第1章04
サワサワサワサワ…
『水音が、遠くなる…』
≪回想シーン≫
暗闇の中。穣がバリアで満を壁にダンッと叩き付ける。
穣はそのままバリアで満を壁に押し付けつつ『あはははは。苦しいだろ満。どーだ、俺、テメェの望み通りキチンとバリアが使えるようになったんだぜ』
満、苦し気に『く…』
穣『俺がどんだけ苦労してここまで出来るようになったか』しかしそこで
満『…使い方が、…間違ってる!』と叫ぶとバリアを突き破って穣の首を掴み、穣を逆側の壁に叩きつける。
穣『ぐふ!』
満『全く、お前は数少ない貴重なバリアラーだというのに!』と言うと『いいか穣。製造師の十六夜先生は、お前に期待してるんだ。お前がその能力をフルに活かせば、あのカルロスに勝つ事も』
穣『くだらねぇ!』
満『穣!』
穣『テメェはただ製造師に気に入られたくてご立派な長兄役をしてるだけだろ、何でそんなに製造師の為に生きなきゃならねぇんだよ!』
満『穣!』激怒して穣の首を絞める。その様子を黙って見ている護、透、歩の3人。
護(…ど、どうしよう。…どうしたら)
穣、苦し気に『…この、怪力バカ……殺す気か』と呟く
満は護達3人の方を見ると『歩、護、透!…お前達は穣のようにはなるなよ!』
護と歩は『はい!』と返事をするが、透は黙ったまま俯く
満『…透。返事はどうした。』
透は黙って俯いたまま、何も答えない。
静かな沈黙。
満『…返事が無いのは』と言いかけた所で
護、思わず透に『透、返事しなきゃダメだろ!』
すると歩が『長兄。後で私が透に指導をしておきますので』
満、微笑みを浮かべて『流石だ歩。良い子だな護』
護は少しホッとするが、ふと視線を感じて穣を見た瞬間、凍り付く。
穣が凄まじい形相で護の事を睨みつけている。
護(…な、何でそんな目で見るの…。だって、だって…。)
『…許して…』
…ペシペシ、バシッと音がする。
護(…ん…?)
バシバシと何かが護の頭を叩いている。ふと目を覚ますと、目の前には光る水。サワサワという川の流れる音。
護(あ…)
川幅が狭まり、両岸に引っかかって止まった黒い石に覆い被さるように川の中に止まっている自分。
周囲には、あの変な生き物がクッタリした感じで数匹転がっている。
目の前は洞窟の出口で、川は小さな滝となって下に流れ落ちている。
護、呆然と「えーと…。何がどうなっ…て…」と言うと「あっ、自分生きてた!…けど、どうしよう…。」と言いつつ目の前の変な生き物を見る。すると変な生き物は、必死に何かを護に訴える。
護(んん? 何か言ってる…?)
護「ついて来い?」と言い(声も無いのに言いたい事が伝わって来た!なにこの生き物…)
護は黒い石を抱いて変な奴らと共に小さな滝を流れ落ち、川の流れに沿いつつ泳いで何とか川岸に這い上がる。
護(なるほどこの石、一応イェソド鉱石だから、手首の浮き石が反応して浮き輪の代わりになるんだな。あと川の水もイェソドエネルギーを含んでる。それで助かったのか…)
すると再び変な生き物が護に何かを語り掛ける。
護「ついて来いって?…ちなみに、ここはどこなんだ?」
変な生き物「??」
護「ワカランのについて来いって」と言った途端、顔面に変な生き物のキックを食らう
護「…ついていきます」と言いつつ歩き出しながら、上空を見て(アンバー…いない、か…。)
護、ため息ついて(まぁ…そのうちマリアさんが探知で俺を見つけてくれるだろう…。)
一方、その頃。
洞窟入り口の上空に停泊しているアンバーでは、マリアが必死に護を探知している
マリア「…こんなに探知してるのに、護さんが見つからないなんて…」と言うと「…どこなの護さん…!」
透「…探知出来ないのは、もしかして、もう…」
穣「護は簡単には溺死しないと思う。」
剣菱「なぜ」
穣「護が落ちた川の水は、イェソドエネルギーを含んだ鉱石水だった。」
マリア「しかもかなり高濃度のエネルギーの」
