ヨルとアサの初デート
ヨルとアサのデートの日、雲一つない青空が広がっていた。
時刻はあと少しで午前9時になるという頃、駅の前で、ゴールドのネックレスを身に着けたイケメンが女性3人に絡まれていた。彼、ヨルはスマホに意識を向け続けていて目の前に並んでいる女性たちに一切見向きもしない。相手にされていないにもかかわらず、女性たちはしつこくヨルに話しかけ続けている。うんともすんとも言わないヨルにしびれを切らしたのか、彼女たちはヨルの注意を引くために彼の腕をつかもうとした。伸ばされた手に気づいたヨルは少し顔をしかめて後ずさりをした。幸いにも女性の手が彼に触れることは無かった。シルバーのネックレスを身に着けた美女、アサが話しかけてきたからだ。
「ねえ、あんたたち、ちょっとどいてくれない?邪魔なんだけど」
「なに?あんた、あたしたちはこれからこの人と遊ぶ予定なんだけど」
ヨルに絡んでいた女性の一人が言った。
「その子、嫌がってるんだから離れてくれないかな?」
「え~、全然嫌がってないわよ。だって、彼、あたしたちの誘い断ってないもの」
1人の女性が自信ありげにそう言った。
ヨルは口を開きかけたが、言葉を発することはできなかった。ヨルのスマホを握る力が先ほどよりも強くなった。
「あんたたちうるさい。あと、本当に邪魔」
アサは苛立ったようにそう言うと、女性たちを押しのけ、ヨルの手をつかんで早足でその場を去った。
しばらくして、後ろに彼女たちがついてきていないことを確認して歩く速度を緩めた。
「変なのに絡まれてたけど、大丈夫?」
そう言って、アサはヨルの顔をちらりと見た。ヨルはうつむいていたが、アサに見られているのに気付くと微笑んだ。その笑みは弱々しく感じられた。
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとな」
「確かに、手の震えは収まったようね。“早く来て”“助けて”ってメッセージ来たときは驚いたわ」
「悪いな。どうしていいかわからなくて、とっさにアサにメッセージ送った」
ヨルは、続けて何かを言おうと口を開きかけた。しかし、言葉を発する前に口をつぐんでしまった。ヨルが何か言いたげなことに気づいたアサは、どうしたのと優しく問いかけた。ヨルは少しためらった後、おずおずと口を開いた。
「実は、俺、女の人が苦手なんだ。さっきみたいに囲まれると、どうしていいかわからなくなる。一対一なら普通に話せるようになってきたんだけどな。一人でいるとき、複数人に話しかけられると、まだうまく話せない。だから、あそこから連れ出してくれて本当に助かった。ありがと。でも、やっぱ、俺が女が苦手なんて変だよな」
「そんなことないわよ。誰が何を苦手だろうが変じゃないわ。ていうか、今までどうしてたのよ。この前は1人でいたわよね」
「いつもは、お兄ちゃんとか幼馴染とかと一緒に出掛けてる。この前、アサに会った時は1人だったけど、実は、お兄ちゃんが同じフロアの別の店にいたんだ。少しずつだけど、1人で行動できるようになってきてる。だから、今日は大丈夫かなと思って、1人で来た。でも、ダメだった。アサに迷惑かけた、ごめん」
声色や表情から、ヨルが心の底から申し訳ないと思っているのがひしひしと伝わってきた。
「そんなの気にしなくていいよ。困ったことあったら遠慮せずに、いつでもわたしに頼っていいのよ。ヨルから何を頼まれても迷惑だなんて全く思わないから。大好きな恋人の頼みならいくらでも聞くわよ。でも、そうね、こうやって待ち合わせするのはもうやめた方がいいかもね。ヨルの顔、すごく女の子たちにモテる顔だから、また、今日みたいなのに絡まれるかもしれないし」
「そう、だな。じゃあ、もう、一緒に出掛けられないのか……」
「そんな悲しそうな顔しないでよ。待ち合わせしないとは言ったけど、デートしないとは言ってないからね。今度からは、私がヨルを家まで迎えに行くから。そうすればヨルが外で1人になることはないし、一緒にいる時間長くなるわ。いい提案だとは思わない?先に言っておくと、私がやりたいと思ってやることだから、遠慮しないでね」
「ありがとう、そう言ってもらえてうれしい。じゃあ、今度からよろしくな」
「で、今日はどうする?予定変更して、今からわたしの家に行く?」
「いや、せっかくここまで来たから行きたいところがあるんだ。ショッピングモールにあるお店でおそろいのアクセサリー買いたいって思ってたんだけど、いいか?」
「いいわよ。でも、無理しないでね。言いたいこととかあったらすぐに言ってね。迷惑だとか思って言わないのは無し。わかった?」
「わかったよ。……さっそくなんだけど、今日、外にいる間はずっと手をつないでいたい」
「もちろんいいわよ。今日だけと言わずに、いつでも手つなごうよ。だってわたしたち恋人でしょ?」
そう言うと、アサは掴んでいたヨルの手を離した。そして、再びヨルの手を取り、いわゆる恋人つなぎをした。2人は手をつないだまま、ショッピングモールまで歩いていった。
目的のアクセサリーが売っているお店に着くと、どれがいいのかを選び始めた。ネックレス、ピアス、イヤリング、イヤーカフ、ブレスレットなどの種類が豊富で、2人は悩みながら端から端まで見て回った。
「いい感じのイヤリングとかあったけど、俺たち、耳には結構じゃらじゃらとつけてるし、耳に着けるやつはやめた方がいいかもな」
「そうね、あと、ネックレスも結構持ってるし、それも無しかな」
「そうだな。そういえば2人ともブレスレットはしてないな」
「たしかにそうだね。それじゃあ、ブレスレットにする?」
「そうだな。あっ、この細めのブレスレットはどうだ?ちょうど2つあるし」
「いいわよ。わたしもそのデザインいいと思うわ」
「じゃあ、値段も高くないし、これを買うか。それで、その、お願いがあるんだけど、お会計をアサがしてくれないか。今日はあんまり女の人と話したくない。お金は後で渡すから」
「もちろんいいわよ」
こうして、2人はおそろいのアクセサリーを手に入れ、店を後にした。
「そういえば、ネックレス交換したまんまだけど、返す?それとも交換したまんまにする?」
「このまんまにしたい。結構気に入ってる。アサはそれでもいいか?」
「もちろん。わたしもこれ気に入ってるからね。ねえ、話は変わるけど、お昼何食べたい?わたしが作ってあげたいって思ってるんだけど、リクエストあれば言ってほしいな」
「それじゃあ、オムライスがいい」
「卵はふわとろにする?」
「あの割ると出てくるやつか?」
「そうだよ」
「じゃあ、ふわとろがいい」
「わかった、楽しみにしててね」
「ああ、楽しみにしてる」
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