河絹衣

 この街はおかしい。

 

 親の仕事の都合で越して来て半年。

 その思いは日に日に強くなっている。

 俺は元々おかしなモノが視える性質タチだ。

 野良幽霊の一匹や二匹でいちいち動揺したりはしない。

 だがこの街ときたら、そんな俺をしてそれにしてもと思わせる有り様だった。

 

 道を歩いていてふと横を見ると、建物の壁面に人間がまるでイモリかトカゲのように張り付いていることがある。

 坂の上からボールが転がって来たと思ったら女の生首だったこともあった。

 車道では赤い手形を大量に付けた車がよく走っているし、線路には何やら腐った肉塊みたいなモノが散乱していてずっと放置されている。

 

 何より妙なのはこの街の住人がこの異様な状況を誰も気に留めていないことだ。

 やはり俺にしか視えていないのだろうか。

 いや、そうに違いない。

 もし視えているのなら、平気な顔をして生活していられるはずはないからだ。

 だとすれば俺も知らないフリをするのが正解だ。

 

「倉内くん」

 名前を呼ばれても俺は振り返ったりはしない。

 何故ならこんな異様なモノが他の人に視えているわけがないからだ。

「倉内了くん」

 後ろから追いかけて来たそいつが俺の前に回り込んで言った。

「ちょっと手伝って欲しいんだけど……」

 

 そいつの名前は葬頭河そうずか絹衣といった。

 だが今は違う。

 得体の知れない化け物だ。

 長いストレートの黒髪。前髪は眉の上で一直線に切り揃えられている。

 白い肌。切れ長の目。すっと通った鼻筋。薄い唇。

 日本人形さながらの美人顔だが、付いてる場所が悪い。

 首が一八◯度回転して完全に背中の方を向いてしまっているのだ。

 

「ねえ、倉内くん。こうなってしまったのにはあなたにも責任があるのだから手を貸してくれてもいいのではないかしら?」

 確かに彼女がこういう状況になったのには俺が原因の一端がある。

 それは認めよう。

 だが、だからと言ってこんな状況をすんなりと受け入れることはできない。

 

「私の方も注意が足りなかったのかもしれないけれど、あなただってしっかりと前を見ていたとは言えないと思うわよ?」

 学校の階段を降りようとしていた俺は、途中で窓の外に気を取られた。

 何かを見た気がするが、それがなんだったのかはもう覚えていない。

 直後にもっとインパクトのあることが起こったからだ。

 

 前をよく見ていなかった俺は階段を登って来ていた葬頭河とぶつかった。

 大きな荷物を抱えていた葬頭河は、バランスを崩してそのまま階段を転げ落ちてしまったのである。

 さらに悪いことに、彼女は後頭部から勢いよく床に叩きつけられて、勢い余ってその大勢のまま胴体が半回転した。

 結果、顔が後ろを向いてしまったというわけだ。

 

 その姿を見た俺は死んだと思った。

 故意ではないとは言え、俺は人を殺してしまったのだ。

 しかし、彼女は死んでないなかった。

 それどころか、なんでもない様子で立ち上がってきたのだ。

 ただ、首を自分で元に戻せないらしい。

 

「俺に……どうしろっていうんだ」

 こいつはすでに死人だ。

 そうじゃなくても化け物だ。

 俺に恨みを持って取り殺そうとしているのではないか。

 俺はそう考えていた。

 

「この体勢じゃ力が入らないのよ。首を元の位置まで回してちょうだい」

 葬頭河は両手で自分の頭を掴むと回す方向を示して見せた。

 回すって、力づくでか。

 一般的な応急処置として正しいとは思えないが、これはどう考えても一般的な状況とはかけ離れている。

 

 俺は言われるままに彼女の頭部に両手を添えて回そうと試みた。

「ん……それじゃあんまり力が入らないでしょう? もっとこう、抱きかかえるみたいにして回してみて」

「え……」

 それはつまり、いわゆるヘッドロックのような感じか。

 女の子に対してそんなことをするなんて考えたこともなかった。

 

 俺は葬頭河の頭を引き寄せ、腕で挟んで固定すると力いっぱい捻りを加えた。

「んぁっ!」

 葬頭河が声を漏らすと同時に彼女の首の辺りからゴキッという嫌な音が響いた。

 まさか折れた?!

 俺は慌てて腕を離す。

 

 葬頭河の顔は、しっかりと前を向いていた。

 彼女は首に手を当てて、軽く左右に回してみている。

「大丈夫?」

 俺は訊いた。

「うん、ちゃんと元に戻ったみたい。ありがと」

 

 良かった。本当に良かった。

 俺は一瞬ほっとしたが、次の瞬間には我に返っていた。

 安心している場合ではない。

 葬頭河絹衣が何者なのか。

 それが何もわかっていないのだ。

 

「あ、荷物階段の下に置きっぱなしだ。それじゃ倉内くん。私、もう行くね。また明日!」

 俺が何か訊くより先に葬頭河は小走りに去って行く。

 追いかける気にはならなかった。

 きっとこれも、この街で起こる異様な出来事の一つに過ぎないのだろう。

 そんな気がしたのだ。

 

 彼女の言葉通り、翌日も葬頭河は元気に登校して来て、何事もなかったように俺の隣の席で授業を受けていた。

 このことがあってから葬頭河とは少し仲良くなった。

 相変わらずよくわからない所はあるけど、基本的にはいいやつだ。

 たまに首の角度が変なときがあるけれどさ。

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