剣菱「どういう事だ?詳しく説明を」
穣「人工種はイェソドエネルギーを含んだ人工羊水の中で作られるってご存知ですか」
剣菱「ええ!?」と驚く
穣「だから俺達はイェソドエネルギーを扱えるようになるんです。例えばこの浮き石はイェソドエネルギーに反応して浮力を出しますけど、人工種が浮き石を扱えるのは地面や大気中に微量に含まれるイェソドエネルギーを集めてぶつけているから。…護は浮き石を着けているし、水が鉱石水である限りは簡単には溺死しないだろうと。」
透「…でも、川の流れが速くて激突とか」
穣「まぁ色んな可能性はあるけど、結果が出るまでわかんねぇ!」
剣菱「そうだな。…とにかく人工種管理本部には連絡したし…って管理の船、遅いな。1年前、アンバーが勝手に外地に出た時には速攻で来たのに」
穣「そう、連絡してないのに突然来ましたよね」
剣菱「来なくていい時には来て、来て欲しい時には来ねぇ」
すると透が自分の首元を指差しつつ「あのさ…。このタグリングが常に人工種を管理してるなら、護の位置とか安否とか、分からないのかな…。」
穣「どうだろ」
透「…既に安否が分かってたら、急いで来ないかも。」
その言葉に剣菱たち一同、目を見開く
剣菱「そりゃねぇべ!絶対ねぇ!人工種管理にも都合があんだよ多分!」
だんだん日が暮れて来る。
深い森の中、変な生き物に先導されつつ黒い石を持ってフラフラと歩き続けている護
護「…まだ…歩くのか」
護の肩に乗った変な生き物は長い耳で護の頭をペシペシ叩く
護「…かなり歩いたぞ…。」と言いはぁ、はぁと苦しそうな息をする
変な生き物は、必死に護を応援する
護、突然立ち止まるとガクリと膝を付き両手を地面につけて「どこまで歩くんだよ、アンバーの所に行けるのか?!」と叫び、変な生き物を両手で掴むと「教えてくれよ、なぁ!」と叫ぶ
変な生き物は嫌がって耳と足をジタバタさせる。護、うな垂れて「こんな、…こんな大失敗して…。畜生…。せっかくここまで頑張って来たのに。長兄に認めて欲しかったのに。」と言うとバタリと地面に倒れ込み、仰向けになる。
護、涙を流しつつ、うわ言のように呟く「嫌だ、もう。何もかも…。誰か、俺を、助けて…。」
『生きたい。あの青空のように自由に生きたい…』
再びアンバー。
ブリッジ近くの通路にメンバーが集っている。
剣菱、ブリッジから出てメンバー達の前に立つと、おもむろに「今、人工種管理本部から連絡があった。…護が見つからないと。」
一同「!」
剣菱「どうやら護のタグリングは壊れたらしく、反応がないらしい。」
悠斗「壊れた?!」
健「これはそう簡単には壊れないと聞いた事があります!」
穣「でも壊れたんなら生きてる可能性はあるだろ。反応が無くても」
その言葉に一同、ハッとする
剣菱「そこで、明日の早朝、黒船のカルロスさんに探知してもらう事に」
健「明日?! 今すぐここに黒船を」
剣菱「黒船は現在、荷降ろしの為に採掘船本部に戻ってる。燃料や水等の補給もせにゃならんし、仕方がない」
悠斗「…他の船の探知人工種は」
剣菱「今ここに来れそうなのは、ブルーアゲートとレッドコーラルしかない。が、レッドの探知はあんまり…。」
悠斗「じゃあ、ブルー…は…まずいか…」
穣「こんな事態に満が来たら、俺の精神が持たねぇ」
一同「…。」黙る。と、その時、背後からトゥルルルという電話の呼び出し音が。
剣菱「だ、誰からだ」
健「管理でしょ!早く!」
剣菱「いや管理からは緊急用電話で来る。こっちの電話は」
透、悲痛な面持ちで「…まさか」
剣菱、受話器を取ると「はいアンバー剣菱です。あ、満さん。申し訳ない、いやいや今、重要な会議中なので失礼致します。では」と言って受話器を置くが、またトゥルルルと呼び出し音が鳴る。剣菱、思わず額に手を当て「はぁ…もう」と悲痛な声を上げると
穣が物凄い形相で「…俺が出ましょうか?」
