第2話 窓

「百地さん」

 自分の部屋で勉強をしていると、窓の外から私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 見ると同じクラスの六路木伸子さんが窓の下の方からひょこっと顔を出している。

 その日は夜風が気持ち良かったので窓もカーテンも閉めていなかった。

 

「あら、六路木さんじゃない。こんな時間にいったいどうしたの?」

 私は机の前に座ったまま訊いた。

「たまたま通りかかったときに百地さんの姿が見えたから。迷惑だった?」

「いいえ、ちょうど一息入れようとしていたところよ」

 

 そのとき私は六路木さんの顔に違和感を持った。

「六路木さん。今日は眼鏡をしていないのね」

 学校で見る六路木さんはいつも眼鏡をしていたはずだ。

 だけど今の六路木さんは裸眼のようであった。

 眼鏡をかけていないと印象がずいぶん変わって見える。

 

「ええ、そうね」

 六路木さんは大きな瞳で真っ直ぐ私を見ながら答えた。

「コンタクトにしたの?」

「コンタクトにはしないわ。だって眼にレンズを入れるなんて怖いもの」

 ではやはり今は裸眼なのか。

 

「忘れてきたの?」

「いいえ、眼鏡はちゃんと持っているわ」

「ならどうしてかけないの?」

「かけられないのよ」

 そう言った六路木さんは少し困ったような顔になった。

 

「お茶でも淹れましょうか」

 お茶の用意をするため、私は部屋を出ると下の階の台所へと向かう。

 ティーポットからカップにお茶を注いでいるとき、私はようやく気が付いた。

 私の部屋は二階であったのだ。

 外にいる六路木さんと窓から会話できるはずがない。

 

 私が部屋に戻ると、窓の外に六路木さんはもういなかった。

 次の日、六路木さんの行方がわからなくなっていることを私は知った。

 彼女が見つかったのは一ヶ月ほど経った頃だ。

 人の来ない山の中で首を吊っていたそうである。

 自殺の原因はいじめであった。

 発見が遅れたため彼女の首は限界まで伸びきっていたそうだ。

 眼鏡は、彼女の足元に落ちていた。

 

 それからしばらくして、同じように私が部屋の窓をあけて勉強をしていると、再び六路木さんがやって来た。

「また来ちゃった」

「うん、なんとなくそんな気がしてた」

 彼女をいじめていたと思われるクラスメイトたちは今、学校を休んでいる。

 理由は知らない。

 

「だから私、用意しておいたのよ」

 私は机の引き出しから六路木さんが使っていたのと同じ眼鏡を取り出して、それを彼女にかけてあげた。

 六路木さんは一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。

「ありがとう。よく見えなくて困っていたの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る