剣菱慌てて「いや今は無視だ無視!重要な会議中で無視っちまったって事で…」と言うと「とりあえず皆は夕食を取る事!」と言い「大丈夫だ、明日は、あの黒船のカルロスさんが護を見つけてくれる!」
一同「…。」
夕闇の空に浮かぶアンバー
一方、殆ど暗くなった森の中。
護は地面に横たわり、仰向けになったまま眠っている。
≪夢≫
…どこかから声が聞こえる。
『大丈夫か? 護』
白い部屋の片隅でうずくまっている護、ふと顔をあげると、穣が屈んで、護の顔を見つめている
穣、笑いながら『また満にイジメられたか』
護『違うよ。ちょっと叱られた。…でも』というと若干涙目になって『俺と歩が同じ事をして、何で俺だけ叱られる…。歩が三男で、俺が四男だから?』
穣『まぁ、満の思考だとそうなるかもな。』と言い『でもそれを使ってるのは歩だぜ』
護『えっ』
穣『歩は狡猾だからな。満の扱い方が上手い』
護、唖然として穣を見ると『…それは、知ってるけど、でも…。』(俺には、そんな事、出来ない…。)とうな垂れる。
穣『…お前は優しいもんな』
護『優しくないです。…貴方は長兄が恐くないんですか』
穣『恐ぇよ。でも俺はバリアラーなんで。理不尽な攻撃はバリアで遮る。意地でもアイツの侵入は許さん。…心を侵略されたらバリアなんざ張れねぇよ』
護、暫く黙ると『…俺には、…無理だ…。どんなに嫌でも従わないと』
穣『じゃあ満に心酔して服従しとけ』
護『…でも…』
暫しの沈黙。
穣『なぁ、護。…満に虐められる俺を傍観しながら、裏では満の不満を言うって卑怯じゃね?それならむしろ満の信者になって俺を軽蔑してくれた方がよっぽど筋が通ってんだけど』
護『…。』強張った表情で、恐る恐る視線を上げて穣を見つつ『…そん、な…』
穣、護の目を真っ直ぐ見据えて『護。…お前は何を護りたいのさ?』
ハッ、と目を覚ます護。上半身裸でベッドに寝ている。そこは見知らぬ部屋の中。
護(あれ…?)ちとボーッとしてから、驚いて(あれ?!)と周囲を見回す(ここどこだ?)
すると視界に、ベッドの傍の椅子にもたれ掛かって居眠りしている男性の姿が目に入る
護(誰…)と思って上半身を起こしてふと気づく。(俺、ハダカ…! あ、そういえば、誰かに服を脱がされたな…)
突然、護の肩に何かがポンッと飛び乗る。あの変な生き物が、嬉しそうに護に身体をすり寄せる
護「お前…」
そこへ居眠りしていた男性が「ん」と目を覚ましてふぁぁと欠伸をすると、「あー、起きた」と言い立ち上がってベッドに近づきつつ「大丈夫?」
護、その男性の姿に目を丸くする。(つ、つ、翼…?) 男性の背中には透明な翼のようなものがついている
護「あ、あの、背中に」
男「ああ、俺は有翼種だから」
護「ゆう、よく…しゅ?」
男「うん。翼を持つ種族。知らない?」
護「知りません。俺は、人工種っていう種族です」と言うと
男「え、人工種なの?てっきり人間だと思ってた。…人工種と人間って、どう違うの?」
護「どう…。…組成が違うんです。遺伝子とか…。あと人工種には必ずこのタグリングが付いていて、これで人間に管理されています。」
男「管理?」
護「はい。ちなみにあの、ここはどこですか。」と言うと「あっ!その前に!」と言ってバッとベッドの上に正座すると「助けて頂き、ありがとうございます!」と手を付いて深々とお辞儀をする。
男、ビックリして「う、うん。…元気だね、良かった。」と言うと「えっと、ここはね…。まぁそのうちわかるよ。」と言い「それより君は何であんな所にいたの?」
護「俺は、洞窟で採掘作業中に地下の川に落ちまして」
男「採掘?…君、もしかして採掘師?」
護「はい。イェソド鉱石を採る採掘師です。」
男「それでコイツに懐かれたのか」とベッドの上で寛いでいる耳の長い生き物をツンツンとつつく
護「これ、何なんですか」
男「石の妖精って呼ばれてる、石好きの変な生き物。…今日、仕事をしてたらこいつらが団体でやって来て、必死に付いて来いって言うから行ってみたら君が倒れてた。だからお礼はこいつに言って。」と妖精を指差す
護、妖精を抱き上げると「ありがとう…」
男はタンスの引き出しから服を出してベッドの上に置くと「君の服は洗濯したから、とりあえずこれ着といてね」
護「すみません、ご迷惑かけてホントに申し訳ありません!」と必死に謝る
男「いいよ。気にしないで」
護「何かお役に立てる事があれば何でもさせて頂きますので!」
男「いや、まぁ。とりあえずゆっくり休んでよ」と言い戸口へ歩いて行くと、ドアを開けて部屋を出ながら護に「俺の名前はターメリック・エン・セバス。君は?」
護「ALF IZ ALAd454十六夜護と申します。」
男「随分長い名前だね!君の事、何て呼べばいいの」
護「あ、最初の部分は人工種ナンバーというもので…」と言い「護でいいです、ただの護で」
男「んじゃ俺の事はターさんって呼んで」と言い部屋を出る。締まるドア。
護、はぁと溜息ついて(どうしよう、大変な事になった…。)とクッタリすると(とにかく服を着よう。)
ターさんから渡された服を手早く着る護。それから再びベッドに腰掛け、大きな溜息
護(…見知らぬ他人にご迷惑をかけてしまった…。長兄が知ったら激怒する…)とうな垂れて両手に顔を埋める。
そんな護の背中を、妖精がポンポンと叩く。護は無視する。だが妖精は更にしつこく護の背中を叩く。
ポンポン ボンボン ボコボコボコ
護、不機嫌そうに妖精を見て「なんだよ!」と怒ると「…ついて来い?またか」
妖精はドアの所に跳ねて行くと、長い耳でドアを指し示す
護「…。」渋々と妖精の指図通りにドアを開けて、周囲の様子を伺いつつ部屋から出る。廊下を挟んでやや前方に仕切りの柱、その向こうはリビングでソファがあり、その先に大きめのテーブルとイス、その先にキッチン。左側には靴箱と玄関、右側には廊下が見え、個室らしき部屋のドアが見える。
妖精はトコトコと玄関の方へ。
キッチンで料理をしていたターさんが護に気づく「どしたの?」
護、玄関を指差しつつ「妖精が、付いて来いと」
ターさん「あ。もしかして」と言い、火を止めて玄関の方に来ると「これどうぞ」とサンダルを護に勧める。そして妖精と共に外へ出る。外は、家の光以外は真っ暗な世界だった。
護、ちと驚いて「周りに家がない…。」
ターさん「うん。」と言いつつ家の裏の小屋へ入り、明かりを付ける。
護も小屋に入り「うわ!」と驚く。そこには様々な石が沢山置いてあった。
護は「すごい!」と目を輝かせて石を見ながら「なぜこんなに石が?もしかして」
ターさん「俺も採掘師だから」
護、嬉々とした顔で「やっぱり!」と言い、透明な輝く鉱石柱に触れつつ「きれいだ…。これ、なんて言う石ですか?」
ターさん「ケテル石。」
護「え、ケテル?これが?」
ターさん「うん」
護「ケテルって、細かい砂みたいなケテル鉱砂しか見た事ありません!」
ターさん「鉱砂は研磨に使うね」
護「そう、それです!…こんな大きなケテル石…初めて見た。すごい、きれいだ…。」と、うっとりした顔をする。
ターさん「君、石が好きなの?」
護、ステキな笑顔で「はい!」と返事してからハッとして(あっ…俺…。…やっぱりホントは石が好き…。)
そこへターさんが「俺、主にケテル石を採ってるんだ。」
護「ケテルを?」
ターさん「うん。」と言い、白い石で出来た斧を持ってきて護に見せつつ「これ俺のメインの仕事道具。ケテル石斧、通称
護「ええ」と驚き「ケテル石の斧…!」
ターさん「ケテルはケテルじゃないと切れない。あとね」と言って棚の近くに行き、黒い布に包まれた長い物体を手に取ると、黒い布を外す。護が持っていたあの黒い石が現れる
護「それは!」
ターさん「稀に見る素晴らしい
護「仲間と一緒に採りました。それは一体?」
ターさん「これはイェソド鉱石の変種。中の黒い石は、ごく稀にイェソド鉱石の中に出来る石で、剣のような形をしているから黒石剣と呼ばれる。これも採掘道具なんだよ。」
護「その黒い石が?」
ターさん「うん。しかし良い形の黒石剣だよねぇ。これは妖精も欲しがる訳だ。」
すると妖精が黒石剣の上に乗り、護に向かって何かを訴える。
護「…これを俺にあげるって?横取りしたのはそっちだろ!」
すると妖精、ジャンプして護の顔面にキック
護、渋い顔で「…もー…。」と言ってからターさんを見て「あ、助けてくれたお礼に、これを貴方に」
ターさん笑って「ダメだよ、君にあげるって言ってんだから。もらわなきゃ。」
護「…はぁ…。」
ターさん「…君、随分と妖精に好かれたね。」と言いつつ黒石剣を元の場所に置いて黒い布をかけると「これはここに置いとくよ。さて、戻ってご飯にしよう。」
護、慌てて「あ、いや、突然お邪魔したのにご飯まで頂いては」
ターさん「だってお腹すいただろ?」
護「そのうち何か恩返しを」
ターさん「いいから、いこいこ」と小屋から出ていく
家の中に戻ると、ターさんは冷凍庫からラップに包まれたパンを取り出し「パン、食べるよね?」
護、ちょっと遠慮気味に「は、はい」
ターさん「冷凍しといた奴だけど、焼くと大丈夫なんだ」と言いラップを取ってオーブンの中へ
それから冷蔵庫の中からサラダが入ったボウルを取り出すと「サラダ、さっき作っといたんだ」
護「あ、あの、…そんなに食べませんので」
ターさん「俺が食べたいの。」と言いコンロの上のシチューの鍋をかき混ぜつつ「このシチューね、今ちょっと肉が無いから野菜だけで」と言い「あ、食べられない野菜とかある?」
護「いえ、俺は野菜が好きなので、問題ありません」
ターさん「それは良かった」
護「でも、あの」と言うと、具合悪そうに「す、すみません、あまり、食欲が無くて…。」
ターさん、そんな護の様子を見て「とりあえず座ってて」
護「いえ、何かお手伝いを」
ターさん「…なんか具合悪そうだから座ってて下さい」
護「…はい…。」
護、仕方なくテーブル脇のイスに腰掛ける。
護(…どうしよう…)と思いつつ、(なんか俺、変だ…。なんか、恐い)
ターさんは黙々と食事の準備をする。焼き上がったパンを木製の器に盛ってテーブルの真ん中に置き、シチューをスープ皿に盛り付けて、テーブルの上に置く
護、その様子を見ながら(せっかくこんなに用意して頂いたのに)と悲し気な顔をしつつ緊張した面持ちで「…あの、すみません、俺、…食べられません」
ターさん「どうして?」
護「…早くアンバーに戻らないと」
ターさん「アンバーって?」
護「俺が乗ってる採掘船の名前です。早く戻って無事を知らせないと、船長や管理の方にご迷惑が。だって探していると思うんです。心配してると思うんです。」
ターさん「…。」
護「…貴方は、採掘都市ジャスパーをご存知ですか?」
ターさん「そんな街があるの?」
護「はい。採掘関連施設が集まった都市です。採掘船本部もそこにあります。でも、ご存じ無いなら…。」と俯くと、暫し悩んで「…何とかして、戻ります。というより、管理の方が、俺を見つけるかと」
ターさん「管理って何なの」
護「このタグリングで人工種を管理している人間の事です。」
ターさん「それ、外したら」
護「これは製造師にしか外せない。…あ、製造師とは人間で言う親の事です。これがある限り、管理が俺を見つける」と言い「俺は自分の下らないミスで、こんな大失態を犯してしまいました。早く戻って皆に謝罪しなければ」
ターさん「そんな大失態したの?」
護「はい。勝手に妖精を追いかけて、誤って川に落ちてしまいました。」
ターさん「それ不慮の事故だよね?」
護「自分の判断ミスと不注意が原因です!」
ターさん「…で、戻ったら君はどんな処罰を受けるの?」
護「えっ」と目を丸くして、「処罰…」と呟くと、強張った表情になったまま「……。」黙る。
暫しの沈黙
ターさん「…戻らない方が、いいんじゃない?」
護「とんでもない…戻ります、絶対」
ターさん「…そのジャスパーっていう都市の場所は知らないけどさ、貴方が戻りたいなら、戻る為の手助けをするよ。ただし」と言って言葉を切ると「戻るには相当な覚悟が必要だ。何があっても戻るという固い決意が。逆に言うと、採掘船とか管理も簡単にはここには来れない。貴方を絶対に連れ戻すという強い決意が無ければ、無理。」
護、唖然としてターさんを見る。そして「…ここは、一体…どこ?」
ターさん「そのうちわかる、かもね」と言いつつシチューを食べて「食べようよ。冷めてきた」と言うとサラダのボウルの中のキャベツをつまんで「野菜が好きならコレ食って。俺が庭で適当に育ててる野菜なんだけど、沢山出来ちゃってさ」
護、ふと「あれ、…2人だけで食事ですか?ここに他の方は…」
ターさん「今日は、いないよ」と言うと「ここは仕事の為に俺が一人で住んでる家なんだけど、たまに仕事仲間が遊びに来る」
護「仕事仲間って、採掘師の?貴方はどんな採掘船に乗ってるんですか?」
ターさん「その時によるなぁ。基本は一人で採掘だし」
護「一人で?」
ターさん「うん。個人採掘師だから。船と契約しない時は一人で採掘。」
護「それは一体、どういう…」
ターさん「どうって、…個人で採って売る。」と言うと「採掘師も色々で、採掘船の専属採掘師になる人も居れば、普段は個人でやっていて、たまに採掘船と契約してその時だけ船に乗る採掘師も居る訳だよ。」
護「へぇ…。一人で採掘できるなんて、有翼種は人間と同じなんですね。人工種はイェソド鉱石採掘の為に作られた存在だから、それ以外の選択肢が殆ど無いんです。」
ターさん「そういえば、人間っていう種族はイェソドエネルギーに弱いとか聞いた事あるけど」
護「はい。命に関わります。でもイェソドエネルギーが無いと生活できないので」
ターさん「それで人工種が人間の代わりにイェソド鉱石を採ってると。…だからそんな首輪付けられてんのかな」
護「……。」
ターさん「ちゃんと給料頂いてる?」
護「はい!それはもう十分に」
ターさん「もっと給料アップしないと鉱石採らないぞ、とか人間に交渉してる?」
護「…いや、そんな事は」
ターさん、ちと呆れて「何でだよ。だって鉱石が無いと人間は困るじゃん?」
護「でも人間は、…人工種を作ってくれた存在ですので」
ターさん、ふー、と溜息をつくと「…実はさ。有翼種の間で『人工種は人間の手先、操り人形』って噂があるんだけど。それホントだった」
護「えっ。…そんな事は…。」と言うと「俺の製造師も育成師も人間ですが、…あ、育成師とは人工種を育てる人の事ですが、どちらも立派な方です。」
ターさん「ふーん。」
護「…だから、頑張らなければ…。」
暫しの沈黙。
ターさんは黙々と食事をしつつ、何かを考えていたが、ふと「あ、そうだ。明日、俺の仕事に付いて来る?」
護「え」
ターさん「俺、人工種に興味が湧いてきた」と言い護を指差し「同じ採掘師として一緒に仕事してみたい。」
護「え。」と目を丸くする
ターさん「もし、管理や人間が、本当に君の事を大切に思っているなら、何が何でもここに来る筈だよ。彼らが君を迎えに来るまで、ここで有翼種の採掘を体験するってのはどうかな。そしたら君の失敗も少しは価値があった事になるよね。」
護「…そう、なの…かなぁ」
ターさん「さっき作業小屋でケテル石を見た時の君は、凄く生き生きしてた。一緒にケテルを採らない?」
護「…でも。」悩む(…やってはみたい、けれども…)
ターさん「じゃあ返事は明日の朝でいいよ。一晩悩んで。」と言うと「少しは食べなよ、夜中にお腹すくぞ」と護にパンを勧める
護「…はぁ…。頂きます…。」と言ってパンを受け取ると、少しずつ齧って食べながら(どうしよう…。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。